第123話 胃痛辺境伯のオープニングセレモニー2

 *


 ヘカタイに帰還して翌日の昼。

 俺とエリカは冒険者ギルドの近くにある食堂で昼食をとっていた。


 久しぶりのエリカと二人での食事である。

 一瞬でも気が緩むと気持ち悪い笑顔になるという確信があるので、今日は気合いを入れて紳士顔である。


 ちなみに紳士顔とは学園時代のクラスメート、エグッチー君が教えてくれた、目の前で女性のスカートがまくれ上がろうとも眉一つ動かさない鉄の意志が現れた顔の事である。

 視線が惑うのは仕方が無い、とは彼の言だが、それもまた紳士との事。

 あの変態は元気だろうか?


 俺はどうでもいい変態の記憶を放り投げると、優美な所作しょさで食後のお茶を飲むエリカを観察する。

 どうもエリカの元気が無いような気がするのだ。


 元気が無いというか上の空というか。

 心ココにあらずというか、とにかくエリカがふわふわとしているのだ。


 ヘカタイに帰還する道中は普通だった。

 夕食を食べながら俺の家族の話をした時も元気だった、今朝になって突然である。


 エルザが今朝早くにヘカタイをたった為にただの黒い石と化した宝石を指先で転がしながら、時折溜息をついたりしている。

 そしてたまに俺の方を見たりするのだ。


 その顔は何かを問いかけているようでもあり、何かを尋ねて欲しそうでもあった。

 ハッキリ言うと難問である。


 こういう時は、どうした?と素直に訊いて良いものなのだろうか?

 尋ねてウザっとか言われたら舌を噛み切るぞ俺は。


 どうすべきかと俺が悩んでいるとエリカが小さく溜息をつく。

 そしてやおら真剣な顔をして言う。


「指輪が形としてある内は誤魔化しが効いたのですが……」


 エリカが俺を見る。


「形として無くなってしまうと駄目ですね、つい残念に思ってしまいます」


 エリカが何かを飲み込む時の顔をして言う。

 自身に向けられる理不尽を飲み込む時の顔をして言う。笑って受け流し、自分の感情諸々と一緒くたに捨てる時の顔をして言う。


「貴方から貰った物は多すぎるくらいです、指輪ひとつ程度は……と思うべきなのでしょうね」


 だからそのような顔をして悩む事などないのですシン。


「わたくしは貴方の気持ちは分かっているつもりですので」


 なんだろう? エリカさんは俺を言葉責めにする趣味にでも目覚めたのだろうか?

 お前、わたくしの事好きだろ、と突然のエリカからの言葉責めに紳士顔が崩れそうになる。


 後輩の女生徒に、キモいと言われて喜んでいたエグッチー君の気持ちがちょっと分かりかける。

 いかん、その扉は開けては駄目だ。


「光の巫女が、彼女がヘカタイに来るのです。望まぬ立場で会うことになるのです、指輪の一つ程度は諦めます」


 エリカの言葉に紳士顔が崩れてキョトンとした顔をしてしまう。

 光の巫女がエリカの指輪に何の関係が?


 指輪と光の巫女に関連性が見いだせずに大きく首を傾げてしまう。

 なぜかエリカも釣られて首を傾げる。


「光の巫女と君に贈る指輪に何の関係が?」


 考えても理由が思い浮かばず疑問をそのまま口にしてしまう。

 首を傾げたままのエリカが目を見開く。


「貴方が困るのでは?」


 困るのでは? と問われてやっと分かる。

 つまりは一年後、順当に時期が過ぎれば茶番劇は終わり、俺は茶番劇の相手に指輪まで贈った痛い貴族として名を馳せる事になる。


 事情を知っている者からすれば、俺は茶番劇を良いことに高嶺の花に指輪を贈る勘違い野郎だ。

 そして貴族社会とはその手の話が広まるに容易い。

 割と一生付いて回る話になるだろう。

 百年前の貴族の醜聞が、百年後の貴族の皮肉のネタにされるのが貴族社会だ。


 つまり。


「その程度の覚悟はうの昔だな」


 百年後まで俺のエリカ大好きが伝わるなら本望である、恥ずかしくはあるが。

 現実的には、語り継がれるのはそうまでさせるエリカの美しさの方なので、実質的に俺はノーダメージである。


 やったぜ、エリカの美しさは時を超える。

 ただ心配もある。


「その……君が指輪を要らないと言うのなら俺としては残念だが」


 これである。

 やはり地味な黒い宝石を使った指輪なんて要らないと言われたら泣くしかない。


 いや本当に残念だが、血を吐きそうになるぐらい残念だが、エリカが俺から送られた指輪など要らないと言うのなら受け入れるしかない。

 その時はエリカの宝石箱にでもそっと紛れ込まそう、いやマジでキモいな俺。


「そんなわけありません!」


 神様ありがとう、俺は机の下でグッと小さくガッツポーズ。


「ですが貴方は宜しいのですか?」


 傾いた首を戻してエリカが問う。

 それにたいして俺は首を横にふる。


 ぶっちゃけ何を問われているのか分からないのだ。

 否定しなければ指輪を受け取ってもらえそうにないなら否定一択である。


「シンは……嗚呼、そうですね。そうでした、貴方はそういう人でした」


 わたくしとした事が貴方が示した覚悟を受け取り損ねておりました。

 エリカが何かを悔しがるように唇を浅く噛む。


「何度も貴方をもうあなどらぬと言っておきながらこのていたらく、シンに見限られていないのは我ながら幸運です」


「俺がエリカを見限るなんてのは大陸が割れて空が落ちてこない限り無いな」


 実際にそうなっても見限るなんて事は無いが。

 何か良く分からないが反省するエリカに俺は肩をすくめておどけてみせる。


「であるなら大陸を割らないように気を付けましょう、空の方は落とし方が思いつかないので心配しなくて良いでしょうが」


 俺の返しにエリカが冗談で答える。

 話してしまえば憂いは晴れる、やはり夫婦の会話は大事な物ですね、エリカが独り言のように呟く。

 どこか不安げだったエリカの顔にいつもの輝きが戻る。

 

 対峙した者を萎縮させる程の強い意志を称えた瞳、傲慢さすら感じさせる形の良い強気な唇。

 額から顎にかけての美しいラインをいろどる、その内面の苛烈さが表出ひょうしゅつしたかのような美しい赤髪。


 いったい誰が今の彼女を見て思うだろうか?

 エリカ・ソルンツァリが母国を追放された元侯爵令嬢であると。


 いつものエリカに戻った事に安心しながら俺は茶を飲む。

 ふと疑問が浮かぶ。

 冗談だよな?


 疑問が視線に乗ったのか、エリカが俺の視線を受けて微笑む。

 黄金の魔力を煌めかせながら、実に挑戦的な微笑みで。


****あとがき****

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