第131話 元侯爵令嬢様の冴えたやり方4
*
「いやぁ、酷い目に遭いましたよ」
エリカの作った料理を食べ終えたメルセジャが満足そうに腹をさする。
メルセジャが食ったのは俺のオカワリ用である。
許せぬ、許せぬぞメルセジャ。
「そんな親の仇を見るような目で見ないでくだせぇや」
テーブルの向かいに座るメルセジャが言う。
「親の仇だったら既に殺してる」
「まぁシンならそうでしょうね」
メルセジャに対してそう答える俺に、隣に座ったエリカが同意してくれる。
「お二人の反応が辛辣すぎてあっしは泣きそうなんですが……」
そう言いつつたいして気にしていないのを隠そうともしなのが気にくわない。
畜生、俺のオカワリが。
「こっちで調べ物があるんで暫くしたらまた顔をだしやすと、言ったあっしをすっかり忘れてた事を少しは思い出して欲しいもんですなぁ」
「いつとハッキリ言わないメルセジャが悪い」
そんな約束と呼べるかも分からないような物より、エリカへ贈る指輪の方が大事に決まっている。
「ちったぁ悪びれてくだせぇよ。こちとらちょっと目を離した隙に雇い主の娘さんが黒化した竜種を討伐しに行ったと聞いて気が気じゃ無かったんですよ?」
挙げ句に倒して帰ってくるってのは何の冗談なんですかい。
メルセジャが眉根を下げて勘弁してくれと顔で言う。
「数日も目を離せないって、怒り狂ってるシールドボアでももう少し落ち着きがありやすよ」
いやまぁ、正直に言えば割と無茶をしたな、とは自分でも思う。
予定外とは言えジュエルヘッドドラゴンが黒化した時点で冷静になるべきだったのだ。
自分でも残念ながらエリカに贈る指輪に使う宝石を手に入れる以外の考えが一切浮かばなかった。
その結果、エリカはシャラと二人だけで黒化したジュエルヘッドドラゴンの足止めを依頼される事となったのだ。
結果が全て丸く収まっているから良い物の、これで俺がジュエルヘッドドラゴンに追いつけていなかったら、エリカとシャラだけで戦わせていたことになる。
もしそうなっていたら俺は俺を許さなかっただろう。
エリカが黒化したとはいえジュエルヘッドドラゴンに負けるなど想像しがたいが。
そういう理由ではない。
「反省してるよ」
だからまぁこれは俺の本音だ。
「やっちまった後の反省は誰でも出来るんでさぁ」
この野郎、俺のオカワリ分のエリカの手料理を食ったくせに。
「仕方ないだろ? エリカに指輪を贈ってないって気付いたんだから? そんなもん、どうにかしなきゃって思うだろ?必死になるだろ? いつまた来るか分からないオッサンよりそっち優先するだろ」
――ぴゃ。
エリカが隣で可愛いしゃっくりをする。
「あっしこれでもまだ二十代なんですが」
メルセジャが衝撃的な告白をしながら溜息を吐く。
「まぁそうですね、旦那にお嬢関係で真っ当な判断を期待する方が間違ってるんでしょうね」
反論の余地がない正論は卑怯だと思う。
メルセジャが仕切り直すように茶を一口飲む。
「まあ、あっしの愚痴はこれぐらいにしやして、本題に入りやしょう」
愚痴が本題じゃなかったのか。
メルセジャの冒険者らしくない遠回しな会話に呆れながら俺はエリカの方へ顔を向ける。
話が長くなりそうだけどエリカは良いか? というのを尋ねたかったからなのだが。
エリカは人差し指に赤毛を巻き付けてニコニコと上機嫌だった。
良し、メルセジャ話して良いぞ。
理由は分からないがエリカが上機嫌だ。
なんか調子が狂うなぁ。
メルセジャがそうぼやきながら口を開いた。
*
「実はあっし、マキコマルクロー辺境伯の
メルセジャがトンデモナイ告白をぶっ込んできた。
流石に表情が驚きに染まるのを自覚した。
「いやぁ油断しちまいました」
メルセジャが軽い失敗をした、みたいな顔で言うが
多分だがメルセジャは相当強い。
油断していたのは本当かもしれないが、油断していた程度でこの男を捕らえられるのか?
マキコマルクロー辺境伯が抱える間者はそれ程なのかと、思わず難しい顔をしてしまった俺にメルセジャが苦笑を浮かべながら手を横にふる。
「いやぁあんまり粘ると殺し合いになりそうだったんで、その前に捕まったんでさぁ」
成る程それなら納得できる。
それにしてもこの男に殺し合いの選択肢まで出させる時点で辺境伯の間者は優秀だ。
そもそもメルセジャが誰で何者かを知らなければ辺境伯も捕まえようと思わない。
つい先日、兵士や冒険者の前で演説をぶち上げていた辺境伯の姿を思い出す。
駄目だ、エリカの顔を見て胃を抑えていた姿しか思い出せん。
「でまぁ最悪は荒事になっても逃げれば良いかと思いやして大人しく同行のお願いを聞いたわけですがね」
ああ
メルセジャがそう言って、荒事の一言に眉を顰めていたエリカに断りを入れる。
メルセジャが下手に暴れると、ファルタールの宰相とオルクラの辺境伯という二国の重鎮の面子を潰すことになる。
貴族は面子が絡むと本当に面倒なのだ、面子を潰された本人達の気持ちはどうあれ、その後始末は面倒極まる事になりがちだ。
「宰相殿を通してもらえりゃ、あっしから出向くのに
言われてみればその通りで、事の経緯は知らないがマキコマルクロー辺境伯はエリカを街に受け入れた人物だ。
メルセジャを雇う宰相殿に用があったのか、それとも別の用事かは知らないが、辺境伯はメルセジャを呼びつけるのに然程の苦労は無いはずだ。
「何か急な用事があったんでしょーな、とまぁそん時は気楽に考えてたんですがね」
含みのあるメルセジャの物言いに首を傾げる。
「わたしゃ頼まれちまいましたよ辺境伯様に」
何を? 期せず首を傾げるタイミングがエリカと被る。
「旦那達との連絡役を、ですよ。完全に旦那達と会いたくないって顔でしたよ?」
「会いたくない顔と言われてもな」
何故そんなに嫌われる?むしろ感謝される事しかしてないぞ。
少なくともエリカは辺境伯からの依頼も受けているわけで、避けられる
あっしは気持ち分かりましたけどねー。
メルセジャが
「まあそういうワケでして、辺境伯様からのご伝言なんですが」
エリカがすっと身を引き締める気配がする。
まぁそうなるよな。
追放先の権力者から伝言があると言われれば貴族としては身構えてしまう。
俺はわざと姿勢を崩し、意識して身体をリラックスさせる。
無茶を言ってきたらすぐに処しに行こう、処す時はさっさとやるに限る。
「旦那その顔はやめてくだせぇ。ていうか駄目ですよ絶対」
メルセジャの言葉を笑顔で流す。
「わたしゃ一目で辺境伯様を気に入りやしたよ。多分ですが同じ苦労を経験してるからでしょうね、具体的には言いませんが」
ほれ、速く言え。
大して上手くない皮肉を言うメルセジャを肩を竦める事で急かす。
えーっと。
メルセジャが溜息を誤魔化すように言葉を
「現在
脳に言葉が染み込むまで暫くかかる。
「つまりはこっちに投げた?」
彼らの目的は分からないが、光りの巫女が一緒な段階でエリカが無関係はあり得ない。
そうであるならば、相手がお忍びだと言うのなら、辺境伯としては知らぬ存ぜぬを突き通すつもりなのだ。
無責任な、とは言えない。
辺境伯からすれば厄介な存在である俺達めがけて更に厄介ごとの塊が突っ込んでくるようなものなのだ。
むしろお忍びだからと街に受け入れる決断を下している時点で辺境伯としてはかなりギリギリのはずだ。
追放された貴族が追放した側の王族と顔を合わせる事になるのだ、自分の足下で。
それに我関せずの立場を取るのは貴族としては勇気があるとしか言えない。
万が一の時は相応の責任を取る覚悟がなければ出来ない決断だ。
これは俺達が滅多なことはしないと信頼されているという事だろうか?
「まあ辺境伯様のご厚意に感謝って感じか?」
俺は腕を組みながら呟く。
嗚呼、いや待て。
シャラが報告書を司教に渡して、司教が辺境伯に見せに行ったのが昨日の事だ。
報告が抜けていたとシャラが怒られていたので、その時点では知らなかったのだろう。
光りの巫女一行からの先触れとやらがいつ来たのかは知らないが、おそらく知ってから一日で“よろしく”という決断し、メルセジャを取っ捕まえている事になる。
辺境伯の決断力と行動力に感心する。
俺は辺境伯への評価を改め、そして決断の本気度に内心で感心する。
「あっしはこれ以上は厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンだっていう強い意志を感じましたが?」
貴族の
それはそういう演技だよ、貴族らしいな。
辺境伯は既に覚悟を決めている。
まぁこれで万が一の時は王子をボコボコにしても責任は辺境伯が取ってくれる。
正直に言うと王子を目の前にした時に冷静でいられる自信がちょっと無かったのである。
いやぁこれで安心だとホッとする俺をメルセジャが胡散臭い物を見る目で見てくる。
「何かが
気のせいだろ。
「まぁいいでしょ。あっしがされたのはお願いですしね。それでもう一つ伝言がありまして、旦那達に報酬は何が良いか訊いてこいって頼まれてるんですよ」
報酬?
思い当たる事が無くて首を傾げてしまう。
「黒化したジュエルヘッドドラゴンの魔石の報酬に決まってるでしょーや。お願いですからもう少しこうご自身達が何をやったかの自覚を持って貰えやせんかね?」
メルセジャにそう言われて何の話か理解する。
だが首は傾げたままになる。
「と言われても報酬をこっちで何にするか決めるなんて面倒だ」
メルセジャが天井を仰ぎ見る。
「成る程“身分不相応のロングダガー”ですな」
呆れるメルセジャの声にエリカの笑い声が重なる。
視線を向けるとエリカが上品に口元を隠し、ただし学園では見たことの無い砕けた様子で笑う。
「面倒、報酬を考えるのが面倒ですか」
何がそんなに可笑しいのか目を細めたエリカが俺を見つめてくる。
「冒険者の流儀? いいえ違いますわねシン。きっと貴方の流儀なのでしょうね。嗚呼、とても良いですね、その流儀。人によっては傲慢と呼びましょうが、わたくしはそれを好ましく思いましてよ」
エリカの言葉に胸の中に熱がこもる。
情けない程に安堵する自分を不思議に思いながら、それと同時に今にも叫びたい程の衝動を感じる。
「欲しい物なぞ
昔それを友人に、傲慢で強欲だと言われた事を思い出して恥ずかしくなる。
つい視線を外してしまった俺を、エリカが面白そうに覗き込むように首を傾げる。
「きっと貴方は、それが感謝の言葉だけであったとしても、最上の価値だと言うのでしょうね」
逸らしきれない視界の端で、同じものを見つけた、そんな目でエリカが笑う。
嬉しいのか恥ずかしいのか、自分でも分からぬ感情でエリカをまともに見られない。
つい逸らした視線の先でメルセジャが再び天井を見上げてぼやく。
「嗚呼、ここにはロングダガーしかいやしねぇ」
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