短編8 パンタイルは全ての悪徳に背いて5

 *


「で? いつ死ぬんだ?」


 朝食を終えて、テーブルでチャコの煎れた茶を飲みながらシンは訊いた。

 ジェニファーリンのカップに茶を注いでいたチャコが凄い顔で見てくるのが見えて、まかせろという気持ちを込めてシンは頷き返す。


 チャコの顔が更に凄い物になる。

 何故だ? シンは心中で首を傾げそうになる。


 朝からジェニファーリンの様子がおかしい、というのはすぐに分かった。

 あのジェニファーリン・パンタイルが――、産まれて産声を上げる前に、すまないちょっと大声で泣くから宜しくと断りを入れてから泣いていても不思議では無い――、とシンが思っているあのジェニファーリン・パンタイルが、何かを言おうと口を開いては何度も思いとどまっていたのだ。


 これで何もなければ、それこそ詐欺である。

 友人にそこまで入念に騙されるような覚えは無いシンは、成る程これは友人がいつ死ぬのか気になっているが訊けないのだな、と理解した。


 ジェニファーリンが驚いた顔をしてシンを見る。

 まかせろ、シンはジェニファーリンに頷き返し、それを見たチャコが形容しがたい顔をした。


「老い先短い老婆になんて事を訊くんだい」


 コークス・カンデライトがカップを静かに皿に戻しながら呆れた声で言う。


「そんな事を気にするタマには見えないんでね」


 婆さんからは同類の匂いがするからな、とシンがうそぶく。


「これだから冒険者は……、女にモテないよ」


「おい止めろ、十三歳男子にそれは本当に止めろ、条約違反だぞゴメンナサイ」


 即座に降伏するシンにコークスがケッケッケと怪鳥のような笑い声を上げる。


「そこで笑顔で返せないようじゃまだまだだね、私の旦那だった男はそりゃもう素敵な笑顔で口説いてきたもんだよ」


 懐かしげな顔をして、そんな男に口説かれる自分、と暗に自慢するコークスにジェニファーリンが口を開く。

 声は小さく、そして呆然としたような雰囲気の声だった。


「結婚、していたのか」


 不安な顔をする少女を見て老婆は静かに笑い、少年は少女の不安が分からず心中で首を傾げる。


「昔の話だがね、うの昔、捨てるまでもなく勝手に朽ちる程のね」


 コークスがテーブルの上に組んだ手を置き、ジェニファーリンを見つめる。


「そう言えば話した事は無かったね」


 声に悪意など一欠片もなく、それどころか込められたのは疑いなく優しさであった。

 だが告げられたのは酷い無体むたいだった。



 つまりは、どれほど長い年月を過ごした友人であったとしても、聞けていない話など沢山あるし、語り尽くせない思いは山ほどあるのだ。

 もうすぐ死ぬのだと、そう告げる友人から聞くにはこたえる話だった。


 また明日と言った相手が翌日には死んでいる事が珍しくない冒険者のシンとしては、随分と優しいと思うのだが。

 人と人など、家族であろうと友人であろうと話し尽くせる物ではない、等という当たり前の事に不安になるジェンに、理解が追いついたシンは苦笑する。

 それはそれとして。

 珍しいほど素直に不安を顔に出す友人を見る。


「それでいつ死ぬんだ?婆さん」


 シンは不機嫌に言った。

 あまり俺の友人を虐めてくれるなよ。

 

 明らかにジェニファーリンとコークスの間で大切な何かが交換される空気をぶった切る。

 おい、ババア、そういうのは二人でやれ。


 言外に込めた言葉を視線に乗せる。

 ツレに大事な事を言うなら逃げ道に他のツレを巻き込むな。


「なんだい、腑抜ふぬけけてる時でもイケてる顔するじゃないかい」


 老婆に茶化されても嬉しくない。

 シンは肩を竦めるだけで流す。


 オーケー分かったよ兄弟ブロ

 老婆が小声で冒険者の流儀で答える。


「三日後さ」


 老婆が何でもない事のように自分が死ぬ日を告げると、シンはいぶかしげに眉を顰め。

 ジェニファーリンのあからさまに安堵した表情が目に入ると、嗚呼畜生このババア、と心中で毒づいた。


 *


 ちょっと柴刈しばかりに出かけます、手伝いがいるのでロングダガー様をお借りします。

 そう言ってチャコ・カンデライトは有無を言わさずシンを連れ出した。


 余りにも堂々とした態度だった為に、ジェニファーリンはおろかコークスも、そしてシン本人すらそういう物かと素直に従った。

 シンに至っては、よし一冬越せる程の柴を刈ってやろうと意気込んですらいた。


「私の話を聞いてました?シン・ロングダガー様?」


 小屋からちょっと離れた場所にある木にシンを押しつけ、逃げ出さないようにとその頭部の両脇に両手を付く。

 怒りのせいか少し力が入りすぎたようで、小さく木が鳴いた。


「柴刈り」


 必然覗き込むように向き合ったシンが端的に答える。

 こいつッ、手の平に木が砕ける感触を感じたチャコは深呼吸して自分を落ち着かせる。


「ジェニファーリンお嬢様を! どうか! 宜しくお願い致しますと! お願いしましたよね!?」


 ああ、と少年が呟く。 

 通じたか、通じてくれたかとチャコは安堵する。


 この段階で通じていなかったら自分は人選を大きく誤った事となる。


「上手くやっただろ?」


 通じてねぇ!

 生木に自分の指先が沈む感触が叫ぶのをすんでで留める。


 チャコは指先を生木から引き抜きながら、この表現しずらい感情がどうにかこの少年に伝われと両手をワキワキとさせる。


「最悪ですよ!?」


 言葉になったのはその百分の一にも満たなかった。

なんなんですか!? どう考えたらアレが上手くやったと思えるんですか!? 貴族ですよね? 貴族なんですよね? 貴族ってのはそんな感受性デリカシーをなぎ倒しながら生きていける物なんですか? ていうか感受性デリカシーに何か恨みでもあるんですか!?」


「どうして、どいつもこいつも俺を感受性デリカシーの敵にしたいのか?」


「普通の人はこれだけ言われれば疑問に思わず、ちょっとは傷つく程度の感受性デリカシーがあるからですよ」


 シンの顔があまりにも純粋に疑問を浮かべていたのでつい冷静な声が出た。

 その言葉はちょっと傷つくな、シンがそう言って頭を背後の木に預けるのに合わせてチャコは一歩下がる。


「でも俺は婆さんに上手く使われただけだしなぁ」


 呆れたように、まるで自分こそが被害者だと言いたげなシンの様子に思わず首を傾げる。


「どういう事ですか?」


 被害者面して非難から逃れたい、そういう感じでも無いシンにチャコは思わず尋ねた。

 その声にシンが不機嫌そうに、それでも何か受け入れるような顔をして言う。


「つまりはさっそく約束を守らないと駄目そうだ、って事だよ」

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