第125話 胃痛辺境伯のオープニングセレモニー4

 *


 それは昨日の事だ。

 俺とエリカ、そしてエルザの三人で冒険者向けの食堂で夕食を取っている時だった。


「ところで兄弟子はランクは幾つに?」


 肉と野菜と豆の煮込み料理を食い終わったエルザがそんな事を訊いてきた。

 肉の脂がスープに溶け込み、その旨味を吸った豆と野菜が絶品だった。


 俺はエリカにいだかれたロングダガー家の誤解が解けた所だったのですっかり油断していた。

 ちなみに光の巫女や王子やらの話になるとエリカの顔が曇るので意図的に無視した。

 エルザの言葉に思わずエリカと目を見合わせる。


 そう言えば。

 エリカが唇に付いたあぶらをチロリと舐め取る。


「すっかり忘れていましたがランク1のままですね」


 エルザがゆっくりと俺とエリカの顔を見て首を傾げる。


「兄弟子サボってた?」


「サボっていたつもりは無いんだがな」


 ゴールデンオーガは省くとしても、指定討伐対象の討伐に教会からの指定依頼の達成。 

 俺は声に出して数えていく。


「ふむ、考えてみるとランクが上がっていてもおかしくないな」


 むしろ上がって当然だと思えるぐらいに冒険者として働いている。

 職として付くなら最も簡単だ、という理由でエリカに冒険者になってもらったが、どう考えてもそんな考えでなった冒険者の働き方じゃない。


 活動期間が短いので確実ではないが、ファルタールなら最低でもランク3か4になっていても不思議じゃ無い。

 なんでだろうなぁ、と俺が首を傾げるとエルザがおもむろに立ち上がる。


「待て」

「お待ちなさい」


 反射的にエルザの手を掴む。

 なぜかエリカも反対の手を掴んでいる。


 丸テーブルなのでエルザを頂点に奇妙な三角形ができる。


「何をする気だ」

「何をするおつもりです?」


 そう問いつつも碌でもない事だと確信した声が出る。

 いやそれにしても何故にエリカもそんな声を出してるんだ?


 疑問が視線に乗ったのか、エリカが応える。


「剣を一度交えましたので」


 すげぇ、一度は言ってみたい台詞をさらっと言ったよ。


「ちょっとギルドに訊いてくる」


「やめろ」

「おやめなさい」


 流石にギルド職員を“串刺し”にはしないだろうが間違いなく碌でもない結果にしかならない。

 面倒くさい事になるから座れと、口を開こうとした所でエリカと被る気配を感じて口を閉じる。

 視線で発言を譲る。


 エリカがうけたまわりました、みたいな顔で頷く。


「エルザさん、確かにわたくし達は冒険者ランクを上げる、という目標を立てていました」


 ですが。


「シンもわたくしも強請ねだろうとは思いませんわ。己の手で掴んでこそが冒険者の誉れでありましょう、認めぬと言うのなら認めさせれば良いだけのお話しです。わたくしその自由をいていますのよ?」


 という事ですので、お座りなさいエルザさん。

 そう言ってエリカが手を離す。


 やべぇ、俺の嫁(期間限定)が格好良すぎる。

 面倒くさい事になるから大人しくしとけ、としか考えていなかった自分が恥ずかしい。


 俺とエルザが、ほえぇエリカさん格好いい、みたいな顔をしているとエリカが不適に笑う。


「ですがまぁ不審であるのも事実、自身で己の価値を問いただすは冒険者の流儀に外れはしないでしょう」


 さっそく明日あすにでもギルドに向かいましょう。

 俺はその言葉にただ頷いた。


 *


 というわけで、「やめろぉ!離せー!」と騒ぐラナを俺は逃がさない。

 またぞろギルド内の視線を集めるかと思ったが、不思議な程に視線が集まらない。


 特にギルド職員は不自然なほどにこちらを見ようともしない。

 ラナ、不憫な奴め。


「ちょっと冒険者ランクについて訊きたい事があるだけなんだから、逃げないでくれ」


 嘘だ絶対嘘だ、とラナが叫んでいると背後から呆れた声がかけられる。


「何をしてるんですかシンさん」


 知り合いの犯罪現場を見てしまった顔のシャラがいた。

 何だその顔は、後ろ暗い事はしてないぞ俺は。


「ちょっと聞きたい事があるだけなんだよ」


「嘘だぁー!絶対に特例でランク7に上げろとか無茶を言うんだ! 畜生! ギルド長出てこい!どこいったあのハゲ樽!」


 まだ見ぬヘカタイの冒険者ギルド長の外見的特徴をラナから教えられつつ溜息を吐く。


「本当に聞きたいだけなんだよ、苦労はかけた自覚はあるが嘘は言った事ないだろ?」


「こう言ってますし、とりあえず聞いてみるというのはどうでしょう?」


 シャラが苦笑しながらも助け船を出してくれる。

 流石、元は弱者を回復魔法で癒やす事を主な活動としていた施術派のシスターである。今は派閥を追い出されて護民討伐派だが。


 その苦労が大変なんですよ。

 そう言いながらラナが逃げるのを止める。あと深く頷いて同意しているのはどういう事だシャラ。


 魔力がチラチラと奥に向くので、ラナは逃げるのを諦めたわけではなさそうだが。

 少なくとも話は聞いてくれそうである。


「俺達の冒険者ランクはなぜ上がらないんだ?」


 回りくどい訊き方は好きじゃ無いので直裁ちょくさいに尋ねる。


「なぜ上がらないか? ですか?」


 なぜかラナが首を傾げる。

 まるで何を問われているのか分からない、みたいな顔をしている。


 はて、俺は何かおかしな質問をしただろうか?

 ラナの反応を疑問に思いながらも言う。


「自分で言うのもあれだが、俺達は割と働いたと思うんだ。指定討伐対象の討伐に、教会からの指定依頼の達成。俺単独の話になるが黒化した竜も討伐したし、エリカはエリカで辺境伯と教会からの指定依頼を受けて動いた」


 知ってますけど、みたいな顔をするラナに首を傾げそうになる。


「あぁーうん? いや、だったらもうそろそろ冒険者ランクが上がってもおかしく無いんじゃないか? と思うんだが?」


 俺がそう言う間にも、ラナの顔に疑問符が増え続ける様子に思わず語尾が疑問形になってしまう。

 しばらく首を傾げる俺とラナの間に妙な間が出来る。


 ふと何か思い当たる事があったのか、ラナが怖ず怖ずと訊いてくる。

 もしかして、なんですが。


「ロングダガー様はご存じないのですか?」


 何を?

 顔に浮かんだ疑問が口に出るより先に答えを告げられる。


「ランク昇格試験をです」


 え?何それ?

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