第117話 君の手に貴方の瞳を5

 *


 あまりの眩しさにうめきたじろぐ。

 エリカから凄まじい量の黄金の魔力が吹き上がっている。


 なんだこの魔力量は、一人で街を包む結界でも張るつもりなのか。

 およそ人類が一人で放出できる量とは思えない魔力に包まれてエリカが光り輝く。


 まぁエリカはいつも光り輝かんばかりに綺麗だが。

 いやいや違う違う。


 いつにも増して神々しいエリカの姿に、一瞬我を忘れそうになるのを堪える。


「……エリカ?」


 目を大きく見開いたまま固まるエリカの名前を呼ぶ。

 辺りに放出される魔力量は、これから周囲一帯を焼け野原にしますと言われても信じられるほどだ。


 俺ならこの半分でも秒で魔力枯渇を起こす。

 そんな膨大な量の魔力を放出し続けるエリカが心配になる。


「どうした?」


 問いかけつつも不安になる。

 宝石を見てガッカリしたのではないだろうか?


 嗚呼、いやこれは愚問か。

 ガッカリするだろう、ガッカリしたのだろう。


 こんな物を贈られるのかと、ガッカリし呆れたの

だろう。

 ウッカリ魔力の制御を間違えて大量の魔力を撒き散らす程に。

 

 どうしたも、こうしたも無いではないか。


「やっぱりこんな宝石では駄目か……」


 今からエリカに相応しい刀剣類を探すしかない。

 時間は足りるだろうか?


 エリカの持つソルンツァリ家の魔剣に匹敵するような物は無理だろうが、ジュエルヘッドドラゴンの魔石を交換材料とすれば相応しい程度の物なら何とかなるかもしれない。

 問題はツテだ。


 アテに出来るようなツテと言えば、ファルタールにいる友人ジェニファーリン・パンタイルしか思いつかない。

 パンタイルは男爵家でありながら一族郎党商売の天才だらけの貴族家だ。


 その中でも百年に一度のパンタイルと呼ばれるジェニファーリンこと、ジェンなら黒化したジュエルヘッドドラゴンの魔石があれば、どうとでもしてくれるだろう。

 問題は距離と時間だ。


 ここは業腹だがエリカに期間の延長を頼むしかない。

 エリカの側から離れる期間が増えるというのは、想像するだけで吐血しそうだが、我慢だ俺、我慢するのだ俺。


 嗚呼しかし、やっぱりこんな宝石じゃ駄目だよなぁ。

 溜息を押し殺す。


 やっぱりこんな宝石では駄目か、などと当たり前の事を口にしてしまった自分を恥ながら、手の平に乗せたままの宝石を道具入れに戻そうとしたらエリカに手を掴まれた。

 両手でガッツリと右手首を掴まれる。


 やだ、エリカさんの手って力強い。


「どこの……」


 エリカが呟く。

 ギュパ、という感じで黄金の魔力が引っ込む。


 自分でも変な表現だと思うんだが、本当にギュパって感じだったのだ。

 エリカが俺の右手を自分の胸元の方へと引きながら顔を上げる。


 目が据わっている。

 あと手が微動だにしない、引けば引いた分だけ同じ力で引き戻される。


 そして顔が近い。

 あまりの近さに思考を放棄しそうになる。

 長い睫毛まつげが描くラインが美しい。


「一体どこの誰ですか、こんな宝石では駄目などと言う愚か者は」


 あ、ハイ俺です。


「いや、でも小さいし」


「小さいからどうだと言うのです」


「あと色も黒で地味だし」


「最高ではないですか!」


 まさか……これはまさかの好感触だと!?

 何が気に入ったのか?


 色か? 色だな?

 糞竜……じゃないジュエルヘッドドラゴン、お前はやはり俺の終生の友だった、ありがとう。

 たぶんまた狩りに行くからヨロシク。


「じゃあこれを鞘か柄に使った短剣とかを作ったら受け取ってくれるだろうか?」


 本来なら刀剣その物が特別、という物らしいが。

 エリカが宝石が気に入ってくれている、というのならそれを鞘か柄に使った短剣でも良いかもしれない。


 最悪、鞘の中身は後からどうとでもなる。

 降って湧いた希望に俺の声に明るさが戻る。


 ――え?

 エリカの眉毛が一瞬で平坦フラットになる。


「いや違う!」


 流石に分かった、間違えたと。

 ノータイムで破棄する。


「ここはやっぱり指輪にしよう、伝統オーソドックスは大事」


「ですよね!」


 エリカの眉に弧が戻り、パッと笑顔を浮かべる。

 あまりの近くで炸裂するエリカの笑顔に、思わず舌を噛み切りそうになる。


 空間におけるエリカ線の線量が多すぎる。

 つまり俺が幸せで死んでしまう。


 一般的な表現に直すと、恥ずかしくて俺は視線を落とした。

 顔が赤くなっていなければ良いのだが。


 いや無理か、耳が熱い。

 だがいつまでも下を向いているわけにはいかない。

 何がどうなったのか、いまいち理解が及ばないがエリカは黒い宝石を喜んでくれているのだ。

 やはり俺は世界一幸運な男、髭っちこれが剛運っていうやつだぞ。

 だったらいつまでも顔を伏せているワケにはいかない。


 幸せで死ぬ覚悟を決めて顔を上げる。

 真正面にエリカの顔があった。


 翡翠色の瞳に俺の顔がうつる。

 特別良いわけでもない自分の顔もエリカの瞳の中にある内は特別なのだと思える。


 自分の単純さに、つい笑みが浮かぶ。

 結局はこれなんだ、これだけで良いのだ。


 望む物、欲しい物、こうあって欲しい、こうなって欲しい。

 望みは多く、強欲さに霞んでしまうが、俺に必要な物はこれだけなのだ。


 たったこれだけなのだ。

 君が俺を見てくれる、それだけで良い。


 彼女の瞳に俺が映っている、それがただ嬉しくてエリカの瞳をじっと見つめてしまう。

 ――あ、エリカの口から声が漏れる。


 エリカが両手を離し、飛びずさる。

 遠く離れてしまった瞳を残念に思うと同時に何事かと戸惑う。


 飛び退く程に俺の笑顔が気持ち悪かった可能性に思い当たって死にたくなる。

 崖はどこだ? 飛び降りるための。


「すいません、少々ハシャギ過ぎました」


 お恥ずかしい所を、と謝るエリカに安堵する。

 少なくとも俺の笑顔が気持ち悪くて飛び退いたわけではないようだ。


 ハシャギ過ぎたと赤面して恥ずかしがるエリカが可愛すぎて、やはり崖を探す。

 ふとエリカの顔が真剣な物に変わる。


「シン」


 何だろうか?


「その宝石はわたくしに贈るために……でよろしいのですね?」


 何故か再確認される当然の事実に首を傾げそうになりつつも頷き返す。

 そうですか。


 そう呟いてエリカは俺に背を向けた。


 *


 背を向けたエリカは数歩進むと、おもむろに地面を踏んだ。

 そう、エリカは地面をただ踏んだ。


 軽く足を上げ、それを地面に勢いを付けて降ろす。

 エリカがやった事はただそれだけだったが、その結果は凄まじかった。

 魔力が見える俺にはハッキリと見えた。


 エリカを中心に一直線の魔力の線が地平線の彼方まではしる。

 刹那の間をおいて地面から黄金の魔力が吹き上がり巨大な魔力の壁が建ち、地面が揺れる。


 遠くに見える森から鳥が一斉に飛び立ち、魔物か動物の悲鳴のような鳴き声が草原のそこかしこから聞こえてくる。

 あまりの事に唖然あぜんとする。


 エリカが何をしているのかが分からない。

 突然、世界を壊したくなったのだろうか? だったら言ってくれたら手伝うのにと思う。


 黄金の魔力が空中に霧散すると、顔を青くしたシャラが俺に向かって「謝って!とにかく謝って!」と声に出さずに口をパクパクさせている。

 え? エリカ怒ってるの?


 俺からはエリカの背中しか見えないが、顔が見えるシャラ的には怒っている判定らしい。

 ふむ、どうやら俺は大地を揺らさずにはいられない程に怒らせてしまったらしい。


 自決じけつする前に謝罪しなければならないから、どうにかして怒った理由だけでも聞きだそう。

 俺がそう決意すると同時にエリカが振り返った。


「すまない」


 とりあえず謝罪から入る。

 エリカがキョトンとした顔を返してくる。


「何がです?」


「何か怒っているんじゃ?」


 そう言いつつ地面を踏む真似をする。

 そんな俺を見てエリカが、ああと言って首を横に振る。


「違います、怒ってなどいません」


 おい、シャラ。


「少しわたくしに都合が良すぎたので」


 エリカが恥ずかしげに微笑む。


「夢かと思いまして、確かめてみました」


 夢なら大地程度は割れるかと思いまして。

 流石エリカだ、夢か現実かを確かめるのに大地を割ろうとするとは。


 エリカの背後でシャラが両手で頭を抱えているが無視する。

 いやそれにしても、夢かと確かめる程に気に入ってくれたのかと嬉しくなる。


「そんなに気に入ってくれたのなら頑張った甲斐があったよ」


 そう言いつつも残念に思ってしまうのは、エリカの瞳の色と同じ宝石を贈りたかったという俺の我が儘のせいだろう。

 黒い宝石よりも翡翠色の宝石の方が、彼女の手には相応しいように思ってしまうのは俺の身勝手さだ。

 そんな想いがつい口から漏れてしまう。


「本当は君の瞳と同じ色の宝石をあしらった指輪を贈ろうと思っていたんだけどな」


 ――何を言うのです。

 エリカが微笑み、黄金の魔力が所在なく広げたままの俺の右手をす。


「その色が良いのではないですか」


「そんなに黒が好きだとは知らなかった」


 思わず肩をすくめる俺にエリカが微笑む。


「黒だから、ではないですよ?」


 エリカが一瞬だけ言い淀む。


「貴方の髪と瞳の色だから、ですよ」


 夫から贈られる指輪としては最上でございましょう?

 そう言ってエリカが指輪が収まるべき左手の甲を俺に見せる。


 その指を飾る黒い宝石があしらわれた指輪を幻視して。

 俺はそっと地面を踏んでみた。


 成る程、夢じゃ無い。

 大地が割れないから現実だと分かる。


 割れていたら夢の中ならと、好きだと叫んでいた所だ。

 こちらの好意は知っていると最初にやんわりと告げられている。


 それでいて貴族的なハッキリと返事をしないという態度で話を流し、彼女に好意を受け取る意思がないというのを示されている。

 そんなエリカに迷惑になるような事は出来ない。


 俺は知っている、学園でしつこく何度も告白していた奴が迷惑がられていたのを。

 非モテ街道の常連としては、そういうマナーはきっちり守りたい。おっと泣きたくなってきた。


 いやしかし、成る程。

 そういう事かと、そういう物かと、俺は感心する。

 流石、大侯爵家の娘である。

 貧乏子爵家次男とは感性センスが違う。


 俺も指輪をするなら翡翠色の宝石が使われているやつが良い。

 だが俺は感心しつつもに落ちない顔をしてしまう。


「どうかしましたか?」


 前髪を左手でいじる俺にエリカが首を傾げる。

 エリカに言うか一瞬悩む。


 いや、まぁ、と曖昧な言葉を口にした所で、エリカの視線の圧に負けて白状する。


「単なるちょっとした劣等感コンプレックスの話だよ」


 要領を得ない俺の言葉にエリカが首を傾げる。

 つい苦笑を浮かべてしまうのは、劣等感と言うほど深刻な物ではないと自覚があったからだ。


 家族で黒髪黒目は俺だけなんだよ。

 肩をすくめ俺がそう言うと――。


 エリカ・ソルンツァリはキョトンとしたあと、一瞬だけ顔を歪め――。

 激怒した。


****あとがき、もしくは作者の謝罪会場****

 いつもコメント、いいね、評価等ありがとうございます。

大変、おそらく読者の皆様がたが想像している以上に励みになっています。


 本来なら章の終わりにでも書くべき内容なのですが

やっとで主人公であるシン・ロングダガーの容姿について書けたので、嬉しくて書いてます。

 主人公の容姿について全く触れてないなぁ、と気が付き、それに短編ネタをプロットにぶち込んだ結果この章が出来ています。

ウッカリ主人公の容姿についての言及を忘れていたのに気が付いてから、実に100話以上かかってやっとです。

 人物の容姿についてはハッキリ書かない星新一的な手法で押し切ろうかと思ったのですが、キャラクター小説としてそれはどうかと思った結果。

じゃぁギミックにしてしまうかと、そういう思い付きでこの章はできています。


 容姿を書かない内に割と話数が進んでしまったので、自分の中のシン・ロングダガーみたいな物が出来ている方には大変申し訳なく思うのですが。

 意図的に登場人物達の容姿についての言及を削っていたら、ウッカリ主人公の外見に関してまで削ってしまった作者の責です。

ホントごめんなさい。

一発目の設定お披露目の時を逃すと、一人称で自分の髪の色とかを自然に提示するのがこんなにも困難な物だとは思いもしませんでした。

自然にやってるプロってマジで凄いなってなりました。


 というわけで、第二章も佳境ではありますが、引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。

 あと一話あたりの文字数が増えちゃってるのも謝っておきます、さっさと楽に――もとい、これ以上話数が伸びる前に提示したかったのです。

では、年内であと一回ぐらい更新したい作者でした。


ちなみに某シスターは、金髪で貧乳です。

厳守です、いいね?

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