第71話 貧乏子爵家次男のオープニングセレモニー3

 *


 まずは一番金のかかりそうな所から済ませる事にした。

 つまりは剣だ。


 相変わらず商売する気が感じられないボロボロっぷりであるトルロッソ武具店の扉を開ける。

 空中を舞う埃すら見当たらないガラガラの店内は、やはり何かしらの商売をする店舗だとは思えない。


 そして相変わらず店内は無人である。

 まさかまたカウンターの裏で倒れていないだろうなと、覗いてみるが店主であるテペの姿はない。


 倒れていないのが当然なのだが、あの店主に関して言えば倒れていても不思議じゃないのが怖い。

 正直言えば倒れていない事にちょっとガッカリした程だ。


「人が倒れていない事に残念な顔をするのはどうかと思いますよ」


 エリカが、まぁ若干理解は出来ますが、と言い足しながらカウンターの上に置かれたベルを指さす。


「ご用のさいはお呼びください、だそうですよ旦那様」


 エリカが指すベルを見て若干の躊躇を感じる。

 ベルを押した瞬間に店の奥から奇声を発しながら髪を振り乱し、お客様だぁあああと叫びながら出てくる店主テペの姿を幻視したからだ。


 あの女ならやりかねない、というのは決して失礼な想像ではないと思う。

 いやいや流石に失礼だ何を考えているんだ、と思いなおしベルを鳴らす。


 涼やかなベルの音がガランとした店内に染み渡る。


 正直に言えば変な想像をしたせいで、過度にリラックスしようとしたのは否めない。

 だからと言って油断したわけではない、相手はテペである。


 こんな店内に商品を全く置かない奇妙な武具店を経営し、客が来ないからとカウンター裏の床で眠りこけるような変人である。

 髪を振り乱しながら奇声を上げ半裸で奥から出てくる程度までは覚悟していた。


 だがこれは無いだろう。


「お客様ぁあああああっ!」

「うぉおおああ!」


 床板を勢いよく跳ね上げ、店の床から突然生えてきた店主テペを見て、俺は悲鳴を上げた。


 *


 短いとは言え悲鳴を上げた事をエリカに怒られた。

 ついでに言えばテペも一緒に説教されている。


 店主と言えば一国一城の主と同義である。城の主とあらば店内では自由であろうとするのは当然ではあるが、その店主が客を迎えるに床から現れるなど弁えるべき礼節という物があるでしょう、と。

 しごく真っ当な説教である、何故俺まで一緒に説教されているのかという疑問は湧くが。


 まぁテペが床から生えてきた瞬間に、悲鳴こそ上げなかったが俺の服の裾を握ったエリカが可愛かったので何も問題はない。

 エリカの短いが割と濃い説教から解放された俺とテペは、また二人で怒られちゃいましたねーと無言の共感を示しながら商談を始める。


「何をしたんです?」


 俺の剣を見ての第一声がそれだった。

 先程まで床下の物入れで居眠りしていた人間とは思えない真剣な声音だった。

 ちなみに俺も訊きたい。


 魔境の森から帰ってきて剣の手入れをしようとした時には既にこの状況だったのだ。

 つまりはテペが今見ているように、剣全体にヒビか血管か葉脈かのような模様が浮き出ている。


 元々この剣は身体強化を剣にまで通せるようにと魔鉄と呼ばれる特殊な素材で出来ており、身体強化使用時には木目のような模様が浮かび上がっていた。

 だが何もしない時は見た目はただの剣だったのだ。


 それがこんな風に剣全体に血管のような模様が浮き出ている状態は普通ではないだろう。


 最悪は剣の買い直しである。

 打ち直しとかでどうにかならないだろうかと思いながらもテペの質問に答える。


「何も特別な事はしてないんだけどな」


「特別な事をした人間はだいたいそう言うんですよ」


 と言われてもなぁ、普通に剣に身体強化を使っただけなんだよなぁ。

 とそのままテペに伝えた所、彼女は相変わらずボサボサの黒髪をわしゃわしゃと手でかき回しながら疑わしげな視線を俺に向けてくると、目に筒のような物をあてがい剣を舐めるように見ていく。


「んー魔鉄の一部が変質してますね。脆くなったりしているようには見えないんですが……あーでもちょっと待ってくださいよぉ、わっしこれどこかで見てますねぇ」


 どこでだったかなぁと呟きながらテペが小さい金槌のような物で剣をキンキンと叩いていく。

 あーこれ、たぶん中の方も大丈夫ですね。


 まるで独り言のような、いや実際に独り言なんだろうなと思いながらテペが検査する様子を眺めていると、テペがピタリと動きを止めた。


「これ」


「これ?」


 テペの独り言のような呟きに思わず訊き返してしまう。


「図書館都市で見たやつじゃないですか!」


 テペがボサボサの黒髪を振り回しながら頭を抱えてグネグネと悶える。

 テペの奇態には慣れたつもりだが正直ちょっと怖い。


「どうしてそんなに冷静なんですか!」


 何故か怒られる。


「そりゃ“見たやつ”と言われても分からない上に図書館都市ってのも分からないからな」


 と俺が肩をすくめて答えるとテペがうがぁあと叫び、エリカが背後からそっと「図書館都市というのは南方のソルダス王国にある都市の事ですよ」と教えてくれた。

 それで思い出す。


 大陸南方にあるソルダス王国の図書館都市、街一つが巨大な図書館であり、学術と魔法を極めんとする人間が多く住む街、だったかな?


「これ!」


 テペが俺の剣を指さす。


「図書館都市の反射魔力炉の実験炉で出来る金属です!まだ名前も付いていないような、量産どころか安定して生成する目処も立ってないようなやつです!」


「へぇ」


「へぇ、じゃないですよ!?」


 テペが頭を抱えて、なぜ事の重大さが通じない、と叫ぶがそれは間違いなくお前の説明が悪いせいだという言葉は飲み込む。

 目が血走っていて怖かったからだ。


「ロングダガーの旦那」


 目が完全に据わったテペが言う。


「何があったか洗いざらい話してください、じゃないと……」


 じゃないと? 視線だけで先を促す。


「旦那の剣でわっしの腹をかっさばいて切れ味を確認しますからね」


 そりゃどういう脅しだ、と俺は溜息を吐いた。

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