第108話 貧乏子爵家次男は瞳を追う9

 *


 普通、魔物とであれ、人間とであれ。

 戦闘時間というのは意外なほどに短い。


 当たり前だ、人間だろうと魔物だろうと何時間も命の遣り取りをするようには出来ていない。

 人間も魔物も疲れれば逃げるし、逃げる事が叶わなかったらその時は死ぬ。


 だから俺は、持久走だぞ、とまぁ格好を付けて言ったものの。

 内心では常識的な時間で決着がつくものだと思っていたのだ。

 何せあの“串刺しエルザ”と一緒に戦うのだから。


 だが最初にへばったのはエルザだった。

 俺が黒化したジュエルヘッドドラゴンの横っ面に一撃を入れてから一時間後の事だった。


「兄弟子、ちょっと休憩」


 なんとも軽く言ってくれるものである。

 長くなった首を使って、前足二本と顎でフェイント混じりの連打を浴びせてくる竜の攻撃をいなしながら竜の下顎を切断する。


 ボトリと地面に落ちる竜の下顎は、しかし直ぐに回復する。

 火力が足りない、反則じみた速度で下顎を回復させた竜を見て素直にそう思う。


 まさかシャラ・ランスラがこの場に居てくれたなら等と思う日がくるとは思わなかった。

 エリカとの二人きりの時間を邪魔しやがってとか思って悪かった、反省する。


 そう言えばアイツには何も言わずに街を出たなと、そんな事を考えながら竜の腕を切り飛ばす。

 エルザも俺も瞬間火力に欠ける。


 エルザの魔法も竜本体には魔力の干渉を受けて深くは差し切れないので一気に身体の半分を細切れに、とはいかない。

 いや半分程度では今のコイツなら直ぐに回復してしまうだろう。


 やはりエリカかシャラ並の瞬間火力が必要だ。

 チマチマと腕や足を切り飛ばしてるだけではコイツを止められない。


 そう、そうなのだ。

 驚くべき事に竜は戦いながらも前進を続けているのだ。


 信じられるか?

 エルザに腹を抉られ、俺に頭を潰され、腕を足を切り飛ばされてなお、前進をやめないのだ。


 竜種の出鱈目さは知っているつもりだったが、これは幾ら何でも想定外すぎる。

 オーガナイトでも首を落とせば死ぬんだぞ。


 俺はそう愚痴りながら、竜の頭を潰した。

 もう何度目かも数えていない。


 *


「流石にこれは新記録だぞ、おい」


 師匠に叩き込まれた時間感覚が、戦い初めて三時間が経った事を教えてくれた。

 高強度の身体強化を維持して三時間ぶっ通しは訓練以外では流石に初めての経験である。


 気が抜けないが、死を覚悟する程でもない間延びした戦闘がジワジワと精神を削ってくる。

 いや、もうぶっちゃけよう。


「兄弟子、飽きた」


 お前が言うのかぁ。

 ついでのように竜の前足から胴体に渡って竜を(自称)鉄杭によって、二つ名の通りに串刺しにしながらエルザが水筒から水を飲む。


 竜がその身を引きちぎりながら前に進む。

 流れる血も引きちぎられる肉も竜は一向に気にしない。


「魔力量が出鱈目だな」


 流石に息が上がり始めたのを自覚しながらそう呟く。

 穿たれた鉄杭から自由になった竜が身震いする。


 高くもたげた頭が俺を見下ろす。

 成る程、まだまだ余裕だと言いたいわけか。


 一瞬だけ一時撤退する、という選択肢が浮かぶが検討すらせずに捨て去る。

 理由は幾つかある。


 俺達がいま戦っている場所は何もない草原の真ん中だが、ここは既にヘカタイに十分に近すぎるのだ。

 マキコマルクロー辺境伯領の土地勘が薄い俺でも分かる。


 このまま竜が北上すればやがて街道にぶつかるだろう、そうすれば街道を通る人間に被害が出る事は必定だ。

 都合良く竜が街道に近づく時に利用者がいないと考える気にはなれなかった。


 どこが目標で何が目的なのかは分からないが、竜は足を切り飛ばそうが頭を潰そうが、その移動速度は殆ど変わりなかった。

 その結果、竜は既に人類圏に踏み込んでいる。


 俺達人間は魔物が所構わず湧くこの世界では肩を寄せ合って生きている。

 つまりは街に、そして街からあぶれた者はその近くに村を作って。


 そう既にヘカタイの衛星村の影が地平線に頭を覗かせているのだ。

 大きかろうが小さかろうが、ちょっとした魔物避けの魔道具しかないような村だろう、結界など望むべくもない。


 竜が通り過ぎただけで大きな被害だろう。


 既に避難している?

 農村が魔物の被害を受けるのなんて日常だ?

 領民の面倒は辺境伯が見るだろうって?


 嗚呼、その通りだ。

 その通りだが、糞食らえだ。


 地面を蹴り竜の側面に回る。


「だけどそういう理不尽はもっと冒険者俺達と仲良くすべきだろ」


 竜の頭を側面から地面にたたき伏せる。

 地面で跳ねる横っ面についでにもう一撃。


 俺は足を止め、竜の真正面に立つ。

 折れた牙を吐き出す竜と目が合う。


「持久走はもう止めだ」


 俺の中で理想エリカが微笑む。

 それに同業者ジョン・パルクールに煽られたのだ、足止めぐらいは出来るだろ? と。


「ここから前に進めると思うなよ?」


 通じるはずのない言葉が竜に伝わった気がした。

 いいね、凄く良い、ここからはシンプルだ。

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