第70話 貧乏子爵家次男のオープニングセレモニー2

 *


 メルセジャからの突然の奇襲に俺が大いに狼狽していると、自室から出てきたエリカに怒られた。

 貴族たるもの多少の事で声を荒げるようでは他者に侮られますよ、と。


 一応は貴族である俺としてはグヌヌとなる意見ではあるのだが、メルセジャの告げた内容は多少の事ではないだろうと思う。

 あの“親切なバルバラ”がヘカタイに来ると言うのだから。


 と、言うような事をテーブルに着いたエリカに説明したが、返ってきたのはキョトンとした表情だった。

 あと心なしか肩すかしを食らったような顔をしている、何故か意味不明の罪悪感を感じる。

 ちなみに宰相殿からの手紙が届いていると伝えた所、そうですかの一言で手紙はテーブルの端に追いやられている、宰相殿かわいそう。


「シンのお師匠様がヘカタイに来られる事の何が問題なんです?」


 新天地での弟子の様子が気になるのでしょう、とエリカがむしろ喜ばしい事では?みたいな顔をして言う。

 冒険者であるメルセジャでさへ、何が問題なのかと言う顔をしている。


 二人の何をそんなに驚いているのか理解できないと言いたげな、奇異な物でも見る視線を受けながらも何とか平静を取り戻す。

 まだ俺が終わったと決まったわけではないのだ、エリカは俺の顔を見る為と思っているみたいだが師匠の思考回路を他者が理解できると思ったら大間違いだ。


 あの師匠なら気紛れに魔境の森を平地にしたくなったから、という理由でヘカタイに来たとしても何一つ驚くには値しない。

 俺は声が震えないように注意しながら問う。


「師匠が何のためにヘカタイに来るか聞いているか?」


 メルセジャがいまいち分かっていない顔で「へい」と相づちを打つ。


「弟子の様子を見る為だと聞きやしたね」


 終わったぁ! と叫ぶ俺はエリカにまた怒られた。

 *


 わたしゃもうちょっとコッチで色々と調べてからファルタールに戻りやすんで、お嬢様には出来れば手紙の返信なんかを頂けると宰相様が喜ぶんでよろしくお願いしやす。

 そう言ってメルセジャは帰って行った。


 俺はその背中を信じられない物を見る目で見送った。

 結局最後までエリカにもメルセジャにも俺が終わったという事を分かって貰う事は出来なかった。


 モヤモヤする、凄いモヤモヤする。

 何故だ、エリカはともかくメルセジャは分かって当然ではないのか? ファルタールでランク6と認められるような冒険者だぞ、師匠がどういう人間か知っているだろう。


 まさか俺を見捨てる気か、畜生そうなんだな、分かっていてあえて分からないフリをして逃げる気だな?

 いや違う、師匠の目的が俺だからと安心しているのか?


 くそぉ、覚えてろよ。

 師匠に会ったらお前に大変世話になっているんだと言ってやるからな。お前なんて師匠に“親切”されちまえ。


「シン?」


 隣に立つエリカの不思議そうな声。


「とても悪い笑顔を浮かべていますが、どうかしましたか?」


「いや、何でも無いよ。ちょっとだけ師匠に会える日が楽しみになっただけ」


 俺の返事に、はぁと溜息の様な返事を返したエリカは、それはそうと、と話題を変えた。


「今日はどう致します? 何も無ければわたくしは……」


 宰相殿への手紙でも書くのかな?


「魔物を狩りに行きたいのですが」


 体調の確認も兼ねて、そう言ってエリカは色が戻った赤髪を撫でた。

 ……宰相殿かわいそう。


 *


 エリカの魔物を狩りに行きたい、という要望は相談の結果後日という事となった。

 特に身体の調子がどうとか、そういう理由では無い。近いうちに師匠の襲来があるという精神的なダメージはあるが。

 少なくとも師匠がヘカタイに着くまではもう少し余裕があるはずだ。


 メルセジャが師匠がヘカタイへと行くつもりだというのを聞いたのがどのタイミングかに依るが、少なくともメルセジャが先にヘカタイに着いているので出発直前という事は無いはずだ。

 師匠の足ならば寄り道しなければ三日かからないだろう、全力だったらもっと速い。


 という事は、もしかしたら気が変わったという可能性すらもあるのである。

 頼むそうであってくれ。


 いやまぁそれは兎も角として、俺は避けられない危機を脇に追いやって忘れる。


 俺は装備品を補充しなければならない。

 俺達は、特に俺はオーガナイトと戦った時に殆どの道具類が吹き飛んでいる。そして回収できていないのだ。


 それらはとうの昔に塵と化してるだろう、割と洒落にならない損害額である。

 エリカの前でなかったら叫びながら地団駄を踏んでいただろう。というかいない時に踏んだ俺は。


 特に冒険者が使う魔道具関係が痛い、痛すぎる。

 大商家が使うような家が一軒建つような魔道具ではないにしても、冒険者が使う魔道具も高いのだ。


 エリカが宰相殿から持たされた冒険者向けの魔道具が無事なのは不幸中の幸いだが、俺だけの分だけでも相当痛い。

 つまり装備品の補充をしないと冒険者としての活動に支障をきたしかねないのだ。


 というより何故に俺からは、こうも簡単に金が飛んでいくのだろうか?

 貧乏性が行き過ぎた結果、貧乏に好かれているのか俺は。

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