第85話 貧乏子爵家次男は瞳を探す7


 *


 マキコマルクロー辺境伯領で最大の都市という意味であるならばノールジュエンこそが辺境伯の第一の都市と言える。

 ヘカタイから産出される膨大な魔石と魔物素材を他領他国へと輸出する根拠地だ。


 馬車でたった二日の位置に巨大な消費都市が二つもある事になるが、マキコマルクロー辺境伯殿は上手くやっているようで、街に暗さを感じさせる所は無かった。

 街壁と結界という二つの壁に守られているのは流石魔境にほど近い都市だと思わせるが、ヘカタイとは違いこの街の主役は商人達だ。


 もう夕方近いというのに、いたる所で騒がしく交わされる商談の声はうるさくはあるが不愉快ではなく。

 久方ぶりのパーティーから離れた寂しさを塗りつぶしてくれた。

 入場料代わりの魔力を吸い取られながら俺は、今夜の宿を探す。


 *


 一人になるとエリカが居ないという事実がシコタマ堪えた。

 なんという贅沢に慣れたのかと絶望すら感じる。


 というより正真正銘の絶望である。

 もとより近くにいられるのは一年の約束なのだから最初から絶たれる望みなど無かっただろう、などと冷静な俺が顔を出すが。


 お前の顔は涙と鼻水でグチョグチョだぞと言いたい。

 俺はひとしきり安宿のベッドの上でジタバタしてヘカタイの街へ走って帰りたいという欲求を押し殺す。


 落ち着け、思い起こすのはエリカの横顔だ。

 俺は深呼吸してエリカの顔を思い浮かべる。


 ……いかん、記憶の中のエリカの横顔ですら既にめっちゃ近い。

 俺は記憶すら贅沢になっている事に恐れ戦きながらも、エリカの顔を思い浮かべたら直ぐに眠れた。

 やはりエリカは全てを解決する。


 *


 商人と冒険者との共通点を知っているだろうか?

 答えは早起きという点だ。


 俺は商人とその護衛である冒険者でごった返す西門前広場で朝食を食べながら、懐かしい雰囲気にひたっていた。

 日が昇りきらない空は青黒く、空気は周囲の喧噪に関係なく静謐せいひつさを保ち続けている。


 本格的に動き出す前、大きく飛ぼうとする前に身体をぐっと沈み込ませているような静かで熱のこもった時間。

 冒険者が顔見知りに笑顔でこう言う時間。

「会えるならまた会おう」


 冒険者は、そうするしかないのなら、と別れを受容したりしない。

 理不尽と暴力の世界で生きているのなら、別れは必然だ。


 だから冒険者はさようならと言わない、相手に神のご加護をと祈らない。

 ただ次の再会があると良いなと、それぞれの流儀で伝えるのだ。


 つまりこの時間は冒険者が自分の命を天秤に乗っける時間なのだ。

 だから俺は好きなのかもしれない。



 朝からたっぷりの食事を取り、西門前でヘカタイの冒険者ギルドで写し取ってきた地図を広げる。

 ギルドでフォレストドラゴン以上に金になる指定討伐対象が無いと、分かる前から用意していた次善の策という奴だ。


 エリカに相応しい指輪を用意しようとするのなら、そりゃもう生半なまなかな金では足りない。

 だがしかし、如何いかんせん送る側は俺である。


 貧乏性故に金なら貯めていたが、貯めた金は全てファルタールの冒険者ギルドに預けたままである。

 全速力で取りに帰るというのも考えたが、預けている金はそこまで多くない。


 稼ぎの良い依頼や指定討伐対象があるかどうかも分からない、かといってファルタールで預けている金では足りない。

 そこで俺が考えたのは、だったら素材から手に入れれば良いではないか、という事だった。


「待ってろよ、ジュエルヘッド」


 俺は仮面の下でそう呟いた。

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