第113話 君の手に貴方の瞳を1

 *


 席を少し外していた非礼を詫びるかわりに、竜の前足をへし折りダンスパートナーが帰ってきた事を教えてやる。

 まぁ俺のダンスは見世物になるレベルで酷いものらしいが。


「おそい」


 エルザが文句を言う。

 慣れない戦い方をしたせいか、珍しくエルザが傷を負っている。


「人の内臓をミンチにしといてその文句はどうかと兄弟子は思うよ?」


 そうは言いつつもエルザには無茶をさせたと反省する。

 俺とエルザは師匠を同じくする兄弟きょうだい弟子だが、その戦い方はまったく違う。


 俺は極力避けるが場合によっては足を止めて真正面から打ち合う事も辞さないスタイル、だがエルザは徹底的に回避に徹するスタイルだ。

 師匠が当たった所で気にしないという狂った戦い方だったせいだ。


 ドラゴンブレスの直撃をくらって、装備品が全て消し屑となっても真っ裸で笑っているのが師匠だ。

 そんな人間からまともに戦い方を学べると思ってはいけない。


 師匠が模倣の対象でない場合、弟子は苦労するのだ。


 ちなみにドラゴンブレスから出てきた師匠曰く「ムダ毛処理の手間が省けた」だそうだ。

 母親以外で初めて見た女性の裸がこれである、軽くトラウマだ。


「遅かった上になんだが兄弟子が心なしか元気になっているのがエルザは疑問です」


 不満です、ではない事にちょっと安堵する。

 エルザの中での俺の扱いに疑問を抱くところだ。


「話すと長くなるから省くが……」


 エルザの前に立ってジュエルヘッドドラゴンの攻撃をさばく。


「ごちゃごちゃ考えた所で本人を目の前にしたら全部吹っ飛ぶもんだなぁって事だ」


 背後でエルザが首を傾げる気配がする。

 あーエルザさんにはまだちょっと早かったかぁ、まぁ仕方ないよなぁ、エルザさん未婚だからなぁ、まだちょっと理解できなかったかぁ。


「うぉお!」


 前触れも無く背後から飛んできた鉄杭をすんでで避ける。

 驚いて後ろを振り返る。


なんかイラっとしたので」


 そんな理由で兄弟子を背中から串刺しにしようとしないで頂きたい。

 ちなみに外れた鉄杭は竜の頭蓋に突き刺さっている。可哀想ざまぁ


 額に突き刺さった鉄杭が鬱陶しいのか、杭を抜こうと竜が一歩下がる。

 師匠にしてもエルザにしても、こちらが避ける前提で背後から攻撃してくるのはどうかと思う。


 有能さんの背後から攻撃するけど当てる気は無いよっていうあの攻撃が懐かしい。

 それはともかくとして。


「エルザ、兄弟子は今からちょっと無茶をする」


「詳しく」


 妹弟子の喰い気味の即答に苦笑しそうになる。


「具体的には愚者の森で合流した時みたくなるんだよ俺が」


「あの蒼い炎がバフンバフン出てた兄弟子になるの?」


「あぁそうだ、バフンバ……え?俺そんな風になってたの?」


 それ人間か? という素直な疑問が頭に浮かぶが、自分の事だと思うと笑えない。

 なんだそのビックリ人間。


 嗚呼、いやまぁ。


「とにかく、あの時みたく俺がちょっとフラフラになるかもしれないから、その時は宜しく頼んでいいか?」


兄弟子おにもつ抱えてだと守り切れないけど?」


「大丈夫だ、後詰めは最強だ」


「師匠?」


「あれは最強じゃなくて理不尽って言うんだよ?」


 俺の言葉に首を傾げながらも頷くエルザを視界の端に竜と目が合う。

 ふと竜がひるんだ気がした。


 俺は笑い――踏み込んではいけない場所へと飛び込んだ。


 *


 捻り潰される内蔵が回復魔法と拮抗し腹の内で文字通りのたうち回る。

 たぶん口を開けたらオボボボとか変な声が出る。


 だが一度目よりかはずっとマシだった。

 相変わらず思考は置き去りにされているし、洪水のように流れてくる、俺からすると未来の俺が考えた事で頭が破裂しそうだが。


 それでもマシだった。

 なぜなら俺のすぐ隣で――ビックリしないでくれ――強欲な俺と冷静な俺がいるからだ。


 なんだコレは?と思うもののいるのだから仕方が無い。

 そもそも俺自体が現在の俺からすると過去の俺という、自分でもワケの分からない状態なのだ。


 踏み入ってはいけない場所へと踏み込んでいる代償としては、強欲な自分と冷静で皮肉屋な自分が見えるぐらいは安いと考えるべきなのだろう。

 内臓がブルブルしてるのは、まぁオマケだ。


 慣れたくもなかったが、慣れてしまった自分の身体が自分の内臓を捻り潰す激痛を奥歯で噛み砕く横で、強欲な俺が「竜を倒したらエリカと手を繋いでデートだ!」と叫び。

 冷静な俺が「これだけ苦労したのだから、まぁそれぐらいは望んでも良いだろう」と頷く。


 思考の大半が痛いで埋まる中でもあきれそうになる。

 お前ら強欲すぎるだろうと、いや全部俺なんだけど。


 エリカと手を繋いでデートとか、お前それ十メートルも歩けないぞ?

 五歩で気絶する自信がある。

 だいたい手を繋いでデートとか色々と飛ばし過ぎだ。


 まずは待ち合わせしてデートをするとかだな、そういう段階を踏むべきだろう。

 同じ家に住んでいるからこそ、こういう段階を踏むというのが大事だと俺は思うのだ。


 エリカはおそらく時間ぴったりに来るタイプだと思うから、俺がちょっと先に待ち合わせ場所で彼女が来るのを待つのだ。

 それで真面目なエリカの事だから、待ち合わせ場所に先に来ている俺を見つけたら、ちょっと急ぎ足で――もしかしたら小走りでもして駆け寄ってくれるのだ。


 どうだ? 最高だろそのエリカ。

 ふむ、悪くない、悪くない案だ。

 確かにそこから手を繋ぐというステップまで繋げるというパターンまであるわけで、そうか最高だ、最高だな俺。


 強欲な俺と冷静な俺の同意の言葉に、そうだろう、そうだろうと頷く。

 分かってくれて嬉しいよ、流石俺だ。


「お前ら……」


 内臓を捻り上げられる痛みに大半の思考を埋められながらもドヤ顔を披露する俺に“俺”が言う。


「最高だけど! うるせぇ!」


 現在の、もしくは未来の俺の叫びに、俺達は黙った。

 何故かって?


 そう叫んだ“本人”が竜へと飛んだからだ。

 更に離れる現在の俺に、たぶん俺達の声はもう聞こえない。


 覚悟を決めて飛んだんだ。

 だったらもう何か言うなんて、野暮ってもんだろ?

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