第135話 元侯爵令嬢様の冴えたやり方8
*
というわけで、俺は三合で地面に転がされた。
あれだけ言っておいて三合とは、と普通なら凹むだろうが。
無理である。
いやもうあんなモン無理に決まってんだろうと、三合打ち合えただけで表彰ものだ。
一合目からしてトンデモナイのが来たよ。
ソルンツァリの宝剣、レイバニティの魔剣にして時空間魔法というエリカをして使えないと言わしめる魔法を使う為の魔道具。
その剣身に時空間魔法の膜を纏わせたエリカの一撃は、まったくもって洒落になっていなかった。
立っていた地面の下に固い岩盤が無かったら俺は地面に沈んでいても不思議じゃ無かった、むしろそうでなければ最初の一撃を受けきれなかった。
当然そんな物を真正面から受け止めた両腕は使い物になるはずがなく、その後に二合打ち合えただけで俺は俺の身体を褒め称える。
負け惜しみに近い肩を狙った突きは、当然ながら軽く
俺は長年の夢であったエリカに蹴り転がされるという最後に満足しながら、小さくガッツポーズをするエリカを見上げる。
俺の視線に気付いたエリカが照れたように目を逸らす。
「はしゃぎ過ぎました?」
何故それを俺に訊く?
「簡単に転がされた身としては、少しでもはしゃいでくれる事に安心するよ」
実際、目を開けたらエリカの冷たい目があるのではないかとちょっと怖かったのだ。
それはそれで、と思う自分は黙殺である。
「簡単に、とは言ってくれますね」
エリカが苦笑しながら俺に手を差し伸べてくれる。
「最悪は折る覚悟での一撃ですよ?」
おいおい、昇格試験でソルンツァリの宝剣を折る覚悟はやり過ぎだ。
エリカの手を取りながらぼやく俺にエリカが心外そうな顔をする。
「淑女をその気にさせるような態度を取っておいてそれは少々男らしくありませんね、旦那様」
そうかー俺のせいかー。
そう思いつつ何故か艶やかな所作のエリカにドキドキする。
それはそうと。
エリカが片手で髪を撫でる。
「その……髪、というのは顔の一部だと思いますか? いえ、他意はないのですが」
なんだろう? 何かの謎かけだろうか?
「髪は……その、髪だと思うんだが」
意味が汲み取れず、素直に答える。
「まあ、ええ、その通りですよね。髪は髪です」
エリカが若干ションボリしながら当たり前の事を言う。
エリカの問いかけの意味が分からずに内心で首を傾げている内に、エリカが表情を立て直す。
「それにしても」
エリカが俺を引き起こす。
「まさか貴方がまだあのような能力を隠していた事の方がわたくしは驚きでしたが、いったいどれ程の奥の手がおありなのです?」
ズボンの汚れをはらいながら首を傾げる。
何の事だ?
そんな俺を見てエリカが変な顔をする。
「まさかと思いますが無意識ですか?」
「何が?」
分からないので素直に訊いたらエリカに溜息を吐かれた。
「
運の良さを褒められて嬉しくなる。
「俺は運が良いんだ。
エリカが頭痛を堪えるように片手で顔を覆う。
貴方は本当にもぉ。
最近、密かに思うようになったのだが俺はやっぱりエリカに好かれたいのだ。
宝石頭竜とドツキあって理解したのだ、フラれようが好きな物は好きなのだ。
貴族らしく礼節と節度をもって、必死にならず、優美に、意中の相手にフラれても微笑みを絶やさず過度な執着などしない。
アホか?
俺は貴族か何かか?
貴族だったわ。
とにかく、エリカに一度フラれた俺は、彼女に好きになって貰えるよう努力中なのだ。
今は褒める、という事を実践中だ。ついでに言えば花も贈りたいと思っている。
エリカが貴族らしい感情の読めない微笑みを浮かべる。
「そういう事は想い人に言うべきですよ?」
すげなくフラれてしまう。
まぁ良い、一度フラれていたら何度フラれても同じ事だ。
学園のエグッチー君も言っていた、怯むな押せと。
まぁ彼は学園中の女性から嫌われていたが。
俺は肩を
心の中のエグッチー君が怯むなと俺に言う。
「今のところ君以外に言う事はないな」
何故かエリカの笑顔が凍り付く。
心の中のエグッチー君に従い過ぎて嫌われたか!?
調子に乗りすぎましたと、土下座すべきか? だがエグッチー君は土下座する
まぁ彼は土下座しながら女生徒のスカートの中を覗こうとしていたからだが。
「そうですね」
何かを恥じ入るような顔をするエリカ。
「そういう立場にさせたのはわたくしでしたね」
「感謝してるよ」
茶番に巻き込んだと、巻き込んでしまったと嘆くエリカにそれは違うと俺は言う。
エリカが迷うように俺から視線を逸らす。
「それは一年後の約束があるからでしょうか?」
期間限定である事を思い出せとエリカに言われてしまう。
「それは今となっては関係ないかな」
一年“間”の約束に頼るのはもうやめた。
転がり込んだ幸福に
「何故です? 貴方は一年“後”の約束の為に真っ当な貴族としての人生を捨てたのですよ?」
まるで懺悔の様な声に心がざわめく。
エリカが何を思っているのか、手に取るように分かった。
俺にとっては真っ当な貴族としての人生なぞに価値など無いが、侯爵家の令嬢であった彼女からすればそれは想像しがたい事なのだろう。
だから俺の気持ちを知って尚、俺がこの茶番劇の夫役を務めるという事に見いだした価値を見誤っているのだ。
単に自分に惚れた馬鹿が勝手に人生をぶん投げた、そう割り切れない彼女の事がどうしようもなく好きだ。
だからそんな風に、そう問うた事すら悔やむような顔はしないでくれ。
俺はエリカに近づきその手を取る。
エリカ、名を呼ぶ俺に彼女が顔を上げる。
「俺は
この言葉を彼女はどう受け取るだろうか?
考えると怖くなる、みっともなく
せめて不可能に挑む馬鹿ぐらいに思って欲しい。
「転がり込んできた幸運に浮かれて頼り切りなんてのは
「十分に代価を払ったでしょうに。しかも貴方は望まぬ立場で――」
小さく呟くエリカの言葉を首を横に振って遮る。
「
エリカの手を離し、一歩下がりつつ右手をキザったらしく自分の顎に添える。
「俺の溢れる貴族“らしさ”についつい忘れてしまうのかもしれないけど」
俺のわざとらしい
「俺は冒険者なんだ」
胸を張りそう言う俺にエリカが溜息交じりの笑顔を浮かべる。
俺の事で顔を曇らせるよりかはずっと良い。
「成る程、まぁそれはそれで良いでしょう」
仕方ない、それが貴方なのだから。
そんな顔をしてエリカが一歩俺に詰めてくる。
「ですが」
エリカがすっと身をかがめる。
トンとエリカの人差し指が俺の胸を突く。
「あのような事はわたくし以外に言うのは禁止ですよ?」
俺を見上げる視線は駄目な弟を叱る姉のそれだ。
「貴方を乙女の敵にするわけにはいきませんからね」
君以外に言うつもりなんて無い、そんな言葉は胸を叩く心臓のせいで言葉にならなかった。
頷くだけで精一杯ですよ?
***あとがき***
この章で書きたかった事の半分は、だいたいがこのエリカ。
一部、文章を修正しました。
エリカがシンに手を差し伸べ、シンが手を取ったのに
なぜかエリカがもう一度シンに手を差し伸べている事になっていたので修正しました。
また、かがめる、をかがると間違えていたところを修正しました。
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