第101話 貧乏子爵家次男は瞳を追う2


 *


 ノールジュエンの冒険者ギルド、その長であるカルバヌス・エイガスは冒険者相手であっても簡素に過ぎる自己紹介の後にこう言った。


「まずは礼を言いたい」


 躊躇ちゅうちょ無く冒険者に頭を下げるギルド長というのは実は珍しい。

 冒険者ギルドは冒険者の味方であるが、大半の冒険者は命を天秤に乗せ暴力を術に食い扶持を稼ぐしか能の無い人間だからだ。


 駄目な意味で馬鹿も多いのだ。

 だからギルド長であるカルバヌスが何の前置きも無く頭を下げ礼を言う姿に俺は少し驚いたのだ。 


「諸君らの活躍によりジュエルヘッドドラゴンが黒化するという事態にも関わらず死者が一人も出なかった」


 たまさかランク6の冒険者が三人も居た幸運に感謝したい。

 というカルバヌスの言葉で、マリシア、ディグリス、ホウランがランク6の冒険者だと分かった。


「ギルド長」


 まだ何かを言おうとするカルバヌスを遮ってディグリスが手を上げ発言を遮った。


「勘違いしているぞギルド長。俺達が戦ったのはジュエルヘッドドラゴンだけで、黒化したのと戦ったのはそこの仮面の人と銀髪の……間違ってないなら“串刺しエルザ”の二人だけだ」


 他の冒険者を退避させてくれなければ危なかったと思っているので、その言葉を否定しようとしたらディグリスにジェスチャーだけで黙ってろと言われてしまう。


「そう……か」


 ディグリスの言葉に何故かカルバヌスが深刻な顔をする。

 その反応に俺は首を傾げそうになる。


 ディグリスも不思議そうな顔をしている。

 カルバヌスはそんな俺達の反応を明らかに無視して言葉を再開する。


「その……仮面の人」


 カルバヌスが俺に顔を向ける。


「君がこの街に来た理由を教えて貰えるだろうか?」


 髭のよく似合う威厳ある顔つきに、何故か警戒するかのような表情を浮かべてそう俺に頼むカルバヌスの姿に。

 俺は内心で首を傾げながらも頷き返した。


  *


「つまり……シ――仮面の人は宝石を求めてこの街にやってきた、という事で良いのだね?」


 カルバヌスのその確認は三度目だった。

 いい加減ウンザリしそうになるが、俺は頷き肯定する。


 仮面があって良かったと思う。

 表情を取り繕う必要がない。


 俺はノールジュエンの冒険者ギルドの長、カルバヌスにヘカタイからこの街へ『巫女の瞳』を求めてやってきた事を正直に話した。

 エリカの名誉がかかっているので名乗っていないが、話す前にこの部屋の人間全員に他言無用であると約束してもらった。


 ディグリスが「嫁さんへの贈り物って隠すような事か?」と首を傾げていたが無視した。

 エルザが約束の後継人破ったらどうなるかになると言ってくれたのでここから漏れる心配は無いだろう、死ぬまでエルザに追いかけられる覚悟があるなら別だが、俺は絶対に嫌だ。


 俺が、ジュエルヘッドドラゴンを出現させれば確実に『巫女の瞳』が手に入ると考えたと言った所でドリムが感心したような声を上げた。


「なるほど、その手があったか」


 その言葉に俺、マリシア、ディグリス、ホウランが一斉に「武器を使うようになってから口を開けイカレ野郎」と言う。

 仮面の人にまでイカレ野郎って言われた、とドリムが笑う。どういう意味だ。


「その正気とは思えない……失礼、その過激な考えは仮面の人が考えたと思っていいのだね?」


 だから今そう言っただろ?

 そう思いながら俺はついに首を傾げてしまう。


「すまないギルド長」


 ファルタールの学園でよく「君は腹芸というのを一度覚えてみるべきだね、本音が服を着て歩いているのは見ていて面白いが、見ている方は裸で走り回る人間を見ているようで恥ずかしくなる」と友人に怒られた俺でも分かる。

 ギルド長が俺の話を疑っていると。


「いい加減かげん本当に聞きたい事を訊いてくれないか?」


 俺の言葉にカルバヌスの視線が泳ぐ。

 泳いだ先は――エルザ?


 エルザに何の関係が?

 いや黒化した竜を追い払ったのはエルザだから無関係とは言えないが……そもエルザが何故この場に呼ばれている?


 ふわっとした疑問が俺の中で形になりそうになる。

 がその前に言葉が差し込まれる。


「ギルド長は疑っているんだよ」


 そう言ったのは同郷であるという理由だけで俺とエルザを呼び出す役をさせられたジョンだった。


「ジュエルヘッドドラゴンが黒化したのは“親切なバルバラ”のせいじゃないのか? ってな」


 ――は?

 えーっと……。


 ――は?

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