第87話 貧乏子爵家次男は瞳を探す9


 *


「ありがてぇ助かったよ、仮面の人」


 そう俺に礼を言ったのは髭面の少し歳のいった男性冒険者だった。

 大きな筋肉に年齢の割には身体強化の強度が低いので冒険者になったのは最近だろう。


 余談だが冒険者になるのが早ければ早いほど、不思議なことに大きな筋肉は付かなくなるらしい。

 嘘か本当かは分からないが、師匠いわく若い頃から身体強化の魔法を使うと筋肉が大きくなる替わりに密度が増すのだそうだ。


 俺は髭面の仲間にたせていた男の腕を受け取りくっつけながら、筋肉の密度って何だろう?と内心首を傾げる。

 俺の腕がぁああ! っと叫ぶ男を引き摺りながら森を出ての事である。


 回復魔法と身体強化の魔法だけはちょっと自慢できると思っている俺だが、如何いかんせん回復魔法であっても他人にかけるのは下手だ。

 綺麗に切り飛ばされた腕があるのでエリカだったらその場で一瞬で繋げられただろうが。


 残念ながら俺はこちらの首やら腕を切り飛ばそうとする魔物がウジャウジャいる森の中で、悠長に腕をくっつけられる自信はない。

 なので男の仲間に切り飛ばされた腕を持ってもらい、叫ぶ男を引き摺り森を出たのだ。


 ちなみに既に四人目である。

 俺がジュエルヘッドバニーを狩ったのが二十匹なので、五匹に一人の間隔で誰かの腕とか足が飛んでいる事になる。


 俺は腕がくっついた髭面が仲間を引き連れて再び森に入っていくのを見送って溜息を吐いた。


「仮面の方はお優しいですね」


 そう俺に言ったのは小さな荷馬車の前に立つ商人の男だった。

 愚か者の森に愚者が集まるのなら、それを相手に金を稼ぐ賢者もまた集まるという事だ。


「体調管理の一環だよ、寝覚めが悪くなると身体によくないからな」


 俺はそう言いながら男に琥珀色の宝石を渡す。

 ゴミ屑のような価値しかないが商人はゴミ屑でも売ってみせるものだ。


「毎度あり」


 命を天秤に乗っけて手に入れる金としては割に合ってない金を受け取りながら、雑に樽に放り込まれる琥珀色の宝石を見送る。

 ボタンに加工されるらしい。


「ところで最近アタリを引いた冒険者ってのはいるのか?」


「ここ最近は聞いた記憶はありませんね」


 俺の問いに男が答える。


「そうか、なら久しぶりに聞けると思うぞ」


 ちょっとした休憩がてら俺が言うと、男は目を細めて俺の顔を見てくる。


「何か秘策でも?」


 そう問うてくる男の顔は、またか、という物だった。

 きっと何人もの冒険者に同じような事を聞かされてきたのだろう、気持ちは分かる。


 何故か冒険者には根拠の無い自信がつきものだ。

 大言壮語に誇張にハッタリ。

 ファルタールの冒険者ギルドで聞かされた先輩冒険者達の与太話を思いだす。


 やれ左腕が荷物で塞がっていたから右腕だけでドラゴンを倒してやったわ、とか。

 ゴールデンオーガに素手で殴り勝った、とか。


 若い冒険者の俺に“吹かす”にしても中々の吹かしっぷりである。

 “師匠の友達”をしている奴らだったのでみんな癖は強かった。


 だが俺は彼らのような脳筋族ではない。

 俺は理論派である。


「実はな……」


 声に自信が漏れないよう注意しながら言う。

 それでは安っぽい。


「俺は運が良いんだ」


「――は?」


 驚く男に世の真理を説く。


「世界一の女性エリカと結婚できたからな」


 俺の説く世の真理に言葉を無くす男を残して俺は再び森に入った。


 *


 あれから森に入ってすぐの所でまた腕を飛ばされた髭面の男と、困った顔で切り飛ばされた腕を抱えた男の仲間を見つけて引き返し。

 商人の男に「運が良いですね」と皮肉を言われたりしてあっという間に昼である。


 追加の四十個ほどの琥珀色の宝石を商人に売って昼食の干し肉を囓る。

 西門前広場で買った干し肉だが当たりだな。


 商魂たくましいと言うか、賢者というのは割と多いらしく昼になると愚者共に昼食を売りつけようという屋台まで出ていた。

 都合三回腕をくっつけてやった髭面男が屋台の席から仮面の人ありがとよ、と声をかけてくる。


 それに軽く片手だけで応えると、屋台の脇にいる知った顔に声をかける。


「また会ったなエッズ、パル」


 どうやらエッズとパルは冒険者でありながら賢者側の人間だったらしく。

 屋台の護衛をしているらしい。


 ヘカタイから二日かけてくるだけの価値はあるらしく、依頼料は割と良いらしい。

 ここの愚者共はどれだけ賢者に毟られているのか。

「えっと……仮面の人、は宝石狙いなんですか?」


 エッズが髭面に倣ったのか、俺を仮面の人と呼んでくれる。

 そうである、俺はシン・ロングダガー改めジン・ゴールデンダガー改め、今や仮面の人である。


 仮面の人、礼だ受け取ってくれ、と足をくっつくけてやった冒険者から貰った果物をパルにやる。

 ありがとうございます、と礼を言いながら果物に齧り付くパルを齧歯類みたいだなと思いながらエッズの質問に首肯する。


「シ――仮面の人なら魔境にでも行った方が稼ぎは良いと思うんですが?」


「稼ぎというより宝石が必要なんだよ」


 『巫女の瞳』かそれに匹敵するような価値のある指輪となると、かなりの値段になる。

 しかも今は全体的に魔石の価値が下がっている。


 討伐報酬のプラスが付く指定討伐対象ならともかくとして、純粋な魔石の価値だけでそれだけ稼ごうとすると割と無茶をしなくてはならない。

 エリカの為なら無茶はやぶさかではないが、需要がある程度満たされている今、頑張って無茶をした結果需要と噛み合いませんでした、では笑い話にもならない。


 だったら宝石を狙うのが必然というわけだ。

 しかも俺は幸運な男である。


 勝算は高い。

 声には出さず、表情だけで大丈夫ですか? と問いかけてくるエッズに頷いてみせる。


 俺は理論エリカ派である。

 抜かりは無い。


 ちなみにエッズになぜ仮面の人をシン・ロングダガーって人と間違えるのかと尋ねた所。

 少し困った顔をした後で、街で噂の冒険者と同じ装備をしていて、なおかつテペ・トルロッソの紋章付きの鞘を持っているってなったら、だいたい誰でも誤解するんじゃないかなぁ、という答えを貰った。


 なるほどテペのせいか。

 つまり大丈夫、俺の理論は壊れてない、俺のせいじゃない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る