短編4 パンタイルは欲得を尊び誤謬を飲む

短編 パンタイルは欲得を尊び誤謬を飲む


 ジェニファーリン・パンタイルのクラスメイト。

 信じられない程の貧乏子爵家の次男であり、貴族でありながら冒険者であるシン・ロングダガーは怪物である。


 如何なる奇跡の産物か、本人は至って自分を凡庸であると評価しているが。

 パンタイルの黄金の瞳は確かにその価値を正しく見いだしていた。


 普段はパンタイルの鑑定スキルをもってしても凡庸であるが、身体強化を使用した時の“蓋が外れた”かのような鑑定結果は、数多くの人間を鑑定スキルで見てきたジェニファーリン・パンタイルをして驚かせるものだった。

 まさしく人間かどうかを疑った。


 だが、ジェニファーリンのクラスメートには正真正銘の化け物が二人いた。

 光の巫女とエリカ・ソルンツァリの二人である。


 パンタイルの瞳はかの二人を疑いの余地無く怪物と断じ、ジェニファーリン・パンタイルが初めて二人を見た時は、人の形をしているが故に本当に怪物なのかと逆に疑った程だ。

 その立場、その能力、確かに良く目立つ二人だった。


 片や神に愛された光の巫女であり、片やその親友であり実質的に光の巫女の後ろ盾になりつつあるソルンツァリ家の長女である。

 今や噂通りならばソルンツァリが光の巫女を誰に紹介するかで貴族社会の勢力図が大きく変わりかねない状況だ。


 だがジェニファーリンが二人を気にしている理由はそんな所には無かった。

 先行者利益は確かに魅力だが、後追いで先行者を出し抜き叩きのめす方がジェニファーリンは好きだったし、何より今からあの間に入るのは面倒だった。


 そんなジェニファーリンが二人を気にする理由は人間かと疑った方の怪物、シン・ロングダガーがその二人を気にしているからだった。

 怪物疑いは今も実に巧みに、授業そっちのけで二人の方へと視線を飛ばしている。


 ふむ。

 ジェニファーリン・パンタイルは面白そうだと思った。


 *


 学園では一年で二度、試験がある。

 と言っても貴族子弟が通う学園である。


 進級を問われるのは最初の一年目のみである。

 それ以降は平均を下回ろうが、教師から落第の烙印を押されようが、進級できるし学園を追い出されるという事はない。


 まともな貴族であるならば、それでも明確に教師から落第と評価されたなら二年目以降であってもそれを恥として学園を去ったりするのだが。

 そういった貴族的恥とは無縁である少年、シン・ロングダガーは一年目の最初の難関をくぐり抜けた安堵に――実にぬけた顔をしていた。


「四ヶ月後が楽しみだなシン」


「おっと不意打ちで致命傷を与えようとしてくるのは友人としてはどうなんだ?」


 友人シンがぬけた顔をしていたので、つい開口一番でからかいたくなってしまった。

 まぁ“友人としては”の言葉が聞けたので収益は黒だなと、ジェニファーリンは微笑む。


「友人としての是非を問われて微笑まれるのは、自称友人としては不穏に過ぎるんだが? もしかして俺は友人であるという立場に疑いを持つべきか?」


「安心したまえ我が友よ、君の立場は私の中では既に竜の鱗より固い地盤の上にあるよ」


 俺はその固い地盤の上に片足で立たされている気分だよ、とは次の数学の授業の準備をしながらのシンの言葉。

 うーん実に巧みだ。


 ジェニファーリンは呆れるよりも先に感心の方がきた。

 話しかけてきた自分の身体を巧みに使い、授業の用意をしながら、自分に話しかけながら、巧みに自然に視線をかの二人の方へと飛ばしているからだ。


 商隊の護衛に雇う斥候系冒険者の目を思い出させる。

 つまり我が友人殿は自身の食い扶持と命をかける冒険者と同じ心持ちで彼女たちを、いや正確にはそのどちらかを見ているという事だ。


 ふと疑問が頭に浮かぶ。


「まさか暗殺か?」


「誰か殺したい奴でもいるのか?」


 呆れたような、それでいて本当にそうなら場合によっては手伝うぞという意思を感じさせる瞳に、おっとこれは望外の反応が返ってきたぞと、内心の狼狽えを表に出さずにジェニファーリンは首を横に振る。

 シンのそれは貴族の謀殺のそれではなく、場合によっては自分の手を汚すことすら厭わない雰囲気がある。


 いやいや、これは良くない。

 そんな覚悟を平然とばらまくのは良くないぞ我が友よ。

 ふふ、シンめ、コヤツめ。


 喜んでいる場合ではないと気を持ち直す。

 いやしかし即答か、そうか即答か。うぇっへっへ。


「いや何、我が友よ。どうも君に気になる人がいるようなのでな? さてどちらかと気になってな」


 ジェニファーリンは見逃さなかった。

 自分の言葉にシンの視線が一瞬不自然に逸れるのを。

 その先を。


「嗚呼、あの二人は目立つからな」


 らしくない腹芸を披露するシンの事が内心面白くて仕方が無い。


「貴族の一員としてはつい目で追ってしまうな」


 ほう、君がそれを言うのかと商談用の顔をして思う。

 そういうのは普段から“らしい”行動をしてから言うものだぞ?


 流儀らしいから外れようとも隠そうとするシンが面白くて仕方が無い。

 正確には商談相手がついに見せた、自分でも理解できる欲に嬉しくなる。


 ジェニファーリン・パンタイルは欲得を肯定する。

 欲得でもって歩む者を信じる、止まらぬ足こそがたっとく愛おしい。


 おいおい、それなのに、隠すだなんて。

 胸の内に秘めるだなんて。

 ――強欲な君らしく無いじゃないか。


 わっるい顔してんなぁ。

 ジェニファーリンはシンが自分の顔を見てそう呟くのに気が付かず微笑んだ。


 *


 敵はエリカ・ソルンツァリ。

 大侯爵家でありその当主は王国宰相。

 その長女となるとパンタイルをして躊躇させるに十分である。


 いやはや、まさかシンが光の巫女に懸想するとは、実に面白いではないか。

 少々特殊な子爵家ではあるが、それでも王族大貴族を相手にするのは、しものシン・ロングダガーをして胸に秘させるものらしい。


 入学当初であればもう少しチャンスはあっただろうが、今やエリカ・ソルンツァリの盾は下級貴族を近づけさせない。

 真っ当なやり方ではシンが光の巫女に近づくのは難しいだろう。


 さてどうしたものか?

 ジェニファーリンは考える。


 エリカ・ソルンツァリを学園から排除するという案は早々に捨てた。

 流石に自分の面白いを優先して国を混乱に陥れようと思うほど馬鹿ではない。


 それにソルンツァリ家を相手にするなら、国を瓦礫の山にした方が楽だし早い。

 背負うものが多い相手と戦う時は本人を叩くよりそっちの方がらくだしたのしい。


 ああ、駄目だ、どうも壊す方向に思考が向いてしまう。

 これもシンが悪い。

 こんなにも戦いがいのある敵をつくるシンが悪い。

 だがしかしまぁ、彼はそういうのは望まないだろうなぁと思う。

 何となくだがそんな気質のような気がする。


 いやしかし、そうなると……。

 嗚呼、いや待てそうだな。


 シン・ロングダガーが光の巫女に懸想するのが身分不相応だと言うのなら。

 シン・ロングダガーの方を壊せば良いじゃないか。


 *


「と言うわけでシン、君は英雄になろうか?」


「悪いが俺に医者の知り合いはいないぞ?」


「即答でこちらの正気を疑いに来るのは実に楽しいやりとりだが、パンタイルは割と平時から狂っているので正気を問うのは止めたまえ。気付かされると傷つくんだ」


 難儀な一族だな、とぼやくシンが昼食を中断してジェニファーリンに顔を向ける。

 実に巧みに背後に向かう視線をもはや問うことはしない。


 ジェニファーリンにとってそれは明確な答えにしかならない。

 まずは二年ほど下準備だな。


 授業で実戦が入ってくれば流石にシンであっても自分の異常性に気が付くだろう。

 それまでに準備を整えるのだ。


 光の巫女に近づこうとする邪魔者どもを全力で妨害し、そして来たるべき日には我が友シン・ロングダガーが英雄として最速でその隣に立つのだ。

 なんと楽しい欲得の最果てか。


 エリカ・ソルンツァリや他の王族大貴族どもの驚く顔が実に見物であろう。

 そこまでの道はこのジェニファーリン・パンタイルが用意してやろうではないか。


 敵がいないのであれば作ってやれば良い。

 偉業が必要なら試練を作ってやれば良い。


 ここはファルタールである、どちらも作るに容易いのだ。

 自分がシンの為に舗装してやる英雄へといたる道を想像してジェニファーリンは笑う。


 自分の昼食を中断させられたシンが実に迷惑そうな顔をしているのに気が付かず、ジェニファーリンはやっと見つけた“投資”の仕方に満足した。


 彼女が「そっちかよ!」と叫ぶ事になるのは、およそ二年後の事だった。



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いつもコメント、良いね等々ありがとうございます。

大変、励みになっております。

割と過去編というか短編が楽しくて、本編の手が止まりかねない状態でしたが。

仕事の方が忙しくなるのが確定的に明らかになったので、本編の方に注力したいと思います。

気安い雰囲気になると名前呼びになるジェンとシン

二人の世界にはいると君貴方になるエリカとシン

とかそういう細かい遊びが出来て楽しかったんですが。

いかんせん作者は遅筆、本当は学生冒険者だったシンの話とかも書きたかったんですけどね。

いつかまた機会があれば書きたいと思います。

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