第100話 貧乏子爵家次男は瞳を追う1


 *


 入ってきたのは予想外の人物だった。

 商隊の護衛パーティーのリーダー、ジョン・パルクールだった。


 ジョンはエルザの視線に一瞬だけひるんだような気配を見せると、すぐさまそれを消し去り俺へと視線を飛ばしてきた。

 顔には、まだ仮面なんて着けてるのか、という考えが浮かんでいたが無視する。


 俺自身、なんでまた仮面を着けたのかと疑問なのだ。

 俺の事を噂程度でしか知らない人間にも初見でバレてるのだ、仮面を着ける意味なんて無いのだ。


 だったら着けなくても良いと気が付いたのは、エルザに渡され流れで装着してしまった後だった。


 今更外す事も出来ず、また妹弟子のせっかくの気遣いを無碍むげにするのも気が引けてそのまま応対する。


 嘘です、単にタイミングを外して引っ込みが付かなくなっただけです。


「また会ったな、よろしく頼むよ」


 また会うことがあったらよろしく頼むわ、ジョンが言った別れの言葉にならって挨拶する。

 それをジョンが鼻で笑う。


「こっちがよろしくされるつもりで言ったんだがなぁ」


 皮肉気な言葉に肩をすくめるだけで応える。

 あとエルザは一秒ごとに、コイツ敵?と俺に視線で問うてくるのは止めなさい。

 ジョンさんその都度ピクピクと反応してるからね?


「気絶した後に“串刺しエルザ”に連れ去られたと聞いた時には何事かと思ったが、無事そうで何よりだ」


 そんな事をしたのかと、エルザの方を見るが俺の視線の意図は察してはくれなかった。

 有能さん辺りは混乱しただろうな、有能なだけにエルザとは相性が悪そうだ。


 まぁそんな事はさておき。

 ジョンが俺が誘拐された事をそんな事と切って捨てる。


「ギルドからの呼び出しだ、黒い竜の件についてと言えば分かって貰えるだろ?」


 思い当たる節しか無い俺は素直に頷いた。

 ああ、エルザさん今の頷きは君の問いに対する答えじゃないからね?


 殺気飛ばすの止めなさい?

 ジョンさん戦闘態勢に入る一歩手前になっちゃってるから。


 *


 午後六時を回ったノールジュエンは街壁の為に少し速い夜を迎えていた。

 気のせいか街を歩く住人達は昨日よりも落ち着き無く不安そうに見える。


 “串刺しエルザ”も一緒に来てくれ、との事だったのでそんなノールジュエンの街を俺、エルザ、ジョンの三人で歩く。

 なぜ全くの無関係のジョンがギルドからの呼び出しを報せに来たのか? という俺の問いに対して。


「俺がファルタール出身だからだよ」


 とジョンが答える。

 どうやら顔すら出していないノールジュエンの冒険者ギルドでは、既に俺はファルタール王国出身の誰かだと思われているらしい。


 いやぁ誰と間違われてるんだろうなぁ俺。


 *


 冒険者ギルドに入った途端に幾十もの魔力の線が降り注いでくる。


「あれが“串刺しエルザ”か」


「想像以上に若いな」


 視線と同量の声が漏れ聞こえてくる。

 確かに冒険者ギルドが混む時間ではあるが、それにしても数が多い。


 俺達は自然と空いた隙間を歩いて行く。


「じゃあ隣を歩くあの仮面の人がそうなのか?」


「“串刺しエルザ”の師匠“親切なバルバラ”は男だったのか……」


 一瞬聞き捨てならない言葉が聞こえてきたが、俺に実害は無いのでスルーする。

 せいぜい師匠の耳に入らないように祈れ。


 通されたギルドの応接室には見知った顔が揃っていた。

 髭面ドリムにその相方の有能マリシア、足が吹っ飛んだディグリスと禿頭ホウランまで居る。


 心配したぜ仮面の人と、ソファに座ったドリムが言う。

 それはこっちの台詞だ、という言葉を飲み込む。


 上半身の三分の二近くが吹き飛んでいたのを回復魔法で治してから後の事は知らないので。

 俺がここで殊更ことさら心配していたのだと伝えるのも、何か違う気がしたからだ。


 彼を呼び戻したのは有能さんであって俺ではない。

 だから俺は軽い口調で言う。


「心配かけたな髭っち、お互いまた会えて良かったよ」


 そう俺が応えると、ディグリスが「だから心配いらねぇって言っただろ」と言う。

 それに自爆攻撃で頭の毛どころか眉毛まで無くなってしまっているホウランが頷く。

 ああ、頭は元からか。


 何となく腹が立ったのでディグリスに。


「ズボンが破けたまんまだが、嫁さんに言う言い訳は考えついたのか?」


 と破けたままのズボンを思い出させてやる。


「嫌な事を思い出させるなよ仮面の人」


 ディグリスがぼやくとホウランがそれを笑い、ディグリスに「笑うなら眉を揃えてからにしやがれ」と直ぐに反撃される。

 死線を一緒に潜った気安さは妙な心地よさを感じさせる。


「とりあえず座ったらどうだ、仮面の人」


 同じ死線を潜ったわけでもない人間では間に入りづらい雰囲気の所で、有能さんことマリシアが常識的な事を言う。

 言外にいい加減に静かにしろとも聞こえる。


「それと……ドリムの件だがありがとう、感謝する」


 こちらがそれを望んでいないと汲んでくれたのだろう、マリシアが座ったまま軽く頭を下げる。


「夜ぐっすり眠りたかっただけだ、気にしないでくれ有能さん」


 なので俺も軽く応える。


「そう言って貰えると……いや待て、その有能さんというのを止めろ。コイツらが面白がって言うものだから他の奴らまで言い始めたんだぞ!」


 そのまま座る流れになるのかと思ったら、有能さんからの猛抗議が来た。

 真実有能だったんだから良いじゃないかと言ったら抗議のオカワリが来た。


「それじゃあ、“髭っちドリム”に“眉無しホウラン”に“後二十秒のディグリス”で良いだろ」


 三人にも何かそれらしいの付ければ丸く収まるだろ? と言ったら、そういう問題じゃないとマリシアに怒られ。

 ディグリスが、俺だけ分かりづらい上になんか違う、とぼやいた。

 うるせぇ、嫁さん怖いディグリスにすんぞ。


 とっちらかってるなぁと思っていると、背後でジョンが「おかしいファルタール成分が濃い」と呟き。

 ホウランが真面目な顔で。


「俺はこれから眉毛を剃るべきだろうか?」


 と言った所で痺れを切らしたのだろう。

 部屋の主は咳払いをして注目を集める事にしたようだった。


 全員がやらかしていると自覚があったせいか、すぐさま口を閉じて咳払いの主の方を見る。

 部屋の主は集まった注目に一瞬たじろいたが、すぐさま気を取り直しこう言った。


「シ――仮面の人、とりあえず席に着いて貰えるかな?」


 その至極真っ当な要請に俺は頷き。

 あーやっぱり俺の事はバレてるのかと、思った。

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