第107話 貧乏子爵家次男は瞳を追う8
*
ノールジュエンの冒険者ギルド、そのギルド長であるカルバヌスの依頼により黒化したジュエルヘッドドラゴンを追跡していた冒険者達は。
合流した俺に明らかにガッカリした顔をした。
ジュエルヘッドドラゴンの移動速度は予想以上に速く、俺が追いついたのはノールジュエンの街から馬車で一日ほどの距離であり。
出発して五時間程の事だった。
斥候系冒険者四人で組まれたパーティーは交互に休憩を取りながらジュエルヘッドドラゴンを追跡し続けて疲れ果てていた。
街で用意した差し入れで一緒に少し早めの昼食を取りながら情報を貰う。
一人の冒険者が深刻な顔で、まるで惹かれるようにヘカタイの街へと真っ直ぐ進んでいる、と言う。
移動速度もだんだんと速くなっているらしく、このままでは一日も経たずにヘカタイの街へと到達するだろうとの事。
現状でも気が付かれないように追跡するにはかなり厳しい移動速度になっているらしい。
気が付かれれば死にかねない相手にそんな危うい追跡をおこない続ければ、まぁ消耗するだろう。
俺はギラギラとした目で語る冒険者を見て納得する。
「それで、あんた達は何しに来たんだ? 食料の差し入れだけか? 見たところ斥候系の冒険者にも見えないが?」
竜の情報ならヘカタイとノールジュエンの両方に仲間を伝令に出してるぞ。
そう言った冒険者に俺は答える。
「竜を倒しに来たんだよ」
飯を食べる為にずらしていた仮面を直しながらそう言うと、冒険者の一人が「ああこれは夢か、疲れてきてるな」と呟いた。
*
ジュエルヘッドドラゴンの姿はすぐに確認できた。
陽光の中でその黒い宝石で包まれた身体は、草原の緑の中では良く目立った。
こんな隠れる場所もない所で、よくもまぁ気が付かれずに追跡できていたなと、先程の冒険者達の能力の高さに驚く。
たまさか小さな林があったので身を隠せているが、気配を殺すなどのスキルを持っていない俺ではすぐに気付かれるだろう。
「兄弟子、速すぎる。着いてくの大変だった」
身体強化による長距離移動は慣れていないと結構辛いものだ。
背後で息を整えたエルザが俺に文句を言う。
「個人的にはしれっとお前が着いてきてる事が謎なんだけどな」
あとお前は慣れてる側だろう、俺の移動速度程度で汗を掻いているようだと師匠に怒られるぞ。
「てっきり行き先が同じ方向なだけかと思って捨て置いたんだけども」
何故にこいつはここにいるんだろうか?
疑問が視線に乗ったのかエルザが答える。
「兄弟子、死地、強い敵、楽しそう」
簡潔な答えに溜息が出そうになる。
コイツも
「報酬出ないぞ? というか楽しそうと言われて俺が出すと思うなよ?」
「大丈夫、
誰か助けて、妹弟子がアレすぎる。
楽しそう、というのは俺の事だったのかとゲンナリする。
だがしかしまぁ、“串刺しエルザ”の助力を得られると言うのなら願ってもない話だ。
「そういう事なら遠慮はしない」
道具入れ、剣帯の緩みを確かめる。
「ここからは全力だ」
エルザに告げる、というよりも自分にそう言い聞かせるように俺は言った。
*
黒化したジュエルヘッドドラゴンは、たった半日ほどでその姿を大きく変えていた。
以前の姿は、竜というより竜の頭を持った巨大なトカゲといった感じの体型だったが。
今では首が伸び、後ろ足は大きく発達しトカゲというよりは猫の体躯を思い起こさせる。
身体全体は一回り大きくなっており身体だけで馬車三台分ほどある、尻尾まで含めればちょっとした家ほどだ。
そんな巨体の魔物がそこそこの速さで移動しているのだ。
長距離移動では速度を押させて走るのは魔物も人間も同じだ。
つまりは油断してはいけない相手という事である。
俺はその横っ面に挨拶代わりの一撃を入れながらそんな事を考えた。
首の太さに比べたら少しばかり大きすぎる頭が大きく揺らぎ。
黒い宝石鱗に全身を覆われた竜は、笑みを浮かべるように歯を剥き出し
当然ながら握手は拒否だ。
剣で弾くまでもなく後ろに飛んで避ける。
俺の身体の替わりに草原の一部が撒き散らされる。
宙を舞う
その目に向かって――。
二重身体強化中の俺の目でもかすんで見える速度で巨大な
ガラスを割った様な音と共に棘が竜の頬に突き刺さる。
顔を大きく仰け反らせる竜が棘を抜こうとする時には既に棘は消えている。
「外した、兄弟子のせい」
棘を投げた本人がそう言いながら俺の隣に立つ。
エルザだ。
「人のせいにするなよ」
「兄弟子が速すぎて追いかけるのに必死だった、妹弟子比で五倍くらい速い」
どういう基準だと思いつつ、肩をすくめるだけに済ませる。
一瞬で頬の穴を塞いだ竜からの反撃が来たからだ。
魔力の線は綺麗に俺とエルザを
「任せた」
俺の言葉を待たずにエルザがその線の前に自身の身体を晒す。
エルザの装備は俺と大差ない。
要は街で売っているような物で、特注品でもなければ金を払って買おうとすると家が建つような素材を使っているわけでもない。
魔物の素材は使われているものの、そのシャツもその上から羽織るジャケットも補強の入ったズボンも、竜の爪の前では紙も当然だ。
それでも俺が彼女に任せたと言えるのは、彼女が特別だからだ。
それもかなり特殊に。
金属音が辺り一面に鳴り響き、衝撃を受けた地面が揺れる。
竜の爪がエルザの作った鉄の
そう“串刺しエルザ”ことエルザ・アーセナルは物質生成魔法という奇跡の体現者だ。
その対象は鉄。
正確には彼女が鉄と思う物を自由に生成出来るというフザケタ魔法だ。
魔法とは神の御技の模倣とは言うものの、そこまでいくと出鱈目に過ぎる。
だがそれを成すのがエルザだ、“串刺しエルザ”なのだ。
竜が爪を引き抜こうとするのを、エルザの意思を汲み取った(自称)鉄が
地面に刺さる籠の足が、地中でどれ程深く根を張っているかは分からないが、地面が縦に揺れるのを走りながら俺は感じる。
以前と違い、前足ですら俺の胴体以上に太い。
だが問題ない。
慎重に身体強化の強度をコントロールしながら走り抜ける。
半ばから腕を絶たれた竜が自身の反動で仰け反り痛みに雄叫びを上げる。
「まずは腕一本だな」
そう言いながらエルザの隣に立ち戻ると。
「速さ妹弟子比で十倍に訂正」
エルザが絡め取った竜の腕を内部に入り込んだ鉄を使って細切れにしながらそんな事を言う。
「速さぐらいは妹弟子に勝たせてくれよ」
エルザが竜の血に塗れた鉄の籠の成れの果てを消し去りながら首を横にふる。
ちなみに彼女の物質生成魔法は出鱈目な性能だが、エリカの水生成魔法程には出鱈目ではない。
何故なら魔力の供給が無くなれば現象としての魔法は無に帰すのだから。
飲めるし、植物を育てる事すら可能な水を出現させる水生成魔法がどれ程凄いか分かるだろう。
つまり人の身でそれを成すエリカ凄いである、さよなら
「兄弟子が人間をやめた、やめる時を見たかった」
コイツはコイツで人の語彙力を奪いにくるなぁ。
そんな事を考えながら俺は竜の爪を弾く。
新しく生えた前足の鱗がヌラっとした光をはなつ。
「さて妹弟子よ、エルザさんよ」
一呼吸の間に何度も振るわれる竜の爪を弾きながら俺は言う。
「楽しい楽しい持久走の時間だぞ?」
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