短編8 パンタイルは全ての悪徳に背いて7

 *


 身体強化を使っても夜の森は暗かった。

 達人の域に達すると身体強化中は星すら無い夜であっても昼間のように見えるらしいので、せいぜい早朝程度にしか見えない自分は、つまりは未熟なのだとシンは思う。


「敵は?」


 背を向けて前に立つチャコに訊く。


「こちらの方へ魔物の群れが迫っています」


 成る程、単体ではなく群れか。

 何かしら強い魔物などが発生した際に、その周辺の魔物が一斉に移動するというのはまれではあるが珍しくない話だ。


 そういった群れは規模にもよるが魔物避けを無視する事も珍しくない。

 今回はその移動先にこの家があったという事だ。


「この辺の魔物の情報は?」


「ファルタールらしく何でもありですが、所感としては大鬼オーガの類いが良く出るかと」


「じゃあ相性は悪くないな」


 シンの言葉にチャコが振り返る。

 顔には若干の不満が見て取れた。


 どうやら緊張をほぐす為の冗談を言ったと思われたようだ。

 緊張していると思われたのが不満なのだろう。


 シンは肩を竦めて訂正する。


「ただの事実だよ、オーガなら首を落とせば死ぬ」


 チャコが変な顔をする。

 なんだその竹馬に乗る熊を見たような顔は?

 シンが首を傾げるとチャコが溜息を吐く。


「まあ確かに竜種と一晩中殴り合う事と比べれば相性は良いのでしょうね」


 皮肉気な肯定の声にシンは頷き返す。

 竜は本当に勘弁してくれとシンは思う、本当に相性が悪いのだ。


「ところで群れの規模は分かるか?」


 そう言えば敬語を使い忘れてしまったな、そんな事を考えながらシンはチャコに尋ねた。

 チャコが一瞬だけ呆れたような顔をする。


 最初に殺せるかどうかを気にしてから群れの規模ですか、これだから冒険者は。

 小声で漏らした独り言は聞かなかった事にした。


「そうですね」


 チャコがシンに向かって皮肉気な笑みを浮かべる。

 成る程、彼女も確かにジェンの部下だ。


「生き残れば酒場でモテる、程度ですね」


 冒険者こちらの流儀に合わせた言い回しにシンはチャコの隣に足を進める。


「十三歳男子にとってはやる気の出る言葉だ」


 俺のモテたい相手は酒場にはいないが。

 心中でそう付け足して、シンは身体強化の強度を上げた。


 *


 コークス・カンデライトは“当初”の予定通りに夕食後のお茶を飲み終えると着替え、ベットに横になった。

 予定外は起きたが、まぁあの二人なら何とかするだろう、というのがコークスの結論だった。


「そんな所で突っ立っていられたらゆっくり出来やしないよ」


 予定外を人に放り投げたコークスは、途方に暮れたような顔をする年下の友人に声をかける。

 正直な所、ジェニファーリン・パンタイルがこうなるというのは“予定外”だった。


 思えば多くの死に立ち会ってきたが、自分以外の人間が予定された死に立ち会う場面というのは始めてだった。

 ドアの前で不安げに惑うジェニファーリンは確かに珍しくはあったが、死ぬ前に見るにしてはそぐわなかった。


 百年に一度のパンタイルの、最もパンタイルらしくない姿を冥土の土産にするのも悪くは無いが、それをやったらあの坊主は怒り狂うだろう。

 あの坊主に老人の無責任さを教えてやるのも面白そうではあるが、流石に大人げないだろう。


 ジェニファーリンにあらかじめ用意しおいたベット脇の椅子に座るよう、身振りだけでうながす。


「三日後だと」


 ベットサイドの小さな魔石灯の明かりが作った影の中でジェニファーリンが小さな声で言う。


「三日後だと言ったじゃないか」


 やっとで口を開いたと思ったらそれかい。

 コークスは呆れながらも、やはり自分の嘘はバレてしまったなと苦笑する。


 一体どこで気が付いたのだろうか?

 いや、パンタイルにその手の隠し事が出来ると考える方が間違っているね。


 あの一族は、一族郎党眼が良いのだ。

 スキルの有る無し等は実際は些細な違いでしかない。


 バレるようなヘマはしたつもりは無かったが、まぁ相手はあのジェニファーリン・パンタイルだ。

 最初からバレない等とは思っていなかった。


「本当はいつなんだ?」


 近づいてくれないから顔が良く見えない。

 コークスはそんな事を考えながら口を開く。


「私は明日の朝には死ぬ」


 コークスは淡々と真実を語った。


 *


 千人殺すまでには死ぬだろう。

 そんな理由で千人殺すまでは王国の暗殺者を務めようと思った。


 率先して――、というよりも王国はコークスを完全に使い潰すつもりだったのか、明らかに失敗が前提の任務が割り振られたので、コークスはそれらの任務を片っ端からこなしていった。

 自分でも不思議だったが、何かを殺す、という事において才能があったようだった。


 人の命数が見える自分が、殺す事に長けている。

 最早ここまでくると皮肉を通り越して趣味の悪い冗談である。勿論、冗談とはコークス自身の事であった。


 そうしてコークスがどう考えても死ぬか失敗するかというような任務を幾つも成功させ、幾つかの異名を付けられ、当時名乗っていた偽名よりもそれら異名で呼ばれる事に慣れた頃に千人目を殺した。

 正確には諸事情により千人では無かったが、その頃にはどうでも良くなっていた。


 辞めると告げれば自分は殺されるかもしれない、そんな事を考えながらコークスが時の上司に引退することを伝えた所、盛大にねぎらわれた。

 国家に忠誠を誓い自ら最も危険な任務に志願し続ける忠臣の凄腕暗殺者、というのがファルタール王国がコークスに下した評価だった。


 質の悪い冗談である。コークスはいつか自分を殺しに来るだろうからと、鍛えた後輩どもへの訓練が全て無駄になった事にゲンナリした。

 ここまで何もかも上手くいかないとは、やはり自分は神という存在にとことん嫌われているらしい。


 まあいいか。

 絶望には底が無い、それは慣れた物であったしうの昔に諦めていた。


 最初から諦めていれば絶望は大した事は無いのだ。

 さて、次ぎからどうやって死にに行くか?


 辞めてから数日、コークスがそんな事を考えていたら、自分を護衛に雇いたいという酔狂な人間が現れた。

 自分が何者かを知れる立場の人間が、わざわざ身の内に暗殺者を抱えよう等というのは余程の事情があるか、只の馬鹿のどちらかだ。


 珍しく興味からその話を受けてみる事にした。

 そうしてコークス・カンデライトはパンタイル男爵家からの、護衛として雇いたいという話を受けた。

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