短編8 パンタイルは全ての悪徳に背いて2

 *


 商売と投資と浪費の天才であり、百年に一度のパンタイル、最もパンタイルらしいパンタイルであるジェニファーリン・パンタイルは、溜息を押し殺した。

 目の前を歩くシンの数字のせいだ。


 パンタイルである前にシンの親友であると自称するジェニファーリンにとって、その数字が付いた事を黙っているというのは思った以上に難事だった。

 出来れば白状してしまいたい、私は君に酷い事をしていると告白したい、そして許されたい。


 たぶんこう、友人に謝って許されるというのは気持ち良いと思うのだ。

 凄くスッキリすると思う。


 ジェニファーリンは自分がシンに許されないという未来を考慮せずにそんな事を考える。

 だが、まあ。


「それは悪徳であろうね」


「何がだジェン」


 自他共に認めるビックリする程の貧乏子爵家の次男坊であり、貴族家の一員でありながら冒険者である変人、シン・ロングダガーは振り返りながら言った。

 その顔はまたジェンが変な事を言い出したと言いたげな顔だった。


「受け入れられると分かっている謝罪をおこなう事についてだよシン」


「お礼の言葉が欲しいと、人に親切にするのと大差ないと思うんだがな?」


 シンが先日老婆を助けた時のジェニファーリンについてやんわりと言及しながら首を傾げる。

 それに対してジェニファーリンは苦笑を浮かべる。

「我が友よ、それは違う物だよ。お礼の言葉が欲しいと人に親切にするのは対価を求めただけだ。だが受け入れられると分かっている謝罪をおこなうのは強請ねだるのと変わらないのさ」


 それはかっこ悪いだろ?

 ジェニファーリンの言葉にシンが沈黙を返しながら、道にまでせり出してきていた枝を剣で払う。


「俺にはどちらも脅迫の一種に思えるが」


 おお、我が友が辛辣だ。

 だがまぁその通りだね。

 心中で同意するジェニファーリンにシンが続けて言う。


「それはともかくとして、俺達はどこに向かっているんだ?」


「随分と今更な質問だね」


 ジェニファーリンは呆れた。

 普通は魔物避けの一つも無いような小道に向かう時点で抱く疑問だ。

 少なくとも獣道と変わらないような小道を半日近く歩いてから出る疑問ではない。


「人に聞かれるかもしれない場所でも言えるような目的地なら、護衛が俺一人だなんて事はないだろうからな」


 流石にここでなら大丈夫だろ?

 シンがそう言って顔だけ振り返りながら肩を竦める。


 成る程、シンなりに気を遣っていたのかとジェニファーリンは感心する。


「おい、その顔は傷つくぞ」


 はて、何の事かな?


「確かにここでなら、万が一にも人に聞かれる心配は無いだろうね」


 シンの抗議を無視してジェニファーリンは答える。


「この先に私の友人が住んでいるのさ」


 ジェニファーリンの言葉にシンが振り返る。

 ハッハッハ、こやつめ。


「その顔は傷つくから止めるんだシン」


「とも――」


 何かを言おうとするシンを遮って言う。


「パンタイルとて友人はいるのさ」


 数は少ないがね。

 そう付け加えながらジェニファーリンは肩を竦めた。


 *


 シンはその家を見て首を傾げそうになった。

 近くの木を材料に作られたであろうその家は、間違っても豪邸と呼べるような物ではなかったが、建てる為に掛かった金はそれに匹敵するだろう。


 獣道と変わらないような細い小道を抜けた先にあったのは、低い柵に囲まれた一軒の家だった。

 小さな畑に井戸、そしてたった一軒の家の為に魔物避けの魔道具が目に見えるだけで四つ。


 シンの目には他にも魔物避けが在るのが分かった。

 たった一軒の家の為に村一つ分くらいはあるのではないだろうか?


 建てるのに掛かった金と労力とは釣り合わない簡素な柵、その門とも呼べない門柵の前でシンはついジェニファーリンを見てしまう。

 艶やかな焦茶色の髪を日射しに照らされた友人がシンの視線に気付いて首を傾げる。


「なぁジェン」


「なんだい?シン」


 ジェニファーリンが普段と変わらない顔で聞き返してくる。

 シンはその顔を見て自分の疑念が間違っているだろうとは思ったが訊かずにはいられなかった。


「俺はジェンに殺されるような事をしただろうか?」


 しばしの沈黙の後にジェニファーリンは言った。


「シン、君はちょっと会話という物について学んでみるべきだね。ちなみにそう思った理由はなんだい?」


「人類圏から外れた場所で、魔物避けがあるからと言って一人か二人程度で暮らせる人間となると普通の奴じゃない。俺が気が付かない内にジェンを怒らせてしまっていて、パンタイルが囲っている暗殺者にでも殺されるのかと」


 シンはそう言いつつも、そんなワケは無いと思っていた。

 それは友人を信じている、といった素朴な友情からの物では無く、ジェンなら俺が気がつけるのはもっと切羽詰まってからだ、という奇妙な信頼からだった。


 家の面子めんつが絡めば友人同士であっても殺し合いに発展するのが貴族社会だ。

 貧乏子爵家の次男坊であっても、その辺りの感覚はシンも貴族だった。


「君に気取けどられるような計画を立てた時は私の才能が枯渇した時だろうね、その時は教えてくれると助かるよ」


 なので同じく貴族であるジェニファーリンも怒った様子は無く皮肉で返してくる。


「言っただろ? 私の友人に会いに来たと」


 ジェニファーリンが駄目な弟を諭す姉の口調で言う。


「だがまぁ、君の妙な勘の良さには驚かされたよ」


 ジェニファーリンの妙な言い回しに首を傾げそうになったシンは、次の瞬間に反射的に戦闘態勢にはいった。

 柵門の前に人がいる事に気が付いたのか、家人が家から出てきたからだ。


「おい、ジェン」


「なんだねシン」


「本当に暗殺とか計画されてないよな?俺」


 シンの言葉にジェニファーリンはただ微笑んだ。

 勘弁してくれ。


 心中でそう嘆きシンは空を仰いだ。

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