第119話 君の手に貴方の瞳を7
*
エリカが何事かをエルザと話している。
やたらと左手をエルザに見せているので、指輪のデザインか何かに対する注文かもしれない。
エルザが作った
まぁエルザが魔法で作ったやつなので、魔法を解いたら消えてしまう物だが。
本物はヘカタイに戻ってから用意しよう。
俺は自分の身体に内臓を捻り潰され、記憶をふっ飛ばし、頭に穴が空きそうになり首が飛びそうになったあげくに、自分のちょっとした
ちなみにシャラは、ひゃっほー神様ありがとう、と叫びながら飛び跳ねている。
地獄が終わったとか何とか言っているが、お前は何もしてないだろ。
黒化したジュエルヘッドドラゴンと戦ったのは俺とエルザだぞ。
いやしかし、上手くいって良かったと心底思う。
冷静に考えれば、ここからファルタールまでエリカがあの怒りを維持できるとは思えないわけで、どこかで冷静になっただろうと思うのだが。
あのエリカを前にして冷静でいろというのが無理というものである。
俺は故郷の親父に感謝する。
理由は今となっては分からないが、親父と母が珍しく喧嘩した時にやったのがアレだ。
ただそれだけで喧嘩していた二人が仲直りしたのだ。なんなら普段よりもイチャイチャ度が増した。
つまり指輪を贈るという行為はそれだけの効果があるという事なのだ。
そうであるならば、例え俺であったとしてもエリカを冷静にさせる程度の効果は見込めるのでは?
俺はそんな事を思いついたのだ。
怒りに我を忘れるエリカの前で思いつけた自分を褒めてやりたい。
まぁ正直に言えば完全に思いつきで、なかばやけっぱちだったが、上手くいけば良いのだ。
冒険者は結果を重んじるのだ。
さてと、そろそろ立たないとな。
心中で情けない掛け声を上げて立ち上がる。
今更ながら体中が痛い。
筋肉というか骨が痛い。
動く度にビキビキと響く痛みをグッと堪える。
過度に身体強化を使った時に良くある事だが、骨が痛いというのは初めてだ。
やっぱりあの身体強化の魔法陣二重がけというのはヤバいのかもしれない。
全力を出したら記憶が飛ぶ時点で今更か。
立ち上がった俺に気が付いたエリカと妹弟子が近づいてくる。
エリカがやけに機嫌が良さそうである。
良い感じの指輪のデザインに出来たのだろうか?
「あれ?」
俺はただの鉄の輪にしか見えない指輪を見て首を傾げた。何も変わっていない。
「どうしましたか?」
首を傾げた俺にエリカが尋ねてくる。
「いや、指輪のデザインの変更でも頼んでいるのかと思ってたから」
「あぁいえ、違いますよ」
エリカがチラリとエルザを見る。
「魔法で作られたようだったので、ヘカタイの街まで魔法を解かないようにお願いしていたのです」
エルザがエリカの言葉に頷き肯定する。
「流石、シンと同門ですね。わたくし物質生成魔法の使い手など初めて見ました」
君は水生成魔法という絶技の使用者ではないかと思いながらも曖昧に頷く。
だがしかし、そうだとするとエルザは大丈夫なのだろうか?
「エルザは良いのか?」
ヘカタイの街まで指輪を維持するという事は、エルザもヘカタイの街まで一緒に行くという事になる。
エルザの目的は知らないが、俺達と一緒にヘカタイに拠るような暇はあるのだろうか?
「問題ない、ヘカタイはエルザの目的地」
エルザの目的の邪魔になるようだったら、エリカに諦めて貰わないとなぁ、と考えていたが。
どうやら大丈夫らしい。
「エルザが外国まで行くような依頼を受けるだなんて珍しいな」
コイツも師匠と同じく、強い魔物が出てくるファルタールからは基本的に出ない。
となると、ギルドからの直接依頼でもあったのだろうか?
エルザは俺より高ランクなので、ギルドから度々直接依頼を受けていたりした。
今回もそうなのかもしれない。
「師匠の手伝い」
――はい?
「め、珍しいな。師匠が誰かに手伝いを頼むだなんて」
突然でてきた
それと同時に喉をせり上がってくるような危機感を無理矢理飲み下す。
「師匠にヘカタイの街までの
あの人に
師匠が行く先に何があるのかと心配する状況が想像できなくて首を傾げる。
ヘカタイの街まで、というのは理解できる。
斥候の必要不必要はともかく師匠がヘカタイに来ようとしている、という事自体は知っている。
エリカの父親である宰相殿が雇った冒険者メルセジャから聞かされているのだ、驚きはしない。
だがエルザを斥候に出すというのはどういう事か?
「師匠とエルザは今、護衛の指定依頼を受けてる」
へぇ、と相槌を打つ間にも嫌な予感が喉をガンガンに突き上げてくる。
師匠はアレでもランク9という現役冒険者としての最高峰だ。
ファルタール冒険者ギルドの最大戦力であり、虎の子であり、奥の手だ。
その気になれば金など幾らでも稼げるが故に金に無頓着な師匠の為に、他の冒険者との兼ね合いを考えて師匠への指定依頼はかなりの高額になるようギルドが設定している。
更には師匠に加えてエルザまでもそこに参加している。
その二人を他国までの護衛に使おうとすると、下手をしたら王都に家が買えるだけの金が掛かる。
むしろ掛かる費用よりも、この二人を使わないといけないような護衛対象が気になるレベルだ。
嫌な予感がまた喉を打つ。
だから何でも無い事のように訊く。
「師匠が護衛依頼とは珍しいな。物か?」
エルザが首を横に振る。
「違う、人」
へぇ。
「光の巫女様」
「はい?」
そう声を上げたのはエリカだった。
俺は予想外の相手にポカンとしてしまっていた。
嫌な予感だと、考えないようにしていたが。
実は師匠の護衛対象は宰相殿ではないかと思っていたからだ。
我慢出来なくなった宰相殿がヘカタイに乗り込んでくる。
教会との事を考えると厄介極まる展開だ。
それに比べて光の巫女というなら、話はそんなにややこしくならない。
外国へ行ってしまった
教会からすると、暗殺未遂犯に暗殺対象が会いに行くという事なので気が気ではないだろうが。いや余計にややこしいか?
いやまぁ、勝手に気でも揉んでろと思う。
俺が愛娘の事で頭イッパイの宰相殿をどうにかしなくてすむ事に安心していると、エリカと目が合う。
何故か左手薬指の指輪を右手で庇うように触りながら困った顔をしている。
何故かすぐに声をかけないと駄目な気がして口が開く。
「あと」
だが声になる前にエルザが言葉を続ける。
「ファルタールの王子」
――はぁ!?
俺とエリカの声が重なる。
王子が一体なんの用でヘカタイに来るんだ?
予想外の人物に混乱する。
思わずエリカの方を見るが、エリカも俺と同じような顔をして見返してきた。
つまりは、あの糞王子は何をしに?って顔だ。
「あと」
まだあるの!?
エルザの声にギョッとする。
「法王」
――おま、おま……。
絶句とはこの事かと思いながら口をパクパクさせる。混乱しすぎて声が出ない。
「――おま」
やっとで声が出る。
「情報量が多すぎる!」
俺は叫んだ。
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