短編8 パンタイルは全ての悪徳に背いて1

パンタイルは全ての悪徳に背いて


 ジェニファーリン・パンタイルは友人が地面に腰を下ろし、自分が贈った剣を支えに体力の回復に努めている姿に大いに驚いた。

 自他共に認めるビックリする程の貧乏子爵家の次男であり、貴族で有り冒険者、怪物かと見紛う程の強さを持ち、正気を疑いたくなる程に自分の実力に無頓着、身分不相応な恋心を抱き、年相応に自身の不安に無自覚な少年。


 我が友シン・ロングダガーが疲れて地面に腰を下ろしている。

 ジェニファーリンは胸の中で湧いた感情をどう処理すべきか判断に迷った。


 友人に頼りたかった、だがそれと同時に支えてもやりたかった。

 友情とはかくも不条理な物だっただろうか?


 ジェニファーリンは困ったように笑った。


 *


 ジェニファーリン・パンタイルがその数字に気が付いたのは、まだ八歳の時だった。

 自分の黄金の目が少しばかり人とは違う物が見える目だと理解はしていたが、その意味までは理解していなかった頃だ。


 パンタイル家に時たまあらわれる、鑑定スキル持ちであったジェニファーリンにとって、世界とは、人とは数字であった。

 父も母も兄弟も、全てが数字の羅列にしか見えなかった。


 世界とは何と殺伐さつばつ無聊ぶりょうな物なのだろうか。

 八歳にしてジェニファーリン・パンタイルは数字が支配する世界に飽き飽きしていた。


 パンタイル家はそんなジェニファーリンに気が付きつつも放置した。

 一般的な貴族子女への教育はおこなうものの、自身の鑑定スキルとの付き合い方も、世界との向き合い方も教育する事はなく、ただ放置した。


 パンタイル家にとって、ジェニファーリンが抱えた無聊も、数字で表される世界に感じる殺伐さも、全ては慣れた物であり知った物であったからだ。

 つまりは麻疹はしかのようなもの、というのが彼らの結論だった。


 ただ一つ、彼らが知らなかったとは言え想定外であったのは。

 ジェニファーリン・パンタイルが真実パンタイルであった事であった。


 本来ならば成長と共に見える数字は徐々に増え、その意味も増えていくものであったが。

 ジェニファーリンはよわい八歳にして、本来であれば中年に差し掛かる頃に到達するであろう領域へと到達していた。


 それは八歳の少女が見る世界としては、八歳の少女が生きる世界としては、あまりにも殺伐とし寂寥せきりょうな世界だった。

 この世は無聊ぶりょうで出来ている。

 八歳のジェニファーリンは世界をそう断じた。


 百年の一度のパンタイルではあったが、まだ商売と投資と浪費の天才では無かったジェニファーリン・パンタイルが、その数字に気が付いたのはまさに世界に飽き飽きしていた時だった。

 名前、種族、年齢、それに続いて素っ気なく添えられただけの数字は、何の数字か分からなかった。

 それ故にジェニファーリンの興味を強く惹いた。


 一体何をあらわしている数字なのだろうか?

 兄弟はみなその数字は0であったが、父にはその数字はあった。


 冒険者、特にある程度の経験を積んでいる者はほぼ必ずと言って良いほどその数字はあった。

 傾向として、おおむね歳を重ねた者ほど数字が大きい傾向があった。


 ジェニファーリンは興味にあかかせて鑑定スキルを乱用し、日がな一日観察しては考察を重ねた。

 だが如何いかんせん八歳の少女である。

 その数字の正体を知るには偶然が必要だった。


 家族で出かけた時の話だ。

 捕まった何かしらの犯罪者が逃げだし、奪った武器で錯乱しながら暴れている場面に出くわした。


 家の者に守られ、安全な場所から踏み外した者を見ていた。

 ジェニファーリンの目には、ただ数字の足りない者が順当に道を踏み外し、自暴自棄になっているようにしか見えなかった。


 男はあっけなく偶々たまたま近くにいた騎士に殺された。

 いつものように鑑定スキルを使っていたジェニファーリンには、騎士は男を無傷で捕らえるだけの十分な実力がありながら、捕まえる事さへ面倒だと男を斬り殺したようにしか見えなかった。


 だがそれ自体はジェニファーリンにとっては全くもって心を動かされるような事ではなかった。ただ一つだけ興味を惹かれる物があった。

 男を斬り殺した騎士の、あの数字が一つ増えたのだ。


 ジェニファーリンは少しだけ考え込むと、酷く乾いた声で「嗚呼」とだけ呟いた。

 分かってしまえば何とも味気ない答えだった。


 自分の興味が惹かれた数字は、単に人を殺した数だったのだ。

 あまりにつまらないオチに八歳の少女は苦笑すら浮かべた。


 この世は無聊ぶりょうで出来ている。

 目に映る世界は数字だけが支配する。


 ジェニファーリンはそう断じると、興味を無くした。

 飽き飽きだった。


 だが、そう断じた少女が、自分にそう断じさせた数字に、大きく目を見開かされる程に驚かされたのはその三日後の事だった。


 酷く目つきの悪い、痩せた体躯の真っ白な灰のような髪の老婆だった。

 殺人数999。


 自分の護衛だと紹介された老婆を前に、幼いジェニファーリンは絶句していた。

 貴族としての礼節を忘れ、ただ驚くジェニファーリンに父は言った。


 元は王国の――王家ではない――暗殺者で、引退するとの事なのでジェニファーリンの護衛に雇ったとの事。

 数々の非道な犯罪者や他国の間諜かんちょうと戦いを繰り広げてきた歴戦の猛者であると。


「口さがない者は〈千人殺し〉等と言うがね」


 それは父の冗談であったのだろう。

 だが数字が見えていたジェニファーリンは思わず小さな声で呟いてしまった。


「一人足りないではないか」


 父には聞こえなかった、だが目の前の老婆はその声を聞き逃さなかった。

 ジェニファーリンがしまったと思う間もなく、老婆は痩せた体躯を音も無く移動させ、気が付けばジェニファーリンの目の前にひざまづいていた。


 そっと自分の耳へと顔を近づけ囁く老婆は濃密な死の気配がした。


「そいつは秘密なんだよ。黙っててくれるなら、そうだね、私の忠誠を捧げようじゃないか」


 それは明白な脅迫だった。

 断れば殺される、そんな事は無いだろうが、何かしら酷く困った事になるのではないかという、妙な確信があった。


 だがジェニファーリンはジェニファーリン・パンタイルだった。

 八歳でもジェニファーリンはジェニファーリン・パンタイルなのだ。


「そんな安い物はいらない」


 状況を理解できていなかったジェニファーリンの父親は娘の発言に驚き、老婆は微笑むように目を細めた。


「値を付けるのは私の方だ」


 ジェニファーリンは一歩下がって老婆の目を真っ直ぐに見つめて言う。

 そして、まだ何一つ自分で手に入れた物など所有していない少女は差し出せる唯一の物を差し出した。


 自分が非常に分の悪い商売をしていると分かっていた。

 提示された忠誠は破格であるだろう。


 だがそんな物は要らないのだ。

 だから少女は差し出せる唯一の物を差し出した。


 ジェニファーリンは老婆に小さな手を差し出した。

 大きく広げた手は、それでも小さく、つまりはそれは少女の最大のハッタリだった。


「お前の友情をくれ、コークス・カンデライト」


 実に数十年ぶりに誰も知らぬ自分の本名を呼ばれた老婆、コークス・カンデライトは刹那せつな迷うとその手を取った。

 最後に彼女の名を呼んだのは誰だったか? そんな事を考えながら。


****あとがき****

 仕事が忙しい上に、納得いかずに何度も書き直してます。

投稿しちゃえば、もう後には引けないよね。

 5月21日、初投稿時に投稿する物を間違えてしまいました。

 冒頭にシーンが書き足されています。また最後のコークス・カンデライトの述懐部分が少しだけ変更されています。

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