第115話 君の手に貴方の瞳を3
*
「鼻血ドッパドッパ兄弟子のアンコールを所望します」
エルザのアレなリクエストを無視して俺は視線を落とす。
ちょっとでもあの糞竜との戦いが終わる事に寂しさを感じた事を後悔する。
アイツはやっぱり糞竜だ、糞竜。
俺は地面に膝を落とし、魔石屑の上に鎮座するそれを見て思う。
これだけ苦労してこれかと、落胆しつつも拾ってしまうのは貧乏性故か。
俺は手の平に乗る、黒い小さな宝石を見て溜息を吐く。
どう見ても“巫女の瞳”ではないし、稀少さはともかく地味だし、小さい。
職人に渡して綺麗にカットされたら、それこそ爪の先程の大きさになるのではないだろうか?
どう考えてもエリカの指を飾るには地味すぎる。
豪華さの欠片も無い。
これを使った指輪を作った所で、邪魔なだけだと捨てられても文句は言えないような気がする。
せめて『巫女の瞳』と同じように、エリカの瞳と同じ翡翠色ならば違ったかもしれないが。
それでも希少性だけなら十分あるのだから、売れば金になるかもと、中身がすっかり寂しくなった道具入れに入れる。
いや希少性だけでこの地味さは何とかなるのだろうか?
地味さを気品と言い換えれば何とか……いや無理だなぁ。
俺は溜息を吐いた。
「何をそんなに落ち込んでいるのかエルザは疑問で……」
不自然に言葉を切ったエルザに釣られて顔を上げる。
「は?」
まだ上手く働かない頭が最大限の危険信号をぶち上げる。
エルザの顔が戦闘時の物に変わっていたからだ。
ちなみに感情表現が薄いので分かりづらいが、眉毛の角度がちょっと険しくなるのがそれだ。
――いやいや、待て待て!
働かない頭に焦る。
まだいるのかと、あのエルザにあんな顔をさせるような奴がまだいるのかと。
俺の身体強化の強度が上がりきる前にエルザが動く。
一瞬でエルザが空中に四十八本の鉄杭を生成する。
俺が知る限りでエルザの同時最大の生成数だ。
少なくとも師匠以外にエルザが使った記憶はない。
つまり敵は師匠クラスだと!?
まだ強度の上がりきらない身体強化では霞むようにしか見えなかった。
四十八本の鉄杭その半数が射出された瞬間に爆発し迎撃される。
やっとで上がりきった身体強化がエルザが目を見開く様を捉える。
だがエルザ以上に驚いていたのは俺だ。
状況は何一つ分からなかったが、俺は飛び出した。
どうせ頭は半分も働いていないのだ、だったら考えるのは後だ後。
*
遅れて放たれた残りの二十四本の鉄杭は全て彼女の剣ではたき落とされた。
だがその四十八本の鉄杭は全て囮だ。
たった一本の本命の鉄杭を相手に届かせる為だけの。
エルザが
俺はそれを剣の腹で受け、恐ろしい事にそのエルザの一刺しを迎撃しようと完璧な軌道で振るわれた彼女の――エリカの剣を短剣で受けた。
エリカなら止められる、止めてくれると信じて短剣で受けて正解だった。
半ばまで斬られた短剣の向こうでエリカが驚いた顔をしている。
ちなみに一番その顔をしたいのは俺だからね?
「兄弟子、どいてソレはヤバい、本当にヤバい、
お前はホントに
エルザに向かって叫ぶ。
「
エルザが見たこと無い顔をする。
「コレを嫁に出来るとか兄弟子凄い」
そうだ凄い嫁だろ? あとコレ言うな。
「エルザ……さん?という事はシンの妹弟子さんですか?」
驚いた顔のままのエリカに俺は何度も頷く。
何の誤解でこんな事になっているのか分からないが、とりあえず頷きまくる。
「こんな可愛らしい人とは意外です」
互いに致死の一撃を
「綺麗な人に可愛いと言われた」
エルザがフンスと鼻息を吹く。
畜生、殴りてぇ。
「とりあえずお互い手をね? 手を引こうか?」
今日一番の死地に飛び込んだという自覚に今更ながら汗が噴き出す。
良く生きてるな俺。
何が怖いって、お互いに雑談のような言葉を発しながらも
何なの?どんなスイッチが入ったら初対面でお互いそんな殺意マシマシになれるの?
俺が知らないだけで因縁か宿命か、運命の敵同士だったりするの?
だったらすまないエルザ。俺はエリカの味方だ。
「とりあえず、ほら俺から手を離すから」
右手の剣と左手の短剣から手を離す。
ボトリと地面に俺の剣が落ちるのを合図に、エルザが鉄杭を無に返し、エリカが半ばまで断ち切った短剣をきっちり真っ二つにしてから剣を鞘に戻す。何その絶技。
視線が互いの急所から離れるのを確認して大きく息を吐く。
何が何だか分からんが、とにかく辺り一面が鉄杭だらけの焼け野原になるのだけは避けられた。
あと生きてる、俺は生きてる。
いやホント良く生きてるな俺?
何故か生きている、その奇跡に安堵した瞬間だった。
身体強化の魔法陣が割れ、俺は鼻血を噴き出しながら倒れた。
竜を相手にしても割れなかった魔法陣が割れるのか……いやまぁあの二人の間に入るなら割れるか。
無理に無理を重ねてダメ押しに無理をした代償を払いながら。
遠のく意識の中で金髪シスターの「修羅場ぁ!」という叫びを聞いた気がした。
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