第132話 元侯爵令嬢様の冴えたやり方5

 *


 俺が食べる“べき”だったエリカの手料理のオカワリをメルセジャの野郎が食いやがった次の日。

 俺とエリカは朝食を冒険者向けの食堂で食べるとその足で冒険者ギルドへと向かった。


 理由は言わずもがなランク昇格試験の件である。


 ちなみにメルセジャは昨日の夜の内に出て行ってもらっている。


 宿を取ってないんですが、と言っていたが知るか、俺の分のオカワリを食った奴に貸す屋根などない。


 なお報酬の件はエリカが「流石に自分で考えろ、という答えをメルセジャに持って帰らせるわけにもいきませんね」という優しさを発揮し、考えておきますと答える事になった。


 考えた所で望む報酬など出てくるワケがないので、俺はエリカに一任する事にした。

 人生最上が隣にある時に、何か欲しい物はあるかと問われて答えられるほど俺は欲深くないのだ。


「というわけでラナを呼んでくれ」


 ギルドに入った俺は近くにいたギルド職員を捕まえてそう伝える。

 何が“というわけ”なのかと言いたげな顔をした職員は首を傾げつつも奥へと小走りで走って行く。


 たまに思考からそのまま会話に入ってしまって繋がりが意味不明になってしまう。

 こんなんだから会話が下手と言われるのだろう。


 まぁいいや、俺達はカウンターに進む。

 それにしても――。


「人が少ないですわね」


 同じ疑問を抱いたのかエリカが思考を接いでくれる。


「この時間ならまだ冒険者が結構いると思うんだが、確かに少ないな」


 冒険者が動き出す時間帯は大まかに分けて三つだ。

 日が上がりきらない早朝、人が動き出す朝、そして昼一だ。


 勿論それ以外の時間から動き出す冒険者も大勢いるが、大まかに分けるとこんな感じになる。

 魔境が近いヘカタイの場合は最も冒険者ギルドが混むのは早朝と朝であり、昼に近づく程人が減る。


「昼までまだ時間があるのにな」


 というより昼より少ない。

 それに。


「今いる冒険者はランク1か2ばっかりだ」


 素早く目をやって確認する。

 同年代の若い冒険者に、最近になって冒険者になっただろうと分かる者しかいない。


 ファルタールだとこういう時は大体が何かあった時だ。

 具体的には騎士団と冒険者が共同で当たらないといけないような事態が発生した時だ。


 そう言えば街中にも冒険者の姿は少なかったように思える。

 これは別名冒険者の街とも呼ばれるヘカタイとしては珍しいはずだ。


「何かあったんだろうか?」


「貴方のせいですよ」


 カウンターの前でそう疑問を口にしたら、独り言を奥から現れたラナに拾われた。


「俺のせい?」


 何だろう? 思い当たる事がなさ過ぎて首を傾げてしまう。


「ジュエルヘッドドラゴンを倒した事でなんか別のヤバいの出た?」


 可能性は低いがごく稀にある事を言ってみる。

 そんな事が起きているなら声ぐらい掛かりそうなものだけど。


「なんでそう思考が過激かつ不吉な方向にしか働かないんですか?」


 ラナに呆れられてしまう。


「何処かのランク詐欺の極地みたいな人がランク昇格試験を受けるらしい、という噂が流れてしまいましたので」


 最後まで言わずにラナが肩を竦める。


「マジか」


 意味が分かってそんな冒険者いる? と驚いているとラナが呆れた目で見てくる。

 何も言われていないがつい言い訳じみた言葉が口を突いて出る。


「いやだって、安全な状況で戦えるんだぞ? ファルタールだったら試験を受けるのが“親切なバルバラ”でも喜んで対戦相手になる奴は多いぞ?」


「はいはい蛮族バルバロイ蛮族バルバロイ


 ラナに適当に馬鹿にされた所で、ふと自分が当然のように師匠と同じように強者であると考えていた事に思い至って赤面しそうになる。

 自分はそんな大層な人間ではない、と思おうとする心と「自分程度」と言いかける言葉を奥歯で噛み殺す。


 ここで自分を下げるのは違うだろう。

 ジュエルヘッドドラゴンとドツキ合っている時に俺は何を思った? 何を望んだ?


 いったい俺は誰の隣に立つ事を望んだ?

 違うだろ、自分を平凡だと逃げ道を残して彼女の、エリカの隣に立ちたいと願うのか? 違うだろ。


 事実として俺が“親切なバルバラ”や他の多くの強者と比べて平凡であったとしても。

 最初からかなわぬ時に去る道を残して歩む一歩なぞ彼女の隣に繋がっているわけがないのだ。


「突然そんな覚悟を決めた顔をされて私は困惑しきりなんですが――」


 ラナが胡乱うろんげな目をする。


「まぁでも喜んでください、ロングダガー様。ヘカタイにも蛮族バルバロイがいました」


 これだから冒険者は。

 ラナがぼやきながら言葉を続ける。


「お望みでしたら、本日にでも昇格試験を行えますがどうされますか?」


 そんな言葉を吐かれて断れる俺ではなかった。


 *


「おい、待て」


 ギルドの地下にある昇格試験用の広場で俺はラナに詰め寄った。

 広場全体を煌々こうこうと照らす魔石灯の明かりに照らされたラナは何か問題があるのかと言いたげな顔をする。


 問題だらけだぞ、おい。


「こんにちわシンさん」


 ラナに詰め寄る俺を無視して、地下で俺を待っていた昇格試験の相手が挨拶をよこしてくる。

 エッズだ。


「いや、えぇ……こんにちわエッズ」


 挨拶を返さないという礼儀知らずは出来ないので挨拶を返すがラナの正気を疑ってしまう。

 ラナというかギルドのだが。


「えっと、シンさんが何を考えているのか手に取るように分かるんですが」


 エッズが恥ずかしそうに苦笑を浮かべながら、それでも“らしい”顔をする。


「これでもランク2の冒険者です、昇格試験の相手としては資格を満たしているんです」


 エッズが一瞬だけ迷うように言葉を詰まらせる。


「ケツをまくって逃げ出した連中よりかはマシですよ」


 やだ、エッズさんカッケー。


「良いね、エッズ。そいつは随分と良い言葉だ」


 思わずブン回る心に浮き足立ちそうになる。

 やっぱりお前はちゃんと屑拾いじゃないか、あの頭のネジが外れた勇敢な連中の仲間だよ。


 そうであるなら、俺は全力で行かなければならない。

 どこの誰であろうとエッズを腰抜け等と呼ばないように、俺は本気でエッズとの昇格試験に挑まなければならない。


 最早、言葉は要らないと広場の中心へと歩き出した俺にラナから声がかけられる。


「昇格試験に関して一つ注意が、施設を壊したらその時点で不合格です」


「は?」


 思わず振り返る。

 目が合ったラナがニコリと微笑み頷く。


「は?」


 急速に遠のく冒険者ランク2の資格に、俺はもう一度そう言った。

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