短編8 パンタイルは全ての悪徳に背いて4
*
人は殺されれば死ぬ。
当たり前の事実に気が付いたコークス・カンデライトの世界は彩り華やいだ。
何のことは無い、人は限られた寿命の中で成せることを成すのだ。
何と美しく愛おしい世界なのだろうか。
人は殺されれば死ぬというのなら、寿命は呪いでも無ければ宿命でも無い。
只の限界であり、終着点に過ぎない。
そうと分かれば、冒険者という職業を選んだのは正解であったと、コークスは己の幸運を喜んだ。
人々をその終着点まで辿り着けるよう、手助けをするのだ。
人に害をなす魔物を倒し、終着点までのその道が安らかな物になるようにと剣を振るうのだ。
終着点までに至る一歩。
それこそが尊く愛おしい。
*
「それにしても良く信じたね」
呆れたようなジェニファーリンの声にシンが振り返る。
テーブルを端に寄せ、借りた毛布の上に寝袋を並べた所だった。
今日の二人の寝床である。
チャコ・カンデライトは主人に自分のベットを使うように言ったが、ジェニファーリンは固辞した。
「コークスが死ぬという話だよ」
振り返ったシンの顔が質問の意図をまったく理解していない物だったのでジェニファーリンは説明を継ぎ足す。
「普通は信じられないと思うのだけどね」
ジェニファーリンの言葉にシンはどう答えたものかと暫し悩む。
だが実際の所はそれよりも酷い。
完全に直感だった。
自分の目にはコークスの魔力が、嘘をついているように見えなかった、というのも理由としてはあったが、言った所で信じられないだろうとシンは言わなかった。
「直感は信じるようにしてるんだよ」
なのでシンは直感だと答えた。
それに対して寝袋に潜り込むジェニファーリンの顔が何とも言えない顔になる。
成る程、信じたのかと俺に訊いたが、ジェン自身は信じきれていないのか。
そのくせ、今日はもう眠ると言ったコークスに「今日死ぬわけじゃない」と言われるぐらいには心配な顔をしてしまう。
同じく寝袋に潜り込みながらシンはどう言ったものかと思う。
シンの中では、老婆、コークス・カンデライトが死ぬというのは真実だという確信があった。
魔力がどうこう、というのもあったが奇妙なほどの確信がシンの中にあった。
言語化できないが故に友人にかける言葉が思いつかない。
寝袋に潜り込み、背を向けるジェニファーリンが囁くような声で呟く。
「友人をこんなにも心配させるなんて、全く酷い奴だよ」
シンはただ一言、そうだな、と同意だけして魔石灯を消した。
*
翌朝、目が覚めたシンはジェニファーリンを起こさないように気を付けて寝袋から出ると、久しく出来ていなかった日課の鍛錬をした。
森の中にあるせいか、日が昇りきらない早朝はまだ夜の空気を濃く含んでいた。
軽く身体をほぐし、身体強化の訓練に移る。
最低強度から最大強度まで、身体強化の強度を繰り返し変化させる。
出来るだけスムーズに、出来るだけ一繋がりになるように注意する。
まともに魔法が使えないシンが使える数少ない魔法、それだけに師匠である〈親切なバルバラ〉はシンの身体強化の魔法を徹底的に鍛え上げた。
本人の資質も勿論あったが、結果としてシンは十三歳という年齢で〈親切なバルバラ〉が中々に使えると認める程になっていた。
「お嬢様を疑っていた訳ではないのですが、まさかこれ程までとは」
そう声をかけてきたのはチャコだった。
本人の薄い気配に不似合いなエプロン姿は一見すれば只の使用人だが、纏う雰囲気が剣呑に過ぎた。
「師匠からは“まだまだ”としか言われないから、そう言って貰えると嬉しいね」
外に出た瞬間から見られているな、と思っていたシンは落ち着いて喉だけの身体強化を弱めて応える。
その様子にチャコが、変態的に器用ですねと呟いて溜息を吐く。
「そのお師匠様はおそらくですが、お婆様と同類のような気がします」
「だとしたら貴方も大変だ」
ただの事実としてそう応えると、シンは剣を振る。
やっとで真似できるようになってきた師匠の足運びを思い出しながら慎重に、かつ全力で剣を振る。
早朝の空気を裂く剣先はチャコの目からは殆ど見えなかった。
身体強化を使っている時の動きの雑さが一切ないその動きに戦慄する。
成る程、これは確かに自分は負けるだろう、そして逃げるに全力を賭すだろう。
十三歳でこれか――、チャコは暮らすに苦労など無い貴族の少年が、この年齢でこれ程にまで達するに要した血の量を想像して首を傾げそうになる。
何の覚悟があってそこまで血を流したのか? チャコは気になりはしたもののその疑問に蓋をする。
今はそんな事はどうでも良い事だった。
「シン・ロングダガー様、お嬢様のご友人である貴方にお願いがございます」
パンタイル家で学んだ礼儀作法に則り、背筋を伸ばし頭を下げる。
「どうか、これからもジェニファーリンお嬢様をご友人としてお支え頂きますよう、伏してお願い申し上げます」
剣先が空気を裂く音と、鞘に戻る音がほぼ同時に聞こえた。
何の事は無しに成される絶技に心中絶句する。
「まいったな」
少年が年相応の声で困ったように言う。
内容よりもその違和感にチャコはつばを飲む、お嬢様はこの少年が怖くないのだろうか?
「ジェンに引っ張り回される未来は想像に
嗚呼、確かに。
チャコは思わず同意した。
「俺が支える側ってのはいまいち想像できないけども。まぁそうだな、この両手が届く内は必ず、で良いかな?」
自分の言い回しが照れくさかったのか、誤魔化すように両手をヒラヒラとこちらに見せてくるシンを見て。
成る程、確かにこの少年は主人の友人だとチャコは思った。
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