第92話 貧乏子爵家次男は瞳を探す14


 *


 自分の踏み込みによって地面が砕け、馬車三台ほどの体躯のジュエルヘッドドラゴンが吹っ飛ぶのを当然と思った自分に驚いた。

 ジュエルヘッドドラゴンが木をへし折りながら土煙を上げて地面に激突するのを確認する前に、背中の魔法陣を解除する。


 扱いきれていないにも程がある。

 身体がまったくコントロールできていない。


 俺は竜の首に斬りかかる瞬間を思い出して歯がみする。

 首を断ち切るつもりだったのだ、それで倒せる等とは思っていないが、それでも首を落とされれば竜とて回復には時間もかかるし、魔力も相応に使う。


 にも関わらず俺はそれがせなかった。

 振り抜くその瞬間、ジュエルヘッドドラゴンが首を守るように分厚い宝石の鱗を張ったのだ。


 いつもの俺ならそれを直前であっても避けて打ち込めたはずだ。

 だが確実を期して威力を求めた結果、細かい制御が出来なかった。


 くそ、ちょっと鱗を分厚くされた程度で竜の首をへし折る程度になるようでは駄目だ。

 これでは師匠どころか、師匠の友人どもにも笑われる。

 彼らなら少なくともこの程度の竜種相手なら笑って首を落としてる。


 自分の不甲斐なさを奥歯で噛みしめながら心を落ち着かせる。

 もとより剣しか振れない魔法の使えない身なのだ。

 最初からジュエルヘッドドラゴン相手に華麗に勝てるなんて考えていなかった。

 竜の魔力を削りきって倒すつもりだったのだ、泥と土に塗れるのは前提だ。


 実力が理想にほど遠い事など今は忘れろ、欲しい物があるのなら回り道も近道も関係ない、道など無視して真っ直ぐ行けば良い。

 要は気合いである、よし俺の理論エリカは崩れてない。


 茂る下生したばえを揺らし姿を隠したまま移動するジュエルヘッドドラゴンの気配を追う。

 気合いを入れ直してみたものの状況は変わらない。

 背後では髭面とエッズとパルが馬車をどうにかしようと悪戦苦闘しているのが分かる。

 つまりは不自由なままだ。


 ままならない物だと、口角がつり上がる。

 時間稼ぎのつもりか? 人の頭部ほどの鱗が飛んでくるのを見て俺は思った。


 鱗を地面に叩き落とす。

 遠距離だと俺を殺せないぞ?

 いやまぁ、剣しか使えない俺も手を出せないけどね。


 そんな風に皮肉を飛ばしたのが悪かった。

 鱗を叩き落とした直後、森の中からジュエルヘッドドラゴンが姿をあらわす。


 これは現したっていうよりも――派手に土塊つちくれを撒き散らしながらこちらに走ってくる竜に俺は唖然あぜんとする。


「考えなしの突進とか少しは頭を使え馬鹿野郎!」


 背後にいる連中に声をかけるか?

 いや無理だ、もう間に合わない。

 位置取りをミスった畜生! 徹底的にミスったぞ畜生!


 まばたき一つの間に悪態を詰め込みまくった俺は剣を鞘に戻す。

 やってやる、やってやるさ、受け止めてやる。

 俺は再び二つ目の魔法陣を構築した。


 *


 エッズは竜種と単身で戦える人間がいるという事実に酷く混乱していた。

 それは遠い世界の話だった。


 それこそ子供が眠る前に描く夢と同じくらいに、現実と遠い世界の話だった。

 とどのつまりは現実にいるが、自分がそうなれるとは思えない、そういう存在だった。


 それが今、目の前で竜と戦っていた。

 そしてそれは自分達に仕事をしろと言った。


 だからだろう、自分が逃げ出さずに仕事をしているのは。

 馬車は奇跡のように絡まり擱座かくざし、車輪が外れ、ズレた車軸がこれまた奇跡のように他の馬車に噛み込み、完全に動けない。

 もはや馬車を置いて逃げるのが正解だというのは明らかだ。


 だがそれでも依頼人を引き摺って逃げないのは、馬車を失う事は彼らに死ねと言っているのと同じ事だと理解していたからだ。

 エッズとて伊達に十六歳で冒険者になったわけじゃない。


 不作と魔物の被害が重なって、口減らしの為に幼なじみのパルと一緒に半ば捨てられるようにヘカタイへと来たのだ。

 ツテもない田舎者になれる職業なんてのは冒険者ぐらいしかなかった。


 しようがなかった、から冒険者になったが。

 それでも憧れるのだ、憧れたのだ。


 屑拾いと馬鹿にされても、馬鹿にする彼らが命を張って魔物と戦う姿に。

 自分達の村にも彼らのような人間が一人でもいてくれたならと思うが故に、自分がそうらねばならないのだ。


 今ここで商人を見捨てるという事は、あの日パルと二人で不安な顔でヘカタイに行き着いた自分を見捨てるという事なのだ。


「どうしよう! エッズ!馬が落ち着いてくれない!」


 パルが依頼人達と協力して馬たちを落ち着かせようとしているが、すぐ近くで竜が暴れているのだ。

 馬は一向に落ち着かない。


 髭面の同業者が車軸をどうにかしようとしているが、魔道具を積んだ馬車は重く男の身体強化では動かせないようだった。

 エッズは自分の身体強化が未熟である事に酷く後悔していた。


 冒険者の師匠は数多くの弟子をとっていたので、親切ではあったが個別に教えるという人ではなかった。

 言い訳にもならないがもっと貪欲に教えを請えば良かったと思う。


 屑拾いで生活できてしまったゆえに安心してしまったのだ。

 ヘカタイで屑拾いと馬鹿にされた理由が分かる。


 いや屑拾いが尊敬されるというファルタールでも自分のような屑拾いは馬鹿にされるだろう。

 望む物が安いのなら冒険者なんて割に合わない仕事からさっさと足を洗うべきなのだ。


「ちくしょぉおおおおお!」


 エッズはズレた車軸を全力で引っ張りながら叫んだ。

 魔石屑を運ぶ為の馬車を買えたと喜んでいた過去の自分に対しての悔恨の叫びだった。

 そうではないだろう、と。


 そして――エッズは見た。

 自分の身体強化では、何を天秤に乗せようとも出来ようもない奇跡を。

 ジュエルヘッドドラゴンの突進を真正面から受け止め、あまつさえそれを高く持ち上げ投げ捨てるシン・ロングダガーの姿を。


 人の身で決して鳴ってはいけない轟音に驚き全員がその姿を見ていた。

 全員が目の前の光景を理解できていなかった。


 ただ一人、髭面の男だけが呆けたように。


「やるなぁ仮面の人」


 と呟いていた。

 エッズは驚くにしてもこれくらいは言えるような冒険者になろうとそんな事を考えた。

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