第86話 貧乏子爵家次男は瞳を探す8
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魔物から素材を得ようとすると神様に嫌われる、というのは冒険者が良く言う冗談の一つだ。
基本的に魔物が素材を落とすかどうかは完全に運だ。
魔物を綺麗に倒そうが、落として欲しい素材の部位を切断してから倒そうが、必ず素材を残すように倒すという方法は無い。
逆にエリカのように魔物を木っ端微塵にしたりすると確定的に素材を残す事は無い。
魔物が素材を落とすかどうかは基本的に運である、その為に魔物の素材を多く使う冒険者の装備は馬鹿みたいに高くなりがちなのだ。
今更ながら魔境の森で吹き飛んだ道具入れが痛い。
俺はかつて道具入れを吊していた腰の辺りに手を置きながら、ノールジュエンからほど近い場所にある名も無き森を見る。
正式名称は無いが通称ならある。
愚か者の森だ。
いやもう、実にぴったりの名前である。
今更ながら自分がやろうとしている事に呆れそうになる。
だがしかし、俺は自信があった。
全てが上手くいくという自信があったのだ。
*
ジュエルヘッドバニー、という名前の魔物がいる。
強い魔物は良く出現するが、魔物の種類自体は実はそんなに多くないファルタールでは出ない魔物だ。
大きさは人間の子供ぐらいで、ウサギと名前に入っているが顔はイタチに良く似ていて、命名者が耳が長いからウサギで良いかという安直な発想を隠そうとしなかった結果の名前だ。
額に宝石のような結晶が埋まっているし、ウサギらしからぬ長い尻尾や、ウサギのような長い耳の先には宝石で出来たような刃が付いている。
故にジュエルヘッドバニー、ついでに跳ねる。
だが本当の名前の由来は別だ。
ジュエルヘッドバニーは運が全てと言われる魔物の素材が確定で手に入るという、世にも珍しい魔物なのだ。
ここまで言えば分かるだろ?
そうコイツは確定で宝石を落とすのだ。
「くそ、またハズレだ」
俺はちょうど二十匹目のジュエルヘッドバニーの首を飛ばして思わず毒づいた。
首と身体が離れた事で死んだジュエルヘッドバニーが琥珀色の宝石と、砂のような魔石屑へと変わる。
ジュエルヘッドバニーは宝石を落とす替わりに死んでも魔石を落とさないし、魔石屑は砂のようで魔石屑になった端から消えていく。
つまりコイツを倒しても金になるのは落とす宝石だけだ。
宝石を落とすのだからお得のように思うかもしれないが、残念ながらそうは上手くいかない。
必ず落とすような物には価値はない。
希少性こそが人を狂わせるのだよ、とは学園での友人の言葉だ。
例えジュエルヘッドバニーの耳や尻尾の攻撃が容易く人の首を刎ねるだけの威力があったとしても、そういう事らしい。
だがそれでも俺がジュエルヘッドバニーを狙うのは、希に落とすと言われている
翡翠色のその宝石は、世間一般では昔の有名な光の巫女の瞳の色になぞらえて『巫女の瞳』と呼ばれているが。
俺からするとエリカの瞳と同じ色をした宝石である。
きっと彼女の手にあればよく似合うだろう。
狙うならこの宝石一択である。
そういうわけで、俺はジュエルヘッドバニーが生息しているこの名も無き森、通称愚か者の森へと来たわけである。
特定の魔物が特定の地域で確定で出現しているというのは割と珍しい現象で、流石は魔境のあるオルクラだと思うが。
その結果、この森は冒険者にとって夢のある場所になっている。
日が昇りきる前に森に入った俺だが、今では何組もの冒険者が近くで活動しているのを感じる。
ジュエルヘッドバニーがそこまで強くない魔物である為、低ランクであってもパーティーを組めば比較的安全に狩れる。
魔道具を動かす燃料にすらならない琥珀色の宝石はゴミ屑のような価値だが、翡翠色の宝石が出たらかなりの大金が手に入るのだ。
そりゃ狙う奴も多いわけで。
その結果――。
「うぉおおお俺の腕がぁあ」
――実力不足だったり、油断した冒険者の腕やら足やら首が飛ぶわけである。
「愚か者の森とはぐぅの音も出ないなぁ」
俺は名も知らぬ命名者のセンスに感心しながら今日何度目かの悲鳴を聞いてそう呟いた。
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