第94話 貧乏子爵家次男は瞳を探す16
*
馬鹿のツケは自己責任!
そう叫んだ頬のこけた男が初手を取った。
四本同時に投げた短剣がジュエルヘッドドラゴンの鱗に弾かれる。
初手から大盤振る舞いだ、とは禿頭の男の台詞でその意味は起き上がった竜が投げつけられた短剣に不愉快げな顔をした所で分かった。
四本の短剣が空中で割れ光の網となってジュエルヘッドドラゴンに覆い被さり絡まる。
見たことの無い現象だ、特別な魔力は見えなかったのでスキルだろう。
光の網から手元に伸びる魔力の線をたぐり寄せるような仕草をした頬のこけた男が叫ぶ。
「一分は約束してやる!」
その言葉を待たずに俺は走り出していた。
網の隙間から竜の鱗が飛んでくるが全て剣ではたき落とす。
背後で有能さんが、ふざけた速さだと呟くのを聞いて少し嬉しくなる。
網を斬ってしまうのではないか? という疑問から鈍器として剣を振るう。
斬るよりも打つばかりだな、テペに棍棒でも頼んだ方が良かったのではないかと思いながら、叩き飽きてきた頭蓋を打つ。
砕け飛び散る鱗と血。
網を気にして少し加減しすぎたと舌打ちしつつ、背後から飛んでくる魔力の線に声が掛かる前にその場を飛び退く。
有能さんが放った魔法が竜の頭で炸裂する。
俺の一撃でヒビが入っていた鱗が砕け裂ける。
貫通力を重視した炎槍とかいう魔法だ。
俺に当たっていれば割と洒落にならない威力だったが、それを背後から容赦なく撃ってくる所に信頼を感じた。
同じ、背後から避けるだろ、という前提で攻撃が飛んでくるという行為が、おこなう人間が違うだけでこんなにも感じ方が違うとは。
いえ、特に師匠とか妹弟子の事ではないです。
飛び退いた俺の足が地面に着く前に。
禿頭の男が雄叫びを上げながら高く飛び上がると落下の勢いそのままに鈍器兼杖をその裂け目に突き入れる。
瞬き一瞬の間が空き禿頭の男が言う。
「爆発は気合い!」
最高に頭の悪い言葉と共に突き入れた杖の先端が爆発し、禿頭の男は自分が起こした爆発で吹っ飛ばされる。
自爆覚悟の攻撃を躊躇無くおこなえる馬鹿の存在に、誰だファルタールが魔境だ馬鹿だと言っていた奴はと思う。
ここも十分に馬鹿ばっかりじゃないか。
半壊した竜の頭を見て追撃の為に隙だらけの腹に回る。
そこで頬のこけた男が「やったか!?」と言い、一瞬その手が
俺とは反対側へと回り込もうとしていた有能さんと期せず声が揃う。
「ばっか!相手は竜種だぞ!」
その言葉が男の耳に届く前に、男に対して鱗が飛び、禿頭の決死の体当たりで鱗は頬のこけた男の左足を吹き飛ばすだけで済んだ。
「糞が痛ぇ! すまん!後二十秒!限界!」
割と元気な声が聞こえてくる。
背中に身体強化の魔法陣を構築。
「有能さん! 今から二十秒全力だ!」
有能さんって私の事か!?
そう言いつつも有能さんが振り上げる
剣が通りにくいジュエルヘッドバニー相手だからか皆が持ってる武器はだいたいが打撃武器だというのが状況的に有難い。
打撃武器なら宝石鱗を貫けない云々は関係ない。
だからといって素手でジュエルヘッドバニーと戦おうとする髭面はかなりイカレテルが。
妙な所で糞ウサギに助けられた。
有能さんと俺が叫びながら竜の横っ腹に攻撃を加える。
技巧も華麗さも無い、ただひたすらに叫びながら全力で何度も竜の腹に獲物を打ち下ろす。
ジュエルヘッドドラゴンが痛みと怒りで叫び血を吐き、自由を取り戻そうと暴れる。
遠くで頬のこけた男の「うぉおお気合いだ!気合いだぁああ身体が持って行かれるぅ抑えてくれぇ!片足じゃ無理ぃ!」という叫びが聞こえてくる。
何度も頭を潰し、しばらく起き上がれない程に内蔵全体にダメージを入れ、今や頭を半壊させ、さらには潰れろと死ねといい加減に死ねと、何度も腹を打ち据えられているのだ。
いやもうホント、そろそろ死んでも良いじゃない?
何百と剣を振り下ろした腕は重く。
裂けた竜の腹から飛び散る返り血に全身を汚しながら真剣にそう思う。
「すまん!限界だ!」
頬のこけた男がそう言ったのは二十二秒後の事で、俺が飛び退いた場所を竜がその尻尾でなぎ払う。
飛び散る土塊を剣で打ち払いながら距離を取る。
半壊状態からの修復が間に合っていない頭部が俺を捉える。
まだ死なないのかと、有能さんが苦虫をかみ潰したような顔で言い、止血中だちょっと待ってくれと頬のこけた男が言う。
「もう一度爆発だな、気合いだ」
と禿頭の男が焼け焦げた装備で言うに至って遂に俺は笑ってしまう。
全員の声に表情や状況はどうあれ逃げる気が微塵も感じられなかったからだ。
全員が笑う俺をアホを見る目で見てくるが、お前らも全員アホだからな?
「よし、もう一度だ。今度は俺がアイツの動きを止める」
「単身で? マジかよ最高だな仮面の人、嫁さんに捨てられたら結婚してくれや」
頬のこけた男が禿頭の男の背中に上りながら言う。 俺の背中にいると爆発する時は一緒だぞ、と言いながら禿頭の男がロープで頬のこけた男と自分を結ぶ。
「やるのは結構、だが火力はどうする?仮面の人は大丈夫そうだが私達はおそらく後一回が限界だぞ」
有能さんマジ有能。
次で駄目なら――。
「その時は俺を置いて逃げに全力で頼む」
「良いのか?」
「元から最悪三日はアイツとやり合うつもりだったんだよ。火力が足りないなら速度と気合いで補えば良い」
何故か有能さんが溜息をつく。
「よーし、馬鹿が馬鹿を宣言して、ついでに逃げる許可まで貰えたぞ。喜べ馬鹿ども、命をかけて馬鹿をするのは次で最後だ」
「嫁さんの為でも三日は無理だなぁ」
と頬のこけた男。
「火力は気合い、良い言葉だ」
と禿頭の男。
よし、行くぞ。
言葉も無く頷くだけで伝わり、俺達は動き出した。
今度は俺が動きを止める、その宣言通り俺は竜の動きを封じる為にその真正面に立つ。
決して自由には動くこと叶わないと、竜に宣言するようにその牙の前に身をさらす。
噛みつこうとする顎を砕きいなし、引き裂こうとする爪を弾き、俺以外へと竜が視線を向けようとすればこれ幸いにと重たい一撃を入れる。
その隙に側面に回った有能さん達が何かをしている。
頬のこけた男の、散財しすぎで嫁さんに怒られるというボヤキを強化された耳が拾う。
何をしているのか? という純粋な好奇心を殺して目の前の暴力に集中する。
答えは直ぐに分かった。
雄叫びを上げて有能さんと禿頭の男が竜の横っ腹へと武器を掲げて突撃する姿を視界の端捉えた。
頬のこけた男が何かをしたのだろう、有能さんの戦鎚と禿頭の男の杖の先端が鮮やかなオレンジ色に発光している。
身の危険を感じたのだろう、竜が身を
戦鎚が竜の横腹を穿ち、杖がその穿たれた傷口に差し込まれる。
有能さんが頬のこけた男の襟首を掴み飛び去るのを待って禿頭の男が再び叫ぶ。
「気合いは火力!」
最高にアホで賞は彼にあげたい。
竜の腹が吹き飛ぶ。
自分が起こした爆発で宙を舞う禿頭が俺に満足げな顔で親指を立てる。
二番目にアホで賞ぐらいは取りたい。
グラつく竜に全身がココだと告げる。
思考を置き去りにしようとする身体の
一歩手前だ――一歩手前までだ。
恐れ戦く心を、敢えて歯を剥き出し笑う事でねじ伏せる。
背中に構築した二つ目の身体強化の魔法陣に魔力を込める。
その全力一歩手前まで。
竜の動きが酷く遅い。
いや――遅かったな。
剣を振り抜いた俺はそう思い直し。
竜が縦に割れた。
全身を巡る制御できない力に純粋な恐怖を感じて二つ目の身体強化を解除し、飛び退く。
着地した所に頬のこけた男と禿頭の男を地面に引き摺りながら有能さんが合流する。
「仮面の人、ヤバいな。謝るよ、一人で竜を倒すだなんて馬鹿だと思ってすまなかった」
「竜を真っ二つとは良い酒の肴だ。嫁さんにも良い土産話が出来た」
「気合いは切れ味も増す」
三者三様の言葉につい笑顔が出る。
最後のは謎すぎて意味が分からんが。
「俺の馬鹿っぷりを信じてくれて感謝するよ。だがこれで駄目なら馬車の連中を手伝って全力で逃げてくれ、後は俺がやる」
そう俺が宣言した次の瞬間だった。
辛うじて立っていた竜の身体が地面に沈んだ。
経験に学んだ頬のこけた男が何かを言おうとして慌てて口を閉じ、その後は誰も口を開けなかった。
口を開けばそれを合図で何かが起こる、そんな予感に沈黙が続く。
痛い程の沈黙の中、ガラスが割れるような硬質な音が鳴る。
竜の表面が結晶化しだしたのだ。
俺達が歓声の替わりに盛大な溜息を吐き。
それを見て最初に歓声を上げたのはやっとで馬車をどうにかした所の冒険者達だった。
有能さんが戦鎚を杖に長い息を吐き、禿頭の男はその場に座り込み、頬のこけた男は吹っ飛んだ足が見つからないと嘆いた。
俺? 俺は歓声を上げながら飛び跳ねる髭面に、やってやったぜと親指を立てた。
エッズがパルと抱き合いながら俺を指さし、アレだアレなんだよと言っている。
俺は剣を鞘に戻すと足下に視線を落とす。
さてと、また足をくっつける作業だな。
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