第126話 胃痛辺境伯のオープニングセレモニー5

 *


 分かってみれば単純な話だった。

 ファルタールとオルクラの冒険者ギルドでは制度が違っただけの話である。


 オルクラの冒険者ギルドでは、ランク昇格試験なるものを受ける事でランクが上がる、との事だった。

 俺が読んだ書物では、オルクラもファルタールと同じように実力、魔物を倒せる戦闘力や依頼を達成出来る事を示す事でランクが上がる、となっていたのだが。

 それは随分と昔の話らしく、今ではランク昇格試験という制度が出来ており、ランク昇格を望む冒険者がギルドが選んだ冒険者と模擬戦をおこなう事でランクが上がる仕組みとなっているらしい。


 そう説明されて驚いた俺が。


「ゴールデンオーガを単騎で無傷で倒せたらランク7とかオーガナイトを単騎で倒せたらランク8とかそういう感じで決めるんじゃないのか?」


 と尋ね返したら。


「なんですかその蛮族バルバロイの風習」


 とラナとシャラに呆れられた。

 蛮族というあんまりな物言いに、何か反論しようと口をモゴモゴさせる。


 シャラが背後から俺の肩を叩く。

 何か反論をと考えながら振り返る俺にシャラがドヤ顔で言う。


「ようこそ文明世界へ」


 俺は屁理屈にしかならなさそうな反論を飲み込み。

 顔を両手で覆い、肩を震わせながら笑うのを我慢しているエリカは見なかった事にした。


 俺は蛮族バルバロイだった。


 *


 その日、ヘカタイの街に衝撃が走った。

 “あの”ロングダガー夫妻がついに冒険者ランク昇格試験を受ける、と。


 その噂は黒化した竜がヘカタイに向かっているという騒ぎの余韻が醒めやらぬ中で驚くほどの速さで広がった。

 噂の出所は冒険者ギルドの受付嬢、ラナからだった。


 一部ではロングダガー専属受付嬢などと呼ばれる彼女の口からだったので、その噂はほぼ確実な事実として扱われた。

 まずヘカタイの冒険者ギルドから遠方までの護衛依頼が消えた。


 下手な護衛依頼よりも魔境で魔物でも狩る方が儲かる為に、あまり人気の無い遠方までの護衛依頼が瞬殺であった。

 次ぎにノールジュエンからの依頼が消えた。


 稼ぎの多寡たかは度外視されていた。

 普段はゴールデンオーガ等すら狩っているパーティーが、愚者の森での屋台護衛の依頼をさらい、街道の魔物避けの燃料補給の仕事を奪い合い、衛星村への魔石屑の運搬の依頼を得られた事に喜んだ。


 この辺りで判断の遅かった冒険者達は後悔しだした。

 多少なりとも稼ぎを得つつヘカタイから逃げ出す依頼が無くなった事に、何故自分達はもっと速く動きださなかったのかと後悔した。


 彼らは恐怖に突き動かされていた。

 このままではロングダガー夫妻の昇格試験の対戦相手に選ばれかねないと。

 自分の命を天秤に乗せて金を稼ぐ馬鹿でも、はかりの反対側に何が乗るかぐらいは考えるのだ。


 はかりに乗せた瞬間に自分の命が投石機よろしく吹っ飛ぶような物は御免被る。

 こうなったら魔境中層への遠征だ、普段だったら中層へと足を踏み入れもしない、危険を抑えて安全に金を稼ぐ事だけに腐心するような冒険者が言った。


 三日、いや一週間ほどの遠征だ。

 同意するような声が重なる。

 俺もだ、俺も連れて行け。

 回復魔法が少しだけ使える、俺も連れて行ってくれ。

 何でもする、頼む俺も。


 こうして逃げ遅れた冒険者連盟が結成された。

 噂が広がってわずか半日足らずの事であった。


 そして街から冒険者が消えた。

 マキコマルクロー辺境伯がそれを知って、ロングダガーと叫んだのは、翌早朝の事であった。

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