第79話 貧乏子爵家次男は瞳を探す1


 教会の前でエリカに一時の別れを告げた。

 当然だ、どこの世界に妻に渡す指輪を手に入れるのに妻の手を借りる男がいると言うのか。


 期間は一週間。

 エリカが狙われている、というのもあるがそんなに長く離れていては俺が死ぬ。


 オーガナイトを、相手が片腕とはいえ完封できる人間を暗殺する方法など正直思いつかないが、離れて五分で既に心配だし死にそうだ。

 だがしかし。

 

 俺は別れ際にエリカから貰った「ご武運を」という言葉を胸に歯を食いしばる。

 他にも何か色々と言いたかったのだろう、エリカの顔はそういう顔をしていた。


 故にその一言に込められた物の大きさに俺は奮い立つ。

 よーし、人間は歯を食いしばれば大概の事はどうにかなるのだ会いたくて寂しくて死にそうだ。


 *


 俺は自宅へ走って帰り急いで用意すると、とんぼ返りで冒険者ギルドの通りまで帰ってきた。

 家に帰ってきたエリカと鉢合わせしないようにと急いだので汗だくである。


 正直、今エリカの顔を見たらその時点で心が折れる確信がある。

 何せ街中を歩く赤髪の人間を見ただけで折れそうになるのだ、本人とか見たら一発アウトだ。

 断じて今かいている汗は暑いからであって脂汗ではない。


 それはともかくとして。

 俺は例の防具屋に来ていた。


 相変わらず何故か店で一番目立つ場所にきわどい女性用の防具やら装備が置いてある。

 シンプルに頭がおかしい。


 俺は致命的部位バイタルゾーンすら守り切れないだろう女性用防具に売約済みの値札が掛かっている事に驚愕しながらカウンターの店主へと近づく。

 店主が何かを探すようにキョロキョロしているが、残念ながら今日は俺一人だエリカはいない。その目をくり抜くぞこの野郎。


「捜し物があるんだが」


 あからさまにガッカリした顔をする店主に俺は声をかけた。


 *


「図書館の使用を希望する」


 冒険者ギルドで俺はそう言った。

 カウンターの向こう側のギルド職員がしばらく俺の顔を見ると小首を傾げた後に後ろを振り返り声を上げた。


「ラナ! いつもの人!」


 俺より三つか四つほど年上だろうギルド職員の女性はそれだけ言うとカウンターから去ってしまう。

 どういう事だと思いながらも待っているとカウンターにラナいつものが付く。


「何してるんですか?」


 開口一番ラナが言う。


「図書館の使用を希望する」


 ラナの言葉を無視して要件を言う。


「いやいや無理です、無理でしょ」


 ラナが大げさに首を横に振る。


「なぜ仮面なんてしてるんですか? どうしたんですか?むしろどうしたいんですか?」


「だから図書館の使用を」


「スルー出来るわけないでしょ、シン・ロングダガー様ですよね? いやもう確認するまでもないですけどロングダガー様ですよね」


 俺はそれに肯定も否定もしない。

 嘘をつきたくないからだが、かと言ってシン・ロングダガーだと認めるわけにもいかないからだ。


 今から俺がおこなう事を考えると自分がシン・ロングダガーであると名乗るわけにはいかないのだ。

 俺が俺だとバレた場合、エリカは夫から指輪を贈られてもいなかった女性だと思われてしまう。


 俺の不甲斐なさが原因だというのに、エリカにそんな汚名を背負わせるわけにはいかないのだ。

 その為の仮面だ。


 俺はスリットからじっとラナを見つめて念じる。

 伝われこの俺の思い。


「え? ガン無視ですか?」


 ラナが何だコイツみたいな顔をする。

 やはり卵の殻のようなのっぺりした白い仮面では圧が足りなかったか、多少値は張るが鶏の顔をもした仮面にすべきだったか。


「図書館の使用を……」


「マジでそれで押し通す気ですか」


 呆れたようなラナの声に、なぜコイツは俺を俺だと確信しているのだろうかと首を傾げそうになった。

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