第90話 貧乏子爵家次男は瞳を探す12
*
顎を縦に割った程度で竜の攻撃が止まるわけがなく。
当然ながらジュエルヘッドドラゴンは四つに別れた顎で俺に噛みつこうと首を伸ばす。
もちろん俺は噛みつかれるつもりはなかったのでこれを蹴り飛ばすなりして避けるつもりだったのだ。
問題はその俺の横に、何故かファイティングポーズを決める髭面の男がいる事である。
オーガナイトの動きに比べれば随分とゆっくりなそれでいてその拳に匹敵する牙が俺に迫る。
避けるなら容易い、しかしこのまま避ければ髭面はどうなる? まぁ真っ二つだな。
冒険者だ、そういう最後もままある物だ。
最後に一緒に戦えて良かったよ、何度もくっつけたお前の毛深い腕が懐かしいよ。
それじゃあさよならだ、って畜生!寝覚めが悪くなるわ!
俺は心中の諸々の葛藤をかなぐり捨てて髭面を抱えてジュエルヘッドドラゴンの顎から逃れる。
鉄板を打ち合わせた方がまだマシと言いたくなるような音を立てて閉じられる竜の顎。
それを六足程離れた場所に着地しながら聞く。
「……畜生最悪だ」
人生二度目のお姫様抱っこの相手が髭面であるという拭えぬ業を背負ってしまった事に思わず声が漏れる。
「……仮面の人」
あと髭面はキラキラした目で俺を見るな。
投げ捨てたい衝動を抑えて髭面を地面に立たせる。
ジュエルヘッドドラゴンは距離が離れたのを良いことに裂かれた顎と陥没した頭をゆっくりと治している。
初手でもう少しダメージを与えたかった。
喉から出かかる怒りを飲み込み髭面に問う。
「何してるんだ? 言っちゃなんだがアンタが相手にするには荷が勝ちすぎる相手だぞ」
「何って――」
髭面が不思議そうに言う。
「冒険者なんだから戦えない奴らが逃げる時間を稼がなきゃ嘘だろ仮面の人」
ジュエルヘッドドラゴンとの戦闘中であるというのに俺は思わず髭面の顔をマジマジと見てしまった。
何を言ってるのかと、何を問われているのか分からない、という顔から視線を竜に戻す。
「なるほど、腕をくっつけたのは無駄じゃなかったな」
萎えたテンションが再び戻る。
「だけどな“髭っち”、商人が逃げる時間程度なら俺一人で稼いでみせる。だからアンタも逃げてくれ」
誰かも分からない人間にこんな事を言われて信じられる奴は少ないだろう。
だが
俺達は
「いやぁそりゃ無理じゃねーかなぁ仮面の人」
そう言って髭面が後方を指さす。
おい髭っち、お前は
「……畜生」
今日、何度目かの畜生が口から出た。
慌てて逃げようとして焦ってしまったのだろう。
視線の先では三台の馬車が絡まるように
跳ね上がる難易度に心中で声には出せない悪態を叫んだ。
*
商人達の馬車が
まずは逃げるという自由を失った。
立ち回りの自由も。
一撃離脱を繰り返す等の一時的に身を隠すのも。
商人が馬車を置いて逃げてくれる事を望むが、それはおそらく
ただの荷馬車ならそういう事もあっただろうが、擱座している馬車のうち二つは屋台だ。
調理用の魔道具を積んだ馬車は高価だし、それを失うリスクを商人はギリギリまで回避しようとするだろう。
命あっての物種、なんてのは他人事だから言える事だ。
こんな近くで魔物がうろつく場所で商売をしようなんて考える人間が、馬車を何台も持つような裕福な人間だと考えるのはアホの考え方だろう。
彼らからすれば馬車を失うのと死ぬ事はそんなに遠い関係ではないのだ。
視線の先で陥没した頭を治す竜を見据えながら俺は髭面に尋ねる。
「髭っち、アンタの相方は?」
「アイツなら森の中の冒険者にジュエルヘッドドラゴンが出た事を報せに行った」
成る程、やっぱりあの髭面の相方さんは有能だ。
ほんの一瞬で最適解を選んでいる、俺が吹っ飛ばされた瞬間には動き出していたのだろう。
まぁジュエルヘッドバニーがうろつく森を走り回るのに足手まといと置いていった髭面が、まさかジュエルヘッドドラゴン相手にファイティングポーズをとるとは思っていなかっただろうが。
「髭っちに頼みがある」
「おう、なんだい仮面の人」
「馬車の連中を助けてやってくれ、竜がそっちに行かないのは俺が保証する」
髭面が俺を信じてくれるよう、真剣な声が出る。
それに対して髭面が軽く笑う。
「いいな、仮面の人。それいいなぁ、そうだよなぁ俺もそういうのやりたくて冒険者になったんだよ」
髭面の方を見なくても男が笑っているのが分かる。
「じゃぁこう応えるのが華ってもんだな。任せろ仮面の人」
そう言って駆け出す髭面。
良いねその台詞、テンションバキバキだ。
「さてと、お互い
俺を
---------------あとがき----------------
髭面への謝罪会場はこちらになります。
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