第84話 貧乏子爵家次男は瞳を探す6
*
二度ほど魔物の襲撃を受けた。
馬車を足として使わせて貰う冒険者の
驚いたのは馬車の護衛として働く冒険者は魔物を討伐するのが第一の目的ではないという事だった。
魔物を散らせばその時点で仕事は終わりなのだ。
グレイトゥースウルフという、名前に狼が付いている癖に顔は馬のようという詐欺みたいな魔物を追いかけていたら、さっさと戻ってこいと怒られた。
商隊の進行が最優先であるとの事。
おかしい、ファルタールで何度か受けた護衛の任務では魔物は殲滅が基本だったぞ?
そう思って護衛のリーダーであるジョンに訊いてみた所、ファルタールの魔物で追い返すだけなんてしてたら延々と付け狙われて逆に大変だ、とのご回答を頂けた。
最近少し分かってきたが、どうもファルタールの常識は他では常識ではないらしい。
ふと人のことを非常識だの馬鹿だの魔境だのと言うシスターの顔が浮かぶ。
自分では貴族でありながら冒険者をしている俺は世慣れした常識人枠だと思っていたが、まさかのシャラの方が常識人枠であったとは。
良く驚く奴だと思っていたが、そうか俺の方が非常識人枠だったかぁ。
「おい、見えてきたぜ」
ジョンがわざわざそう言ってくれたのは、同じく外様の冒険者であり、だから俺と一緒にいの一番で馬車から飛び出していたエッズとパルの為だろう。
慣れない馬車での旅にさんざん馬面の狼やらボールのように丸くなる牛に翻弄され疲れ果てていたエッズとパルの顔が明るくなる。
雇い主が分かっている奴らしく、護衛を乗せる為の馬車とは思えない乗り心地の良い馬車だったが。
それでも慣れていないと疲れるものだ。
隣街までの短い旅程が無事に終わる事に安堵している二人を見て、つい仮面の下で微笑んでしまう。
俺にもこんな時があったなぁ……。
んー? あれ?
いや……俺には無かったな。
師匠に肩に担がれて馬車で二日の距離を数時間で運ばれたりしてたら、馬車での移動なんて初めてだろうが慣れていなかろうが天国である。
悲しい過去に幻のあっただろう自分の姿を幻視して無駄に気持ちが凹んだ。
これで我がロングダガー家が普通の貴族であるならば、馬車での移動なんてのは日常茶飯事だと言えたが。
残念、我が家は貧乏。
親父殿すら城に歩いて出勤だ。
自分には金も無ければ常識も無かった事が分かった日、つまりはヘカタイの街を出発して二日、エリカと別れて二日と半日。
俺はヘカタイの南にあるマキコマルクロー辺境伯第二の街、ノールジュエンに到着した。
*
「力は温存できたか?」
そう俺に問いかけてきたのはジョンだった。
その問いに肩をすくめるだけで答える。
どうやら魔物を追い払うのにも手を抜いていたのはバレていたようだ。
「まぁ良いさ、仕事はきっちりしてくれた。文句を言う筋合いはねーよ」
それにお前らみたいな奴が馬車を使う理由なんてのはそれ以外にないしな。
そう皮肉げに言うジョンが誰を念頭に置いているのかは分からなかった。
本当だよ? 師匠とか思ってないよ?
たぶんこの人も被害者の一人なんだろうな、と思いながらも確かめようとは思わない。
知ったら謝りたくなるからな。
「それじゃあな、また会うことがあったらよろしく頼むわ」
そう言って去って行くジョンの背中を見送ってから、俺は背後を振り返る。
こちらから声をかけたのに待たせてしまった非礼を詫びながら、馬車の中で書いた手紙を差し出す。
差し出された手紙に訝しげな顔を見せるのは、この商隊の主――に雇われている商人だ。
つまりは信じられない程高価な冷蔵魔道具で出来た荷馬車なんてのを複数台持っている“超やり手”に雇われているやり手というわけだ。
俺は馬車に掲げられている紋章を見てその超やり手が誰か分かった。
狙ったわけではなく、もしかしたら程度で選んだ商隊だったがアタリだったのだ。
「ジェニファーリン・パンタイルにその手紙を渡してくれ。あと、シン・ロングダガーが謝っていたとも」
怒ってるだろうなあ。
何も言わずというか言えずだったからな。
俺はおそらく故郷で罵詈雑言を嵐の如く撒き散らしているだろう友人を想像して、つい懐かしくなって笑ってしまった。
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