第102話 貧乏子爵家次男は瞳を追う3


 *


 ジョンの言葉が脳に染み込むまで数秒かかった。

 全身が総毛立ち冷や汗が秒未満で背中を濡らす。


「エルザ! まさか師匠がこの街に来てるのか!?」


 俺の隣に座るエルザに慌てて問いかける。

 尋ねる根性が無くて後回しにした事を後悔する。


 師匠なら竜が黒化したと聞いたら、聞いた瞬間に笑いながら狩りに行く。

 その可能性に思い至らなかった間抜けさに歯がみする。


「くそ! 油断した! 竜が消えるまで二日は余裕があると油断した! 目覚めて直ぐに狩りに行くべきだった!」


 いやもう今すぐ行くべきだ。

 腰を浮かした俺を引き留めたのはエルザの手だった。


「大丈夫、師匠はこの街にいない」


 エルザが服の裾を掴んで俺を座らせる。

 ついでに空いた手で自分の顔を指さしている。


 なんだ?

 あ、仮面。


 しまった、エルザに“師匠”が来ているのか?と問うなんて俺がシン・ロングダガーだと言っているのと同じじゃないか。

 焦った俺が他の面々へと視線を向けると全員が唖然としていた。


「仮面の人」


 有能さんが頭痛を堪えるような仕草をして言う。


「仮面の人は黒化したジュエルヘッドドラゴンを倒すつもりでいたのか? まさか一人で?いやもう疑わん一人でだろうな」


「やめろホウラン、一緒にやろうぜみたいな目で見るな嫁さんの頼みでもこれっばかりは断るぞ俺は」


「俺だけでは気合いが足りないな、諦めよう」


「俺だけ見てないんだよなぁ仮面の人が黒いのと戦ってるの。見に行っちゃ駄目だろうか?」


 ドリムがそう言った所で、マリシアから今度こそ死ぬぞ馬鹿、と怒られ。

 そもそもアレは見えないと、ホウランとディグリスにたしなめられる。


 再びとっちらかりそうになる場を押しとどめたのはギルド長カルバヌスの声だった。


「ま、待ってくれ、待ってくれシン……、仮面の人」


 カルバヌスは何が何だか分からないと言った顔で言葉を続ける。

 あとシンって何だ、誰だ。


「君は“親切なバルバラ”の命令でジュエルヘッドドラゴンを出現させたのではないのかね?」


「はぁ?」


 仮面があっても、何言ってんだという表情が浮かんでいるのが分かってくれるだろう声が出る。


「魔物が黒化する条件を見つけたバルバラに頼まれて、そこに居る“串刺しエルザ”と共にこの街にやってきたのではないのか!?」


 俺の声がお気に召さなかったのか、カルバヌスが声を荒げる。

 いや荒げるというよりこれは、そうであってくれと願っている感じがするな。


「ししょ……“親切なバルバラ”がそんな方法を知っていたのならジュエルヘッドドラゴンじゃなくてもっとヤバいのを黒化させてるな」


 喜色満面でトンデモナイ魔物を黒化させる師匠の姿が容易たやすく想像出来る。


「確かに……いやしかし」


 まだ言いつのろうとするカルバヌスを遮ってエルザに問う。


「エルザ、“親切なバルバラ”はそんな方法を見つけたのか?」


 一応エルザにも確認をとってみる。

 師匠なら本当に見つけていても俺は驚かない、あきれはするが。


「師匠は最近は手紙だけで挨拶すまして出て行った兄弟子に怒ってたから、そんなのを見つける時間はなかったと思う」


 オッケー死刑宣告ありがとう。

 仮面の下で泣きそうになりながらカルバヌスに対して肩をすくめてみせる。


「いや、そんな……ではまったくの偶然だと? ジュエルヘッドドラゴンが黒化し、都合良く“親切なバルバラ”の弟子二人が居合わせて追い払ったのもただの偶然だと?」


 居合わせた弟子は一人だったぞ。


「なんて事だ。ではバルバラは“来てくれない”のだな?」


 珍しく師匠が“来てくれない”と嘆かれる光景に俺は何故か目頭が熱くなる。

 普通は高ランクの冒険者ってそう思われるものだよね?


 師匠に聞かせてやりたいなぁと思う。

 きっと照れて大変な事になるだろう。


なんと言うことだ」


 カルバヌスが頭を抱えてそう呟いた。

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