第129話 元侯爵令嬢様の冴えたやり方2

 *


 俺はエリカに自分の仮説を説明した。

 俺の剣に浮かぶ、この葉脈のような模様はおそらくだが魔法陣のような物だと。


 エリカが俺の言葉に首を傾げる。

 学園で地を這うがごとき成績だった俺に魔法陣の講義を受けているような物なので首を傾げてしまうのは分かる。


 むしろ何言ってんだコイツって顔されないだけ上等だ。


「魔法を使えば使うほど“馴染む”って感じた事は無いか?」


 俺はエリカに自分の経験を語る。

 それは俺がまだ子供で自分が魔法をまともに使えないという事に納得できていなかった時の事の話だ。


 身体の同じ場所に同じ魔法陣を構築すればする程に魔法陣の構築が早くなり、魔力の通りが良くなるという事を、俺はこの魔力が見える目で発見したのだ。

 魔力が見えるという点は伏せて俺はそれをエリカに説明する。


「でだ、この葉脈だか血管だかに見えるこの模様だけど、たぶんコレ魔法陣みたいな物なんじゃないかな?」


 俺はほんのりと赤黒い剣の模様を指先で叩く。

 物に魔法陣を構築する、というのは特に珍しい事ではない。


 魔道具などはまさにそういう物だし。

 テペのこの剣にしてもおそらく似たような技術を使って身体強化が剣にまで通るように出来ているはずだ。


 ただこの剣に関しては魔境の森から帰ってきてから、テペ曰く図書館都市で見たとかいう特別な魔鉄に変わっている。


「それでここからが俺の仮説なんだが、多分なんだけどこの剣に出来た魔法陣はずっと俺の魔力を通していたから他人の魔力が通りづらくなってるんじゃないかな?」


 仮説ではあるが俺はこれが正解だと思っていた。

 人の身体に構築された魔法陣を他人が外から魔力を流して魔法を発動させられない理由がそれだからだ。


 魔道具を動かすのに魔石が必要な理由でもある。

 ただまぁ穴もある仮説だ。


 魔法陣は出鱈目では機能しないし。

 剣に浮かび上がる模様は魔法陣と呼ぶには出鱈目すぎる。


 まぁ学園の魔法の授業は八割方エリカを盗み見していた俺の仮説なので穴だらけというか、俺の魔法理論の八割はエリカの横顔だ。

 何だ完璧な理論じゃないか。


「えっと、すいませんシン。少し、えぇホント少しで良いのでお時間を頂けるかしら? 情報がちょっと過多すぎて整理に時間が必要です」


 エリカが真剣な顔で眉間に手をあて考え込む。


「お、お、俺なにか、や、やってしまった?」


 エリカの真剣な表情に何かやらかしたと慌ててしまう。

 授業中に私の横顔を盗み見してた奴が自慢げに仮説を語るなんて、という事なんだろうか?


 スイマセン、死にます。

 キモくてスイマセン。


「少し静かにお願いしますね」


 俺は無言で頷いた。

 音を出さないように微動だにしない。


 まさかと思いますが、所謂いわゆる秘技という物では?というか直球で秘技ですわよね?どう考えてもロングダガー家の秘技ですわよね?いえ、わたくしも今はロングダガーですが、いやいやだからと言ってこんな簡単に言って良い内容ではないでしょ。

 エリカが久しぶりの大きすぎる独り言をごちる。



「シン」


 エリカの言葉に背筋を伸ばす。

 ハイ、私はキモい陰の者です。


「良いのですか?」


「何がでしょうか?」


「なぜ敬語? いえ、貴方が今語った内容はロングダガー家の秘技でございましょう?」


 俺は首を傾げる。


「特に魔法陣のくだり等は完全な秘技ですよね? 確かに今の私はロングダガーですが」


 エリカが一瞬言い淀む。


「き、期間限定ですので、そのような秘密をわたくしに告げてしまって宜しいのですか?」


 なぜか若干苦しそうなエリカ、いや違う、俺の好意を知っているからこそ、そう告げるのに躊躇いが発生したのだろう、優しい。

 もしくは何の誤解か知らないがロングダガーの秘技とやらを知ってしまったと困っているのだろう。


 我が家の秘密なんてせいぜい親父の秘蔵の酒の中身が既に安酒に入れ替わっているぐらいだ。

 ちなみに犯人は母。


「誤解だ、特に秘密でも秘技でもないよ。魔法陣の件にしても体感的に皆が感じているような事だしな」


 エリカの大げさな勘違いに苦笑を浮かべながら否定する。

 博識なだけに自分が知らない知識だったので大げさに捉えてしまったのだろう。


「それを知識として認識しているか? というのを雲泥の差と言うのですよ?」


 エリカが呆れたように苦笑を浮かべるが。

 俺はそんな大したもんじゃないと肩を竦めて否定する。


「この分では剣より先を斬るという絶技を教えてくれと言えば教えて貰えそうですね」


「え?良いけど?」


 エリカがまさかそれは教えて貰えないでしょう、みたいな口調で言うのでつい驚いてしまう。

 そもエリカもやっている事なので俺から教わりたいというのも分からないが。


 軽く答えた俺はエリカの顔を見てギョッとした。

 エリカが表現しずらい顔をしていたからだ。


 まるで酸っぱい物を食べて口をすぼめてしまうのを無理矢理我慢するような顔で、目を瞑り空を見上げている。

 んー!んー!と可愛く唸っているのは何なんだろう? 威嚇だろうか?


 俺は可愛く唸るエリカを前に困惑し。

 シャラ・ランスラはエリカの背後で草を毟って遊んでいた。


 気が付けば本格的な夏だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る