第128話 元侯爵令嬢様の冴えたやり方1


 エリカが振るう剣は空気を切り裂き、するどく冷たい音を辺りに響かせる。

 準備運動がてらの素振りである。


 ヘカタイの北側、つまり魔境方面への街門から出た所に俺達はいる。

 テペに指輪製作の依頼をした翌日で、エリカのリクエストによってである。


 冒険者ランク昇格試験があるのでしたら鍛錬いたしましょう、との事だ。

 正直に言えばエリカに必要なのは鍛錬ではなく昇格試験で相手をウッカリ殺してしまわない手加減の練習だと思う。


 昇格試験の相手は現役の冒険者から選ばれるらしいが、今からその相手が不憫でならない。

 まあエリカなら即死以外はなんとかするだろう。



 小気味よいリズムで空気を裂くエリカが実に楽しそうである。


「やはり身体を動かすのは気持ちの良い物ですね」


 エリカがちょっと身体をほぐしてる、みたいなノリで剣先が霞むほどの速さで剣を振るう。

 ちなみにエリカは身体強化を使っていない。


 嫁の凄さが凄すぎて凄い。

 語彙が馬鹿になりながらエリカを見ていると横から呆れた声がかけられる。


「何をニヤニヤしてるんですか」


 シャラだ。


「エリカが」


「今は勘弁してください」


 エリカの素晴らしさを啓蒙しようとしたら遮られた。


「昨日たくさん司教様に怒られまして、今は甘い物を食べられる気分じゃないのです」


「全部自業自得じゃないか」


 ションボリするシャラをバッサリと斬る。あと俺はお前に甘い物をやろう等と思わない。

 コイツは何と教会の関係者であるにも係わらず、光の巫女一行と法王という自分の親玉がヘカタイに来るという報告を忘れていたそうだ。


 他国の糞王子の事など忘れても問題なかろうが、光の巫女と法王の件を伝え忘れるなど怒られて仕方ないというか、怒られなかったらその方が不安になるレベルだ。

 というよりどうやったら忘れられるのだ?


「翌日に報告書出したんですよ? 急いで書いたんですよ? 夜中まで頑張ったんですよ?」


「努力は買うが、報告の抜けた報告書なんぞに価値は無いぞ?」


 チクショー!

 冒険者とパーティーを組むという事で、新調された体温調整の魔道具が組み込まれた修道服をバサバサとさせながらシャラが奇声を上げる。


 ちなみに修道服の色は派閥によって違う。

 人々を回復魔法で癒やす事を主な目的とする施術派の人間は黒色の修道服。

 冒険者と一緒に行動し協力する事で魔物を倒し人々の安全を確保しようとする護民討伐派の人間は白色の修道服を着る。


 色が違う理由は、施術派は血が目立たぬように黒色で討伐派は逆に血が目立つようにと白色だ。

 他人の血か自分の血かの違いはあれど理由は血である。


 白色の修道服は実質的に戦闘服であり、素材も魔物の素材が使われている上に、教会で最も頭のオカシイ連中が集まる派閥、探求開発派という魔道具を開発製造する事で弱者救済を目指す連中の作った魔道具が搭載されている。

 シャラを見てると忘れそうになるが、そんな装備をした冒険者ランク6程度はざらに居るのが教会であり護民討伐派なのだ。


「文句を言うなら私の睡眠を返せー!」


 自分の失敗を棚に上げて叫ぶシャラを見ていると疑いたくなる事実ではあるが。


「シン」


 俺がシャラの駄目っぷりに呆れているとエリカに声をかけられた。


「貴方の剣をお返しします」


 そう言って片手で剣を回して柄を俺に向ける。

 嫁の所作がいちいち格好いい。


 エリカに貸していた俺の剣を受け取る。

 彼女が一度俺の剣を使ってみたいと言うので貸したのだ。


 エリカの持つソルンツァリの宝剣と比べたら、木の枝と大差ない価値しかないが。

 エリカが使ったというだけで、これからこの剣は我が家の家宝である。


「流石テペが作った剣ですね、実に良い剣です。身体強化が剣にまで通るというのも面白かったです」


 ただ――。

 エリカが若干不満げに首を傾げる。


「シンが言うような、身体強化を通している内は絶対に折れない、とまでは思えませんでしたわ」


 わたくしの身体強化の強度が低いのでしょうか?

 エリカがたちの悪い冗談を言う。


 エリカの魔力量とそれに耐えうる魔法陣を構築できる能力は凄まじく、俺の師匠“親切なバルバラ”すら凌駕しているだろう。

 彼女の身体強化の強度が低いわけがない。


 そう思いながら俺は剣に身体強化を通してみる。

 もしかしたらジュエルヘッドドラゴンとの戦いでの無茶が祟って不具合が発生しているのかもしれない。


 身体強化が通るのと同時に、剣身に走る葉脈のような模様が日の光の下でも分かる程に青く光る。

 ふむ、やはり折れる気はしない。


 むしろ折れるものなら折ってみろとすら思う。


「そう、それもです」


 エリカがやはりどこか不満げに言う。


「わたくしの時にはそんな風には光りませんでした。やはり強度が足りなかったのでしょうか? 全力で通してみたんですけども」


 エリカの全力の身体強化が通されたのか……壊れてないよね?俺の剣。

 若干心配になりつつも俺も首を傾げそうになる。


 確かに身体強化の魔法に関しては俺も少しは自信がある。

 自信はあるがエリカより上かと問われたら俺は素直に否定するだろう。


 速さだけならエリカに勝てるかもしれない、だが出力に関しては圧倒的にエリカが上だ。

 試した事は無いので分からないが、彼女の最高強度での一撃を受けるなら、俺は身体強化を二重に使ってやっとだろう。


 これはおそらくそんなに間違った見立てではないはずだ。

 つまりは俺の身体強化で剣が光って、エリカの身体強化で剣が光らない理由が分からない。


 壊れた? という疑問が最初に浮かぶが握った感じそうは思えない。

 首を傾げながら剣身を眺めすかしているとふとある考えが思い浮かぶ。


「分かったかもしれない」


 興味深げな視線を返してくるエリカに俺は頷きかえした。

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