第130話 元侯爵令嬢様の冴えたやり方3

 *


 エリカが唸っていた理由は単純に俺に尋ねて良いのか悩んでいたそうだ。

 何を悩む理由があるのだろうか?


 剣より先の物を斬る、これはエリカも出来るが出来る奴は出来るのだ、エリカほどの切れ味は珍しいが。

 俺は出来なかったが。


 なんなら駆け出しの冒険者が使っている事すらある。もちろん珍しいが。

 俺は出来なかったけども。


 ちなみに俺は出来るようになろうと調べる事すらしなかった。

 だって魔法的なやつだったらその時点で俺には不可能だからだ。


 別に自分には不可能だと分かるのが悔しいから調べなかったわけじゃない。

 本当だよ?


「まずは身体強化をぶん回して――」


 俺はこの前感覚で出来るようになった剣より先にある物を斬るという技術を言語化していく。

 身体強化をぶん回す、俺の場合は身体強化を二重がけしないと無理だがエリカならそういった小細工は要らないだろう。


「それで、十分に暖まったなって思ったらこう、斬りたいと思う長さをグッと意識して、そこまでスンって意識を伸ばすんだ」


 実演する為に俺は意識をそっと伸ばす。

 丁度良い低木が十五足程先にあるのでそれを切り飛ばす。


「とまぁ、こんな感じだよ」


 剣を鞘に戻して振り返るとエリカが難しい顔をしていた。

 エリカの目の前で失敗しなかった事に内心安堵していた俺は大いに慌てる。


 そんな難しい顔をする程に俺の技はショボかったのか?

 それとも珍しくも無い技を披露するのに必死すぎるとか思われたのだろうか?


 確かにたかだか十五足先の枯れ木のような低木を斬るだけでかなり魔力を消費するような極悪燃費の技なので、自慢できるような要素は皆無だ。

 そう俺の技は冷静に考えると割とショボいのだ、俺の魔力での実用性を言うなら剣身の3倍程度が限界だ。

 それ以上は急激に魔力の消費量が増える。

 ついでに言うと魔力量が特段多くない俺とは相性が悪い。

 

 十全に使いこなせない相性の悪い技を説明する行為……。

 あれ? 俺かなり痛々しい奴なのでは?


「その説明で教えた気になれるのが凄いですね」


 自分の痛々しさに気が付いて今すぐ家に帰りたい俺にシャラが呆れたと言わんばかりの顔で声をかけてくる。

 草毟ってたくせに。


「剣の術理とは得てしてそういうものでしてよ」


 俺がシャラに応える前にエリカが応える。


「ましてやシンのアレはその極地です」


 エリカに俺の説明下手は極地だと言われてしまう。

 学園でも友人に何度も同じような事を言われているので今更ではあるのだけど、流石に極地とまでは言われた事はない。


「いや、あの、あのね?」


 正直に言うとちょっと泣きそうになりながら身振り手振りを踏まえて追加の説明を試みる。

 エリカにキモいと思われるのは我慢できる、血反吐を吐くだろうが耐えられる。


 だが下手は駄目だ、無理、無理すぎて無理。

 

「こうね、こう剣の真ん中にね、スン……じゃなくてこう大雑把に丁寧にね、ペターってね沿わす感じで魔力を通す感じでね?」


 俺の必死の説明は大いに空振り。

 エリカが何故か申し訳なさそうに、教えてもらったものの真似できそうにない、という謝罪をおこなった所で俺の心は折れた。


 つまりはエリカに気を使わせてしまったのだ。

 俺の説明下手のせいなのに、彼女に謝らさせてしまった。


 自分の無能によってエリカに気を使わせてしまった事に、内心で激烈に凹みつつ鉄の意志で「いや気にしないでくれ」と言えた俺を誰か褒めてくれ。

 貴族らしく俺の強がりを見なかった事にしてくれたエリカが、腰に差したソルンツァリの宝剣の柄頭を撫でながら口を開く。


「教えられっぱなし、というのも趣味ではないので」


 やはりエリカは優しい。

 俺の説明下手であっても教えて貰えた判定である。

 誰だ、学園でエリカが怖いだの、人の気持ちが分からない天才等と言っていた奴は。

 お前ら全員節穴だぞ。


「代わりにシンは何か知りたい事はありますか? 勿論わたくしが教えられる範疇で、ですが」


 説明下手の報酬としては破格ではなかろうか?

 優しさの化身か?


「それじゃあ、君の好きな花を教えてくれ」


 軽く目を瞑り、脳内で知りたい事がブワっと広がった所でその一つをつかみ取る。


「今度君に贈るよ」


 答えを期待してエリカの顔を見ると、エリカが両手で顔を覆っていた。

 何故だ。


 貴方は本当にもう、本当にもう貴方はぁ。

 そう呟きながらエリカが細かく身体を震わせ。


 シャラが猛烈な勢いで草を毟りだし。

 そして俺は困惑した。


 シャラが草を毟り掘った穴にチクショーと叫び、エリカの震えが止まったところで、エリカがそういう事ではなくて、と教えてくれた。

 俺はエリカの剣技について質問し、ソルンツァリの宝剣が実質的には魔道具であるという事を教えて貰えた。


 結局、好きな花は教えて貰えなかった。

 好きな女に贈る花ぐらい自分で考えろ、つまりはそういう事なのだろう。


 *


 私に心安まる場所は無いのか。

 シャラがそう呟いて教会へと帰って行くのを見送った俺達は、今日の夕食の材料を買って家に帰った。

 自由業である冒険者だが、俺達の場合は更に自由度が高い。

 人並みの生活で良いのなら働かなくても十分やっていけるのだが、エリカも俺も何もしない、というのは性に合わない。


 それ故に割と真面目に冒険者をやっていたのだが、流石にジュエルヘッドドラゴン、それも黒化した竜と戦ったせいか俺の方にガタが来た。

 エリカの指輪の作成依頼やら、冒険者ギルドにランクの件を問いただす為、という理由もあったが最低でも三日は街でゆっくりする、とエリカに約束させられてしまっている。


 一日休むと筋肉痛のような痛みも疲れも取れたのだが、せっかくなので休暇としている。

 そんな休暇の間にエリカが料理を作ってみたい、という話になり今日がその料理を作ってみる日なのだ。


 エリカがいつの間にか仲良くなったご近所の奥様から教えて頂いたレシピに挑戦するのだそうだ。

 だからだ、そう、だからだ。


 俺がどれほど楽しみにしていたか分かるだろうか?

 いや良い、答えなくて良い。


 俺のこの気持ちを計れる者なぞ誰もいない。


「というわけで帰れ先輩殿」


「そりゃねーでしょ旦那」


 疲れた顔をしたメルセジャが、ドアの前でそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る