第91話 貧乏子爵家次男は瞳を探す13


 *


 二度目の初手はジュエルヘッドドラゴンが取った。

 幾筋もの魔力の線が俺の身体に突き刺さる。


 何をする気だと考える暇もなく、ジュエルヘッドドラゴンの宝石のような鱗が雨あられと飛んでくる。

 相手からすれば牽制のつもりなのだろうが、俺にとっては下手に避ければ馬車に流れ弾がいきかねない嫌な攻撃だった。


 一面の壁のように飛んでくる鱗を真正面から剣で打ち払う。

 オーガナイトの拳に比べたら随分遅い。


 外れた鱗が地面で爆ぜた時には、俺は竜の眼前で剣を振り上げていた。

 魔境の森から帰ってきて、テペの剣は変化していた。


 以前はこう思った、身体強化を剣まで通している内は絶対に折れないと。

 今はこう思う、折れるものなら折ってみろと。


 六足の間合いを瞬き半分の早さで詰め、その勢い全てを殺さず剣に乗せる。

 斬った所で綺麗にててしまう。


 潰れろ砕けろと、思い汲んだ剣が鈍い鈍器として竜の頭蓋を捉える。

 全身を捻り巻き込むように振り下ろした剣は竜の額を潰し砕く。


 衝撃で眼窩がんかから飛び出した眼球がそれでもなお俺を睨み付ける。

 振り抜いた勢いを使いその場で半回転、地面を削りながらこちらに向かってくる竜の前足をすくい上げるように打ち上げる。


 竜の前足が鱗を撒き散らしながら折れ、過大な負荷を受けて俺の靴底が地面に沈み、竜の半身が浮く。

 重たい、固い、潰した端から再生し始めるとか、これだから竜種は厄介だ。

 追いつく思考に先走る身体が雄叫びを上げる。


 ジュエルヘッドドラゴンの半身が浮いている間に二つ目の魔法陣を背中に構築する。

 明らかに今の俺では手に余る程に身体強化の強度が上がる。


 それでも恐れるなと、自分を叱咤しったする。

 理論エリカ派を名乗るには度胸が必要なのだ。

 踏み込んだ踏み足が地面を砕く。

 懐に入り込んだ俺を眼窩に再生されつつある目で竜が追う。


 今なら出来ると、竜の首を潰し斬るのだと、両手で握った柄が手の平できしむ。

 振り抜く瞬間、剣身から蒼い炎が吹き出る幻を見た。


「うぉおらああ!」


 竜の体躯が吹っ飛んだ。


 *


「エリカ……それは……その? なんです?」


 シャラ・ランスラは脳から言葉が上手く出てこなかった。

 冒険者と同行するならと、新調された修道服は体温調節機能を持った魔道具を内蔵しているにも関わらず。

 シャラ・ランスラは背中を冷たい汗が流れるのを感じていた。


 目の前でエリカ・ロングダガーが土木作業をしていたからだ。

 エリカの服装は普段の動きやすそうな、見た目が地味な割にやたらと縫製が手の込んでいる高そうな服であるのだが。

 やっている事は土木作業だった。


 意味が分からない。

 シャラは毎日ロングダガー家に顔を出さなかった事を後悔した。


 あのエリカがシンと離れるとどうなるのかと危惧したのは自分ではないか、それを二日程度なら日を開けて大丈夫などと、何たる失態か。


「あの、エリカ?」


 大丈夫ですか? と、ロングダガー宅の庭に土魔法で何かの土台を造るエリカに問いかけようとしたシャラは咄嗟に言葉を飲み込んだ。

 エリカが真剣な顔で土魔法を使用しながら何事かを呟いていたからだ。

 駄目だと本能が訴えたが、つい耳を澄ませてしまった。


「一人で大丈夫さびしくない、一人で大丈夫さびしくない、一人で……」


 ――ひぇ。


 真剣な表情とは隔絶した声の冷たさに悲鳴が漏れそうになる。

 エリカがまるでこの世を地獄の業火で焼き尽くしそうな顔で、ただの土で出来たハズの土台を大理石のような輝きの物質に変質させた所でシャラは限界を迎えた。


「シンさん! 速く! 速く帰ってきて!」


 シャラ・ランスラは遂に叫んだ。

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