第127話 幕間 どうしても溢れる物はある


 あの後、つまり俺が蛮族バルバロイと散々馬鹿にされた後の話だが。

 さて次こそ本当の本当の目的だと、俺とエリカ、そして何故か付いてきたシャラと一緒にテペの店へと行った。


 シャラ曰く、今日は休暇なんだそうだ。

 討伐派のシスターなんて冒険者とパーティー組んでいない時は年中休暇みたいな物だと思ったが口にはしなかった。

 

 そんな事より大事な用がある、エリカの指輪を作るのだ。

 ちなみにそれを依頼されたテペの第一声は当然ながら「頭大丈夫ですか?旦那」だった。


 武器屋に指輪を作ってくれと頼むんだからそう言われても仕方が無い。

 と思いつつもテペに言われるとかなり傷つく。


 何せ、店の床に死体のように転がり眠り、床下から叫びながら出てくるような女だ。

 身体強化の魔法を剣にまで通せる、という特殊な剣を作ったり、ソルンツァリの宝剣の整備を必要になったら任せるとエリカに言われたり、その腕は確かな物だが極めて控えめに言っても変人の類いであり、ハッキリ言って良いなら変人でかつ奇人だ。

 シャラの友人でもあるので間違いない。


 ちなみに黒化したジュエルヘッドドラゴンから出た宝石を付けたいと言ったら真顔で「頭のネジを何本飛ばしたんですか?」と問われた。

 あの野郎、真顔で言いやがった許せねぇ。


 俺とて分かっているのだ、武器職人に指輪を作れというのが無茶だと、筋違いだと。

 だがしかし、エリカが言うのだ。普段でも着けたままでいたいと。


 となると普通の指輪は却下となる。

 単純に強度の問題だ。


 魔法主体の戦い方をするのなら問題は無いのかもしれないが、エリカは剣も使う。

 普通の銀やら金で出来た指輪なぞ、身体強化を使った状態で剣を握っただけで壊れかねない。


「貴方でしたらそういった指輪を作れるかと思いまして」


 エリカのその一言はテペの何かに刺さったのか、「そこはわっししか居ないでしょうが!畜生め!この人たらしめ!」と叫び身をくねり奇態を晒していた。やはり変態で奇人である。

 というわけでテペには指輪製作の依頼を快く受託して頂き。


「なる早でお願いしますね」


 というエリカの言葉に顔を青くして貰った。

 自分の要求を相手に突きつけるのに容赦が無い、こういう所はエリカも貴族だなと思う。


 そういうワケで俺達はテペにジュエルヘッドドラゴンが落とした宝石と、手付金を渡したのだった。

 店から出る時にテペが、こんな間違いなく世界に一つしかない物を置いてくとか安眠出来なくなる!何の罰ゲームなんですかコレ!? と叫んでいたが無視した。


 唯一シャラだけが同類を哀れむ目で見ていた。


 *


 午前中に仕事を終え、午後からは鍛錬にあてる。

 習慣と呼ぶにはまだ浅いが、決心してからそれを怠った事はなかった。


 ランク2の冒険者、エッズ・ハグリッパは慎重に地面に足を付けると盛大に息を吐いた。

 ヘカタイ結界の北側出口前は、魔境側という事もあって畑も何も無い、魔境へと続く街道があるだけの草原となっている。


 エッズのように身体強化を鍛えようとするにはうってつけの場所だった。

 エッズは自分がコントロールできるギリギリまで身体強化の強度を上げていたので一時すら油断できなかった。


 冒険者になって身体強化を覚えた時は、どうしてこれを皆で覚えようとしないのかと思った。

 畑仕事なんか凄く楽になるのに、と。


 だが今となっては良く分かる。

 これは死ぬ、一歩間違えただけで死ぬ。


 単に歩こうとしたら飛び跳ねて墜落死するか、首筋をほぐそうとして自分の首を折るか、死に方は色々あるだろうが、いとも簡単に死ぬだろう。

 エッズは今まで自分が魔石屑拾いをするのに必要最低限の強度でしか身体強化を使ってこなかった幸運に感謝した。


 自分の怠惰たいださ、情けなさに助けられた事に複雑な心境を抱きつつも、エッズはそっと吹き上がる汗を拭う。

 たぶん自分は本当に幸運だったのだろう、きっとそうでない者は死んでいる。


 村で教えられる生活魔法とは全く違う、色濃い暴力の気配が滲む魔法の力に怖じ気づく。

 怖じ気づくがエッズはそこで退こうとは思わない。


 そういう自分はもう捨てたのだ、脳裏に浮かぶのはノールジュエンの愚者の森で見た光景だ。

 蒼い炎を吹き上げながら単身で竜と立ち向かう人間の背中。


 逃げる事も退く事も見捨てる事もかえりみない事も許される状況で。

 それら何一つ選ばず、誰一人こぼさず、真正面から竜と立ち向かった仮面の英雄の姿が脳裏から離れないのだ。


 自分が身の丈に合わぬ憧れを抱いているとエッズは自覚していた。

 おそらく自分は憧れに至る道中で膝をおり挫折し諦める事になるだろう。


 決して至れぬ高みを前に絶望するかもしれない、だがそれがどうしたと言うのだろうか?

 そんな絶望など、歩かなかった事に比べたら絶望などと呼ぶことすらおこがましい。


 自分が膝を折り地に這いつくばる時、俺はきっとその絶望を誇りに思うだろう。

 いいや違う。


 そう思えるような自分になるのだ。

 エッズはつい最近まで、単なる武器という意味だけしか持たなかった剣を振るう。


 今やその剣は冒険者の剣だった。

 古びた使い古しの数打ちの剣だったが。


 それは力なき者の為に魔物を狩る冒険者の剣だった。


*****あとがき*****

いつもコメント、イイね、星などありがとうございます。

その全てが作者のモチベーションとなっております。


どうやっても本編に組み込めなかった部分を幕間として無理やりねじ込みました。

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