短編7 ロングダガー狩猟日記(サム)中
*
「それで君はどう思うんだい?」
ジェニファーリンは並んで歩くシンに尋ねてみた。
当然ながらトライ・フロースの事についてだ。
スダバルドの街を出て二時間。
街周辺の畑やら牧場を抜けて、人影もなく、道はちょっとした林に沿ってはしっており身を潜める場所にも苦労しない。
そんな場所での質問だった。
隣を歩くシンに、自分は心配などしていないんだぞ、というのを示す為、というのが理由の一つ。
もう半分は単純に暇だったからだ。
あの男もあの男である、騙すのならもっとこう騙し方という物があるだろうと、ジェニファーリンは思う。
騙すつもりは無いのかもしれないが、何かしらの言う気のない目的があるのが態度からバレバレである。
最初こそは考えを巡らせたものの少ない情報からはつまらない結論しか出なかった。
しかも、こちらに害を与えるような物であろうと、そうでなかろうとジェニファーリンの中では相手がシンに蹴散らされる未来しか見えなかった。
シンが対処できない程の戦力を揃えるのは可能だろう、だが逃げに入ったシンを仕留め切る戦力を揃えるのは相当に骨だ。
パンタイルである自分がそうなのだ、他の者がそんな物を早々用意出来るとは思えない。
ほれ、早く答えるんだ。
ジェニファーリンは隣で空中に視線を飛ばしながら言葉を探すシンを視線で急かした。
「そうだなぁ。ランク2と言っていたけどそれは単純に冒険者になってまだ短いから経験が足りてないだけかな? 歩き方からはランク3でも不思議はない気がする」
ジェニファーリンはシンの見立てに少し驚いた。
自分の鑑定スキルとほぼ同じような結論だったからだ。
「だからまぁ、一緒に戦う時に自分の身体強化で勝手に死ぬのを心配しなくても良いんじゃないかな?」
「一緒に戦う時に、という事は襲われるとは思ってないのかい?」
シンの視線が自分に向く。
そんな事を考えていたのか、というシンの顔にジェニファーリンは少し傷ついた。
「それは無いと思う。いや確証はないが」
シンの意外な言葉にジェニファーリンは、ふむと頷く事で言葉の先を
理由を言ってみたまえ我が友よ。
「俺達に声をかけてきた時に、俺達の持ってる武器に一度も視線が飛ばなかった」
襲うつもりなら相手の持ってる武器ぐらいは見るものだろ?
そう答えるシンにジェニファーリンは成る程と心中で納得する。
そう言えば我が友はやたらと人の視線を
そのシンがそう言っているのなら、それは確かな事なのだろう。
だが。
「確証と言うには弱いね」
ジェニファーリンの応えに、シンが分かってるよと肩を竦める。
「あと、話して嫌な感じはしなかった」
「成る程、そちらの方が私好みの解答だね」
ゴチャゴチャとした理由よりもシンの直感の方がまだ信じられる。
続けて口に出そうとしたのはそれを素直に認められないが故の皮肉だったのだが、ジェニファーリンのそれは前方からかけられた声の前に霧散した。
「もしかして俺の事を話してるのかい、嬢ちゃん達」
軽薄な声に軽薄な表情で胡散臭い言葉を吐くトライにジェニファーリンは不愉快さを隠さない視線を飛ばす。
シンに皮肉を言う機会を奪われるのは不愉快だった。
「その通りだよ冒険者殿。君が襲いかかってきた時にその首を落とすのに何秒かかるか確認していたのさ」
ジェニファーリンの結界出口前での態度との違いにトライが目を見開いて驚く。
隣でシンがおっかねーと呟く。うるさいぞ我が友よ。
「おっかねー相棒だな後輩」
それが聞こえたワケでは無いだろうが、トライが目玉をグルっとまわしてからシンに言う。
「気を付けてくれ先輩殿。コイツはたぶん口だけでちょっとした国を落とせる」
肩を
褒めすぎだ我が友よ、口だけではせいぜい街の犯罪組織程度しか“落とした”事はないぞ。
その様子にトライがクツクツと笑う。
「仲が良いんだな、長いのか?」
「長く……はないな。話すようになったのは最近だ」
シンの答えにトライが再び驚いたような顔をする。
いや……驚いたというよりも懐かしむ、か?
ジェニファーリンはトライの不思議な表情の変化に内心で首を傾げる。
まるで突然痛みだした古傷を思い出したような顔だな。
「そうか、後輩。だったら大事にしろよ、皮肉を言ってくれる友人は大事にしろ」
そう言って正面を向くトライの背中にシンが声をかける。
「友人は少ないんだ。大事にしよう先輩殿」
トライはその言葉に片手を上げてヒラヒラと振る事で応えるだけだった。
ジェニファーリンは片手で顔を覆っていたのでそれを見る事はなかった。
我が友よぉ、お前そういうのはなぁ、もうホント我が友よぉ。
ジェニファーリンは暫くシンの顔が見れなかった。
*
「それで一体、お前はどこまで付いてくる気だ?」
スダバルドから最も近い村を通り過ぎた所でジェニファーリンはトライに訊いた。
もう面倒くさい、というのが八割だったが単純に疑問だったのだ。
自分達を襲うに適した場所もタイミングも幾つもあった。
それら全てをふいにして今もヘラヘラとした軽薄な顔をして、それでいて真面目に周囲を警戒しながら先頭を歩くトライが不思議でならなかった。
今もちょっとした森の中を通る道の最中である。
襲うにこれほど適した場所もあるまい。
なのにトライはそんな気配は一向に見せない。
トライの目的が分からなくてジェニファーリンは不機嫌に眉をひそめる。
「近くの村まで用があるんだって言ったろ?」
トライが相変わらず真面目に周囲を警戒しながら言う。
「その近くの村は通り過ぎたがな」
トライが肩を竦めて無視する。
軽薄な表情を浮かべているが、その目は真剣で周囲を警戒し続けている。
ジェニファーリンはその表情も不愉快だった。
軽薄な表情の裏に真剣な意思を感じるからだ。
ともすれば命すら投げ出す、そういう覚悟を感じる。
全くもって不愉快だった。
欲得でもって進む一歩こそを尊ぶジェニファーリンからすると、その覚悟は不愉快この上なかった。
命を賭ける事は多いに結構、それに見合う
されど投げ出すとはどういう事か。
前に倒れるが誉れなど世迷い言だ。
倒れ伏す前に地を踏みしめる一歩こそ誉れだ。
生きて噛みしめる利益こそが最上である。
生きて飲み下す損失こそが次の
故にジェニファーリンは、見え隠れするトライの自分の命を勘定に入れない覚悟が気にくわなかった。
不愉快さを隠そうとも思わない表情のまま、ジェニファーリンが溜息を吐いた時だった。
今まで聞いたことの無いような悲鳴のような何かの鳴き声が耳を突いたのは。
瞬間、ジェニファーリンの背筋に
オーガーの咆哮を至近距離で受けてもこうはなるまい、純粋な恐怖に身がすくむ自分自身にジェニファーリンは驚いた。
腹の底からせり上がってくる不安感と嫌悪感がない交ぜになった気持ち悪さに、つい視線がシンを求めてしまう。
そしてジェニファーリンは絶句した。
あのシン・ロングダガーが、その顔をハッキリと恐怖と不愉快さにしかめ、身をすくませていたからだ。
信じられない、だがジェニファーリンがそう思えたのは一瞬だった。
更に信じられない事にトライが鳴き声がした方向へと突然走りだしたからだ。
鑑定スキルではこの中で最も弱いと思っていた男が、一番最初に動きだした事に、動き出せた事にジェニファーリンは驚く。
「おい」
固まるジェニファーリンにシンの声がかかる。
「アテにならないにも程があるな」
ジェニファーリンは自分の鑑定スキルに小さく毒づく。
「追うぞジェン」
かけられた言葉にジェニファーリンは頷くだけで返す。
口を開けば上擦った声が出ると思った。
シンから声をかけられるまで、呼吸すら忘れていた事にも気が付かないままジェニファーリンはトライの後を追って走り出した。
*
鳴き声の主は思った以上に近かった。
そのためシン達がトライに追いついた時には、既にトライが剣を構え“ソレ”に対して斬りかかる所だった。
シンは目の前に居る“ソレ”がそうなのかと、理性を無視して沸き上がる忌避感と嫌悪感に奥歯を噛みしめる。
見た目は猿に似ていた。
大きさは人の大人ほど、全身を黒に近い紫がかった体毛で覆うそれは新種の魔物と言われても納得できそうな外見をしていたが、本能が違うと訴える。
魔族、これが魔族か。
シンは知識から言葉を引っ張り出しながら身体強化の強度を上げる。
シンは猿魔族を見た瞬間から、逃げるという選択肢を捨てていた。
出来れば近づきたくない、視界にも入れたくない、そういった強烈な忌避感と同時に真反対の感情を抱く。
今ここでコイツを殺さねば安心できない、という矛盾した感情を。
ここで殺さねば、視界から消えた所でコイツがまだ近くに居るかもしれないのだ。
そう考えただけで焦燥感すら感じる。
シンは背中に背負った背嚢を道の端へと投げ捨てると剣を抜き、足に力を込めて飛び出した。
だがシンが加速の体勢に入ったと同時に猿魔族に殴り飛ばされたトライの身体が目の前に迫る。
悪態にさく労力すら惜しむ。
生きているならジェンがどうにかするだろう。
飛んできたトライの腕を無造作に掴み、勢いを殺しつつ右脚を軸に半回転、ジェンにトライを投げる。
無茶振りが過ぎるぞ我が友よ! ジェニファーリンの抗議の声を無視してシンは再度加速する。
殺さねばならない、コイツはここで殺さねばならない。
シンはトライを殴り飛ばしたせいでガラ空きとなった猿魔族の腹へと、勢いを乗せた全力の蹴りを刺し入れた。
とりあえずジェンから距離を離さなければならない、コイツは必ず殺すが
慣れない殺意に盛大に振り回されている、だが冒険者の本分を忘れていない。
シン・ロングダガーはそんな自分に満足してから吠えた。
「死ね!」
*
ジェニファーリン・パンタイルは“ソレ”が目に入った瞬間に足がすくんだ自分に
感じたのは安堵だった。
少なくともシンが負ける相手ではない。
身体の成長、技術が追いついておらず、またその心の奥底にある孤独への恐怖心故に、シンはその能力を十全に発揮するに至っていない。
だがそれでも“ソレ”は今のシンで十分に倒せる相手だった。
鑑定スキルを持つジェニファーリンにはそれが良く分かった。
鑑定スキルの結果からそれが魔族であると、自分の知識に答え合わせをしながらジェニファーリンは困惑した。
種族/魔族、名前/サム・ボーディアン。
名前? 名前だと? 魔族に個人名があるだと?
しかも年齢が十八歳?
私の鑑定スキルがおかしくなったのか?
ジェニファーリンの疑問はシンから猿魔族に吹き飛ばされたトライを投げつけられた事で中断を余儀なくされた。
勢いを殺したとは言え、それでも自分よりも重いトライの身体を受け止めながらジェニファーリンはシンに抗議の声を上げる。
受け止めたトライは生きていた。
皮の胸当てが陥没し、シンに掴まれた右腕は肩が外れているようだが、生きていた。
一瞬捨て置くかと考えた。
鑑定スキルは能力を教えてくれるが、戦いの結果を教えてくれる物ではない。
それならば自分もシンの援護にまわるべきでは? そう考えながらもジェニファーリンが猿魔族を蹴り飛ばすシンの後を追わなかったのは、トライが呻くように呟いた言葉が原因だった。
「……サム」
自分以外が知る事がないだろう名前を呟いた事で、ジェニファーリンはトライを助ける決断を下した。
ジェニファーリン・パンタイルは商機を稲妻が
それは意図して起こす事叶わず、そして掴むにしても一瞬であり
そして今回はこれがそうだと思った。
これで偶然口走ったのがサムだったとかだったら大損だね。
そんな事を考えながらジェニファーリンは回復魔法を使った。
***あとがき***
長すぎる、加減しろ俺。
長すぎたので再び分割します。
明日にはアップロードします。
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