第116話 君の手に貴方の瞳を4
*
ほらこうすれば。
そんな言葉を聞いた気がした瞬間に目が覚め、そして全力で跳ね起きた。
倒れていた俺の腹の位置に刺さる鉄の杭が、声の主が誰かを教えてくれた。
「本当に目が覚めましたわね」
エリカの声にエルザが、兄弟子を起こす時はこれが一番早いと、トンデモナイ事を教えている。
やめろ馬鹿野郎、エリカの攻撃だったら甘んじて受けちゃうから俺死んじゃうよ?
「頼むからエリカは真似しないでくれ」
割と真剣な声だったせいか、エリカが心外そうにそんな事は致しませんよと言う。
「それはともかくとして」
エリカが言う。
「見事、
エリカの視線がジュエルヘッドドラゴンの残骸へと向く。
砂のような魔石屑の上に、こぶし大の魔石が鎮座している。
魔石の価値は大きさだけで決まるわけではない、というがそれでも案外小さいのだなと、思う。
それと同時にエリカが誤解している事にも気が付く。
俺の目的はそんな物ではないのだ。
道具入れを撫でながら気分が落ち込む。
「って、いやいや待って!流しそうになったけどさっきのは何だったんだ?」
エリカとエルザの顔を見る。
黒化した竜を倒したと思ったら、それ以上の死地に放り込まれたのだ。
せめて説明が欲しい、切実に。
「
おう、お前は“つい”で兄弟子を串刺しにしそうになったのか?
平然と答えるエルザに呆れそうになるが、よく考えたら“つい”どころか狙って串刺しにしてくる奴である。
嘘だろ?“つい”の方がマシだぞ。
「えっと……」
説明になってないエルザの答えにエリカが言葉を探す。
まともな答えを期待してエリカの方を見る。
「遠目では貴方が倒れたように見えましたので、これは急いで駆けつけねばと……」
その言葉で大体の事情を把握する。
エリカは約束したからと律儀にも膝を突いた俺に全力で駆けつけてくれたのだろう。
結果どうなったか?
頭がアレな妹弟子がエリカの全力に反応してしまったのだろう。
他人、敵、自分を殺して良い人、というシンプルに狂ってる世界の住人をやっているせいか、エルザは敵意に敏感だが。
今回はそれがちょっと正確に働かなかったのだろう。
エルザに視線を向けると、俺の視線を受けて首を傾げる。
それで誤魔化しているつもりか妹弟子よ。
まぁ良いとエリカに視線を戻すと、エリカが頬を赤らめツイっと視線を逸らす。
超絶にあらかわ(あら可愛い)。
「その……シンが悪いのです」
土下座で良いだろうか?
エリカの最終的な
だが考え込む俺に邪魔が入る。
「私はどうしたら良いと思います?」
涙目のシャラだった。
「黒化した竜をたった二人の冒険者が討伐したってどうやったら信じて貰えると思えます?」
フラフラとした足取りで近づいてくる。
怖いぞ。
「信じて貰えなかったらまた面談の毎日なんですよ!?正気を疑われるのはもう嫌ぁ! シンさんが面白そうな事になってると思ったのにこんなのあんまりですよ!」
かなり俺に対して失礼な事を言いながら、シャラが俺にすがりついてくる。
アレを面白いって言えるコイツも大概だ。
「知るか!」
お前も一手間違えたら、頭に穴が空いて首が飛ぶような所に放り込むぞこの野郎。
「実質的に倒したのシンさんでしょぉお!」
叫びながら俺の肩を揺するシャラを背後からエリカが微笑ましげに見ている。
まるで駄目な幼い妹を見るような慈悲深い目だが、エリカその目はコイツを駄目にするだけだぞ。
「俺だって目標を達成できなくて凹んでるんだよ!そっちの責任まで取れるか!」
――え?
シャラを引き剥がしながら叫んだ俺の声にエリカとシャラが同時に首を傾げる。
「シンさんは見事倒したじゃないですか」
思わず叫んでしまった事に後悔するが、今更遅い。
失敗した、エリカの前で言ってしまうとは、とんだ失言だ。
「実は……」
だがまぁ言ってしまったものは仕方が無い。
俺の狙いは竜ではなく、その竜が落とす宝石であった事を伝えた。
「え?宝石を贈りたいからと竜を討伐しようとしてたんですか?」
正確にはその宝石を使った指輪な、と心中で訂正しながら呆れたと言わんばかりのシャラの言葉を聞く。
つまり宝石が欲しいからと確実に宝石を落とす竜を出そうと魔物を狩りまくったあげく、出てきた竜が黒化して
シャラが一息で言い切った上に、更には――ハっと鼻で笑う。
「アホなんですか?」
「違う」
シャラの直球の感想にエルザの鋭い声が刺さる。
「兄弟子はアホじゃない、馬鹿の仲間入りをしたらしいから馬鹿だ」
「そうですか」
シャラがエルザの言葉を流す。
お前たまに凄いな。
「それでシンさんは黒化した竜を倒したという、どこかの英雄伝説みたいな事をやらかした癖に望む宝石が手に入らなかったと嘆いていると?」
シャラが笑う、ニヘラと。
「そのまま説明したら余計に正気を疑われるような事を言われても困りますよ!?」
いやまあ。
「宝石じたいは出たんだけどな」
出てるんじゃないですか! 叫ぶシャラを無視する。
「本当なら『巫女の瞳』っていう宝石が出るはずだったんだ」
道具入れから宝石を出そうと蓋を開ける。
「成る程、それが貴方の得たかった物……、贈り物というわけですね」
そう言ったのはエリカだった。
まぁ、そうだな、流石にバレるだろうな。
宝石を手に入れようとしていた、となればエリカなら何のために、なのかはすぐに気が付くだろう。
元より指輪を渡していないと気が付かせてくれたのはエリカだ。
できれば格好良く渡したかったんだけどな。
「巫女の瞳とは、贈り物としては少々安直にすぎますが貴方らしい選択ですね」
希少性だけを求めたわけではないのだが、本人の瞳の色に合わせた宝石をあしらった指輪を贈るというのは、エリカのような大貴族の令嬢相手には安直だっただろうか?
贈る側の俺は女性に宝飾品を贈るなんて経験は皆無だが、贈られる側は大貴族の令嬢である。
これは本格的に不味いかもしれない。
『巫女の瞳』ですらありきたりと呆れられかねないのに、俺の手元にあるのは黒い地味な宝石である。しかも小さい。
俺はつくづく考えの足りない男である。
贈る相手の立場を慮れないような独りよがりな贈り物を贈って悦には入ろうなどと。
いやしかしまぁ、それも杞憂だったな。
なにせ――。
「だけど『巫女の瞳』は落とさなかったんだ」
俺は道具入れから黒い小さな宝石を取り出す。
エリカにも見えるようにと手の平に乗せたそれは、やはり地味で磨いた所で豪華さも絢爛さも無いだろう。
「黒化したからなのか分からないけどな」
落胆しているのを隠したくて肩をすくめ、強がりを見せた所でふと思う。
もしかしたらエリカならこの黒い宝石の事を知っているかもしれないと。
何せ侯爵令嬢である、宝飾品に対しても
もしかしたら、もしかしたらこの黒くて地味な宝石が、凄まじい価値のある宝石である可能性もあるかもしれない。
黒化したジュエルヘッドドラゴンが落とした宝石という点で希少性だけは抜群である。
残念ながら何処かのパンタイルのように、希少性だけから価値を創出するなんていう
それなら最初から価値があれば問題ないのだ。
淡い希望が
「ところでエリカはこの宝石が何か分かったりしないか?」
それをわたくしに訊きますか? とエリカが苦笑しながら宝石をのぞき見る。
確かにバレているとは言え、贈る相手に訊くような事ではないな。
近づくエリカの赤髪に若干ドキドキしながらもエリカの答えを待つ。
「ごめんなさい、シン」
返ってきたのは謝罪だった。
「わたくし余り宝石の類いには詳しくなくて、分かりませんわ」
予想外のエリカの答えに言葉を無くす。
「その……どちらかというと宝飾品よりも武器類を眺めている方が好きな
興味がまったく無いとか、そういうワケではないのですよ、と何故か言い訳のように言い足すエリカを見て。
嗚呼、終わったと俺は思った。
これはつまり、あれである。
俺は間違えたのだ。
エリカが結婚したという証を求めていたのは間違いないだろう。
当然だ、茶番劇であったとしてもその相手である俺は茶番劇に真剣なのだと、何度も宣言していたのだから。
だったらエリカが結婚の証を求めるというのは当然の事だ。
むしろ真剣であると言いながら、結婚の証を贈るという当たり前の事を失念していた俺が悪い。
それを慈悲深くも、やんわりと遠回しに言葉にせずに伝えてくれたのはエリカの優しさだ。
だがしかし、俺という男はエリカのその優しさを裏切ってしまったのだ。
贈り物とは、相手のことを思って贈る物である。
そうであるならば、相手の趣味趣向を考えて贈るのが当然ではないか。
南方にある国では、結婚の証には指輪ではなく特別な刀剣を贈るらしい。
つまり、エリカの求めていた結婚の証とは、指輪などではなく特別な剣だったのだ。
博識であり、また剣と魔法の申し子とまで言われたエリカらしいと言えばエリカらしい話だ。
そこに思い至らないとは……。
なんて事だ。
徹底的に間違った俺はエリカの顔が見れずに視線を落としてしまう。
自然と目に入った宝石が、いやが上にも自分の失敗を告げる。
「じゃあ俺は贈る物を間違えたな……」
つい言葉に出してしまったのは、他に言い訳の言葉も見つからなかったからだ。
そんな俺にエリカの呆れた声がかかる。
それも当然だろう、呆れられて当然だ。
「貴方が何を間違えたのかは存じませんが、彼女が宝石類を嫌っているような事はないと思いますよ?」
視線をあげると苦笑を浮かべるエリカの顔が目に入った。
まぁ華美を好むような
エリカの言葉に俺は首を傾げる。
釣られてエリカも首を傾げる。
「彼女とは?」
エリカの言う彼女が誰か分からずに問う。
「その宝石を贈る相手では?」
首を傾げたエリカが言う。
「いや、これは君に贈る為の宝石だけど?」
俺の当然の答えに二呼吸ほどの間が空き――。
「ぴゃ」
というエリカの声を聞いたと思った瞬間に。
「ぐあ」
と俺は短いうめき声を漏らした。
目の前が真っ白になった。
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