第133話 元侯爵令嬢様の冴えたやり方6

 *


 地下の広場は割と広い、広いがそれでも縦横に十五足程の広さだ。

 地面は土だが踏んだ感触は固く、土のすぐ下は岩盤か何かだろう。


 問題は広場を囲む柵だ。

 見るからに頼りない。


 ラナ曰くワザとそういう風にしているらしい。

 ギルドとしてはランク昇格試験で冒険者を無駄に死なせたくない、というわけで下手な魔法を使えば失格になるようにしているらしい。


 流石にランク4への昇格試験からは地上になるらしいが。

 施設を壊せば即失格というルールと壊れやすい柵、これのおかげで低ランクの冒険者は実質的に近接戦で試験を受ける事となる。


 たまにいるランク詐欺のようなランク1を無視すれば、まあ上手くいくだろう。

 身体強化を使うには天井が低すぎるので、不注意な奴は不幸な目にあうだろうが、普段は教会の人間まで揃えて試験をおこなうらしいので早々死人は出ないはずだ。


 割を喰うのは魔法主体の人間だが、純魔法使い系の冒険者の場合は、その程度の魔法制御はやってみせろ、という事なのだろう。

 俺は頼りない柵の向こうでパルと雑談しているエリカを眺めながら、さてどうしたものかと考える。


 柵を壊さないように手加減する?

 論外だ。


 だが正直に言えば全力を出して柵を壊さない自信が無い。

 流石に身体強化二重の最大強度を使おうとは思わないが二重掛けは必須だ。


 エッズは俺が二重掛けするのを見ているのだ、だったらそこで手を抜くなんてのは出来ない。

 問題は二重掛けの時に柵を壊さないように動ける自信が無い事だ。


 どうしたものかと剣の柄頭を撫でながら考えていると、エリカと目が合う。

 エリカの顔が遠い、という恐るべき贅沢な感想を抱きつつ考えていると天啓てんけいを得た。


 誰の隣に立つ“つもり”なのかを思い出せば答えはおのずと出るのだ。

 俺が答えをくれたエリカに頷くと、彼女が良く分からないという顔をしつつも頷き返してくれる。


 やはりエリカは全てを解決する。

 鞘から剣を引き抜き、俺はエッズを真正面から見据える。


 俺と違って既に準備は出来ていたのだろう。

 エッズが実にいい顔で俺に笑顔を向けてくる。


 成る程、偉い学者だかが言った、笑顔は元々は威嚇の表情だったという話も理解できるな。

 俺はエッズに笑顔を返しながら身体強化をぶん回した。


 *


 結論から言うと当然ながら圧勝だ。

 エッズの身体強化の魔法はお世辞にも上手いとは言えない物で、動きは雑で御しきれない自分の身体に振り回されていた。


 だが、ここぞという所で思い切りよく強度を上げられる度胸とセンスは良かった。

 農村の出身との事なので、おそらく天性の物だ。


 俺は頭上から振り下ろされたエッズ全力の剣を折らないように気を付けながら剣の腹で受けて地面にエッズを転がした。

 ちなみにラナのやる気のない開始の合図から俺は一歩も動いていない。


 動くと柵を壊してしまいそうなら動かなければ良いのである。

 かかる困難を真正面から受けた上で蹂躙するのがエリカである、それならば俺もそうしなければならない。


 最初に動かないとエッズに宣言してしまったので、初手から背後へ回っての攻撃だったのは正直焦ったが人間どうにかなるものである。

 三割ぐらいは勘に頼ったが全て受けきれた。


 地面に転がったエッズが悔しげにかすりもしなかったと嘆くが、強度が低いとはいえ身体強化を使って剣を振って骨折してないだけで俺より余程才能がある。

 八歳だったか、始めて俺が身体強化を使った時は両腕と両足を骨折して大惨事だったのだ。


 家の庭が狭くて助かったと思う、もう少し庭が広かったら家に這って辿り着く前に気絶してただろう。


「転がらされてその顔が出来るなら上等だよエッズ」


 俺は手に纏わり付く青い炎を散らしてエッズに手を差し伸べる。


「顔で褒められてもなぁ」


 悔しさを噛み殺した苦笑を浮かべてエッズがぼやく。


「俺が始めて師匠に転がされた時は、気絶というか死にかけてたからな」


 ますます参考にならないなぁ。

 エッズが笑いながら手を取り立ち上がる。


「エッズ様」


 立ち上がったエッズにラナが声をかける。


「ロングダガー様に昇格の資格ありと認められますか?」


 それにエッズが当然と答えて、あっけなく俺は冒険者ランク2へと昇格した。

 ファルタールで師匠にランクを上げると言われて連れ回された時の事を考えると冗談みたいなあっけなさである。


 試験官役の冒険者の言葉だけでランク昇格を認めて良いのか? という俺の疑問にラナがランク3まではこんな感じだと答える。

 適当だなぁと思いつつも実力が無い人間がランクが上がっても良いことは殆ど無い。


 はくは付くだろうが冒険者として生きていこうが元冒険者として生きていこうが、求められる能力が無ければ意味は無い。

 俺はエッズとあの攻撃は良かったとか軽い感想を交わしながら広場から出る。


 次はエリカの番だ。


「待たせた」


 俺に先に試験を受けるようにと、順番を譲ってくれたエリカに礼を言う代わりに待たせた事を謝罪する。

 視界の端でパルがエッズに瞬殺だったよね?と笑顔で追い打ちしてるのは無視する、やめてやれ鬼か。


「わたくしの考えがあって先を譲ったのです、気にしないでください」


 エリカが含みありげに微笑む。

 んー?


 思わず首を傾げそうになる。

 エリカが軽やかに柵を越え、困惑する俺の脇を抜けて広場中央へと歩いて行く。


 ラナが待つ中央に辿り着くとさっとこちらの方に振り返る。

 これでもかと焚かれる魔石灯の光りに彼女の赤髪が炎のように揺らめく。


 やはり首を傾げそうになる。

 エリカが酷く楽しそうだ。


「ラナさん」


 エリカが視線をこちらに向けたまま問いを発する。

「昇格試験の相手には何か条件があるのかしら?」


「いえ、受験者よりもランクが高くあれば基本的には昇格試験の相手として認められますね」


 ラナがギルドの決まりを思い出すように首を傾げながら答える。

 エリカが小さな声で良かったと言ったのが聞こえた気がした。


「それでは――」


 瞬間俺は全身に震えが走った。

 耳朶じだを撫でるつややかな声は、明白な希求ききゅうの声だ。


「わたくしの試験の相手はシンを希望しますわ」


 彼女が俺を求めている。


「お受け頂けて?」


 エッズには悪いが、たいして乾かなかった喉が急激に渇く。

 吐く息が熱い、そう実感する。


つつしんで、淑女様レディ


 そう答える俺にエリカがあでやかな笑みを浮かべる。

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