短編3 ロングダガー観察日記

短編3 ロングダガー観察日記


 ジェニファーリン・パンタイルは大いに誇りを傷つけられていた。

 シン・ロングダガーの頑固さによってである。


 あの日、倉庫街で助けられてから。

 ジェニファーリンはシンに幾度となく“投資”しようとしてきた。


 一時はあのパンタイルが歴史だけが取り柄の貧乏子爵家に興味を持つなど何事かと、学園で噂になる程だったが。

 ジェニファーリンの普段のおこないのせいか、パンタイルらしいパンタイルの奇態であろうと今では誰も気にしていない。


 ところが、その最もパンタイルらしいパンタイル、百年に一度のパンタイルであるジェニファーリンはことごとく投資に失敗していた。

 とにかくシンが受け取らないのだ。


 ジェニファーリンとて馬鹿ではない。

 真正面から買い与えようとしてもシンが受け取らないのは最初から分かっていた。


 だからキチンと理由を付けて“投資”しようとするのだが何故か断られる。

 金が無いと言うわりには金にも物にも頓着とんちゃくしないというか執着心がないというか、何かこう価値観の根本が自分貴族と違うのではないか? とジェニファーリンは思う。


 ジェニファーリンはこれなら断られないだろうと、大勢のクラスメートがいる教室で先日の礼がてらに食事に誘った所。

 シンに「この前貰った物以上の礼なんて無いからいらん」と断られ。


 クラスメートから大いに誤解受け、恥ずかしい思いをした結果得た結論だ。

 無駄には出来ない。


 ジェニファーリンは、自分の礼の言葉ごときに高値を付けすぎだと、怒りながらシン・ロングダガーの観察をおこなう事を決めた。


 *


 観察をする、と決めたジェニファーリンは迅速だった。

 部下を使いシンを、そしてロングダガー家を調べていった。


 その結果は割とジェニファーリンを驚かせるものだった。


「まさか君が領地貴族の人間だったとはな」


 ジェニファーリンがそう言ったのは学園での食堂での事だった。

 ジェニファーリンの言葉にシン・ロングダガーが皿から視線を上げてマジマジと見てくる。


「調べたのを不愉快に思ったのなら謝ろう。誓って悪意があっての事ではない、パンタイルのさがだと思ってくれると嬉しい」


 失礼にならない程度の必要最低限のマナーしか守る気は無い、そう言いたげな所作しょさでフォークとナイフを皿にいったん預けると、シンが首を軽く横に振る。


「いや、自分の家が領地貴族だってのを初めて知って驚いただけだ」


「おっと初手でこちらの謝罪を無為むいにするのは止めるんだマナー違反だ」


 どんなマナーだ、と呟くシンにジェニファーリンは本当に驚いていた。

 貴族であれば自分の家に対して普通は無関心でいられない。


 自分の家だから、とかそういう理由ではなく貴族社会で生きていく上で家格の把握は立ち位置の把握であり、出来ること出来ないこと、やって良いこと駄目なこと、全てについて回る問題であり。

 つまりはどうやって生きていくのか? という事すら決まる重要な部分だからだ。


 ましてやロングダガー家のような特殊な子爵家にとってはより重要な問題のはずだ。


「王都に自領を持つ子爵家、というか貴族家なんてものがある事を知らなかった自分を恥じたんだが、その家の者がこうでは恥のかき損だな」


 ジェニファーリンの呟きにシンが小首を傾げる。

 清々しいほどに自家に対する興味が無い。


 領地貴族、つまりは王よりその土地を治めよと貸し与えられた貴族の事だが、普通は伯爵以上を指す言葉であり。

 子爵や男爵は更にその領地貴族から幾つかの村や街などを治めるようにと又貸しされているにすぎない。


 もちろん例外は幾つもある、パンタイル家もその一つである。

 ただしそれでも、王都に自領地がある子爵家などという特殊な存在ほどでは無い。


 例え王より貸し与えられた領地が屋敷一つ分しか無いとしても、その特権的な立場は異常と言うほか無い。

 ロングダガー家がもしその気になった場合。


 ロングダガー家が完全武装の私兵を王都に招き入れるのを止める法は存在しないのだ。

 もし王家がそれを防ごうとした場合ロングダガー家から土地を取り上げなければならないが、そんな事をすれば他の貴族家がどんな反応を起こすか分からない。


 少なくとも良い気はしないだろう。

 ファルタール王国が他国のように領地に爵位が付随しているのなら、ロングダガー家に伯爵領を与えるなりすれば容易く解決する問題だった。


 だがファルタール王国では爵位は家に付随している。

 ロングダガー家を伯爵に叙した所で、屋敷一つ分しか領地のない奇妙な伯爵家が一つできるだけだ。


 おそらくロングダガー家には特殊な事情という物があったのだろうとジェニファーリンは推測する。

 ロングダガー家は歴史を遡れば建国時にまで遡れる名家だ。


 現存するそのような貴族家で、分家筋ではなく本家筋が残っている例など片手で足りる程しかない。

 有名な家を上げるならソルンツァリ家などだ。


 歴史だけを見れば名家であるのに調べるまで分からなかったロングダガー家とは対極にある、真っ当な歴史ある大貴族家だ。

 そう言えば同級生にその長女がいたな、とジェニファーリンは思い出す。


 光の巫女にソルンツァリにロングダガー、我がクラスは中々に特殊な連中に富んでいるなと、ジェニファーリンは自分もパンタイルという特殊な家の出である事を忘れて思った。

 忘れたというよりも他の特殊性の前で霞んだと言った方が正確だが。


 しかしその特殊性はロングダガー家にとっては苦労の種でしかなかった。

 ジェニファーリンはシンの前に並べられている皿を見て思った。


 マジマジと見たつもりは無かったが、シンが器用に視線を辿ってサラダが盛られていた皿を見て首を傾げる様子にジェニファーリンは溜息を吐きそうになる。

 ロングダガー家は貧乏だった。


 それもビックリするほどの貧乏だった。

 家が存続している事自体が奇跡に思える程の貧乏っぷりだ。


 何せ貴族がもう十分に食べたと、自分は出された食事を残す事が出来る身分なのだと示す為だけにサラダに添えられる小さいトマトまで食べる貴族などロングダガー以外にはいないだろう。

 少なくともジェニファーリンは他に知らない。


 ヘタを残せばマナー違反ではないという死文と化してる注釈が、まさかロングダガー家の為だけに存在しているなど、部下に教えられるまで知らなかった。


「今日のサラダは美味かったぞ?」


 テーブルマナーに注釈として特別扱いされる程の貧乏子爵家次男は明後日あさっての方向に気を回してきた。


「そうか、後で楽しみにするよ」


 ジェニファーリンの答えに「いや学園ここの食事は全部美味いからサラダだけ特別扱いは作ってくれた人に失礼だろうか?」と更に明後日の方向に向かって飛んでいくシン。


「それで、俺の家の事なんか調べてどうしたんだ? 歴史しか無いから調べた所で何も出ないと思うが」


 料理人に対する問題は心中で整理が付いたのか、水を飲みながらシンが直裁ちょくさいに尋ねてきた。

 真正面から調べたと告げた自分が言えた事ではないが、こういう所も貴族らしくないなとジェニファーリンは思う。嫌いではない。


「君が私からの礼を受け取らないからな、からめ手で攻めてみようと思ってな」


 シンが自家を“なんか”と呼べるぐらいにロングダガー家が貧乏なのは当然だった。

 何せ領地貴族であるのにその領地から得られる収入が皆無なのだから。


「またその話か?」


 ウンザリしつつも礼をしたいという自分の気持ち自体を否定する気は無さそうな所にジェニファーリンは好感を覚える。

 単純に本当にもう要らないだけなのだ。


 礼の言葉だけ“で”良いではなく、礼の言葉“が”良いというのが彼の本音なのだ。

 商売人としても貴族としてもけつの毛まで毟られかねない価値観だがジェニファーリンの黄金の目はそれを宝石と捉える。


「それでビックリするほどの貧乏な我が家を調べて何か攻め手でも見つかったか?」


 シンの質問にジェニファーリンは素直に首を横に振った。

 真実見つからなかったからだ。


 本人が無理なら家の方から、等と考えたがロングダガー家は盤石だった。

 驚く事にロングダガー家は財政面に目を瞑ると非常に健全な貴族家だった。


 シンの兄は文官として城に勤めているし、現当主である父親も王国の法務省でそこそこの職に就いている。

 更には弟までいるので跡継ぎ問題は起きそうにないし、兄には既に婚約者がいる。


 貧乏子爵家にしては出来過ぎな程に盤石だ。


「壮健なご両親に優秀な兄に聡明な弟。実に良い家庭だな、割と兄弟間で争うことの多い私の家より居心地が良さそうだ」


「兄姉喧嘩は良くないぞ。俺の弟なんて凄まじく可愛いからな」


 貴族家での兄弟間での争いを兄弟喧嘩あつかい出来る時点で貴族らしくない。

 つまり家の存続という点に置いてロングダガー家は何一つ危機を感じていないという事だ。


 何故か? 答えは少し考えたら簡単に出た。

 他の貴族家がロングダガー家を助けているからだ。

 それも一つや二つではない、軽く調べただけで多くの貴族家、それも大貴族と呼ばれるような家々がロングダガー家を影から支援していた。

 表だって支援しないのは王家に対する控えめの配慮でしかない。


 中下級貴族にとってロングダガー家は何一つ価値は無いが、大貴族にとっては違う。

 ロングダガー家が存在し続けるだけで、王家はその喉元に短剣を突きつけられているのと同じなのだ。


 嫌がらせのような細い短剣ではあるが使いようによっては致命に至る短剣。

 成る程、家が存続するよう手を回す程度はするだろう。


「まさにロングダガーだな」


 ジェニファーリンは小さく呟くと、さてどうやってコイツに“投資”するかと考える。

 家からというのは無理だ。


 ロングダガー家に直接何か支援なり援助なりしようとするなど要らぬ波風が立つどころか、下手を打てば最悪は冗談では無く内乱だ。

 ジェニファーリンも流石に自分の礼のせいで国に内乱をもたらすというのは目覚めが悪い。


 ジェニファーリンは目の前で自分の弟が如何に可愛いかと語るシンを眺めながら、頭を悩ませた。


 *


 次の日、ジェニファーリンは怒った。

 激怒したと言っても良い。


 部下からの報告を聞いたからだった。

 シン・ロングダガーは冒険者であると。


 魔法の授業で恐ろしいほどのやる気の無さを周囲に隠さず見せつけたシンを教室で見つけると、ジェニファーリンは一直線で目の前まで歩いて行くとその襟首を無言で掴んだ。

 何事かと教室中の視線を集めるがジェニファーリンは気にしなかった。


 ふざけるなと思う。

 コイツはホントにもうふざけるなと思う。


 ジェニファーリンは戸惑うシンを無視して教室の外へとシンを引っ張っていく。

 シンが少し本気を出せば自分程度では動かすことすら難しいと分かっていても気にしなかったし、何なら本気を出さないだろうシンにも腹を立てていた。


 貴族社会では割と有名なパンタイルの娘であるジェニファーリンが怒った様子でシンの襟首を掴み廊下を歩く姿は、それだけで噂になるような物だったが。

 引っ張られているのがシンであると分かるとだいたいの人間が、あぁ何だあの不真面目なロングダガーが何かやったのかと、そんな顔をした。


 それも腹立たしいが、とにかく今はシンに怒っていた。

 適当な空いている教室にシンを連れ込むとジェニファーリンは開口一番その怒りを一言に込めた。


「君はアホか?」


 嘘である、怒りの余り口が回らなかった。


「自慢じゃ無いが学園での成績は入学以来最下位を譲った事はないな」


 ジェニファーリンは無言でシンの両頬を引っ張った。

 言うに事欠いてそれかと思う。


「あー待て待て、無言で人の頬を引っ張るのは止めなさい。怖いからね?」


「君は」


 ジェニファーリンは頬を引っ張るのを止めた。


「シン、君は冒険者をやっていると聞いた」


 ジェニファーリンの言葉にシンの瞳に理解の色がともる。

 そうだ、分かれ私のこの怒りを。


「あーうん? そうだな、貴族なのに冒険者になるなんてのは真っ当な貴族からすれば批判されるというのはりか…イタタタタ! 待て!ジェン脇腹を棒で刺すのは止めろ! というかその棒はなんだ、どこから出した!」


「今さらその程度で私が怒る等とは随分な侮辱だなシン」


 まったく分かっていないではないかと、ジェニファーリンは護衛を呼び出す為の魔道具をグリグリしながら言う。


「悪かった、本当に悪かった。だから骨を的確にグリグリするのは止めろ」


「本当に理解したのか極めて疑問だが、まあ良い」


 ジェニファーリンは棒状の魔道具を仕舞う。


「ジェンは無表情で怒るタイプか。見誤ったな、てっきり口から数限りない無数の暴言が飛び出してくるタイプだと」


 シンが脇腹をさすりながら言う。


「私もビックリだよ、まさか自分が口が回らなくなるとは思わなかったよ。父に間違ってお気に入りの人形を捨てられた時ですら二時間罵倒し続けられたというのに」


 親父を二時間も罵倒し続けたのか、小声でシンがおののく。


「そんなに俺が冒険者をしてるってのが怒らせるというのは、いっそ光栄に思うべきかな?」


「やはり分かってないな、期待してなかったがな」


 自分の言葉に脇腹を庇うシンに溜息を漏れそうになる。


「冒険者が得物をなくして、その弁済を断るとはどういう了見かと私は怒っているのだよ」


 その言葉を言うのは少々恐怖を伴った。

 シンが武器を無くしたのは自分を助ける為であり、弁済の義務を負うのは自分だろうという自負がジェニファーリンにはあった。


 それ故に彼女にとっては怒ると同時に恐怖であった。

 知り合って間もないのだから、貴族でありながら冒険者である等という話を聞かされていないというのは良い。


 だが剣の弁済を求めないというのはどういう事か? 冒険者であるならば武器とはまさに命を預ける文字通りの生命線である。

 その弁済を自分に求めないのは――、“礼の言葉が良い”というのは、私を安く見積もったが故の言葉ではあるまいな?


 その疑問はジェニファーリンにとっても、ジェニファーリン・パンタイルにとっても恐怖伴う物だった。

 あの人間かと疑いたくなる鑑定結果が目の前をちらつく、アレから見ればこの世界の大半などツマラナイものなのではないか? 私もツマラナイ側に放り込まれたのではないか? シンはこの世の何物にも価値を見いだしていないのではないか? “礼の言葉が良い”とはつまり……。


 いや違う、ジェニファーリンは賢しく理由をこねくり回す自分に対して心中で首を横にふる。

 どう理屈をこねくり回しても、それはどれもただの言い訳だ。


 結局の所は礼の言葉が良いというシンを気に入った自分を否定したくないのだ。

 鑑定スキルという盲が晴れて、ただ自分の目だけでの初めての値付けがまさしくシンのその言葉だったのだ。


 だから怒ったのだ。


「ああ……いや全くもって私もまだまだ子供だな」


 なぜ自分が怒っているのかまだ分かっていないシンの顔を見て思わずジェニファーリンは呟いた。

 単純に鑑定スキルに依らない値付けが、暗い物であってほしくないから怒っているのだ。


 自分の目で自分が気に入ったシン・ロングダガーの価値が下がったかのように感じるから嫌なのだ。


 鑑定スキルだけで見れば彼の価値など不動の物だというのに、なんと我が儘な事か。

 ジェニファーリンは自分が怒っている理由が分かれば分かるほど恥ずかしくなってくる。


「あー、つまりはもう怒っていない?」


 シンがジェニファーリンの呟きを拾って小首を傾げながら言う。


「いや、まだ怒ってる。それはそれとして、これはこれで怒っている」


なにがそれで、どれがコレなんだ」


 ジェニファーリンの言葉にシンが途方に暮れたような顔をする。


「シン、君の剣は私を守る為に壊れたのだ。それを私が弁済したいという気持ちを汲まないというのは恩を受けた身としては怒ってしかるべきだろう。ましてや冒険者の生命線である武器だぞ」


 変な言い回しだと思いながらもジェニファーリンは言った。

 貴族らしからぬ直截な言い方が妙に気持ち良いなと思いながらもシンの答えを待つ、またあの鑑定結果が目にちらつく。


「と言われてもなあ」


 シンが困った顔をする。


「俺は冒険者でアレは俺の剣で、俺の実力不足のせいで折れたわけでだな、つまりはその結果ふくめて俺の行動なわけでだな……」


 自分の考えをどうにか言葉にしようと四苦八苦するシンを見て、知らず身構えていた身体が緊張を解く。


「言葉にするのが苦手過ぎないか?」


 思わず呆れの言葉が口をつく。


「自覚はある」


 真面目に答えるシンに思わず笑みが浮かぶ。


「あーっとだな、つまりだなジェン? あの剣が折れたのは俺のせいで、つまりは俺はその俺のせいを誰にも渡したくないんだ。だからジェンが俺に怒るのはまぁ怒ってくれて良いんだが、俺としては剣が折れたのは俺の物であってだな、だから本当にあの件に関しては礼の言葉が最上の物で、それ以上の物なんて無いんだよ」


 理解しがたい言葉に目眩を覚える。

 冒険者としてはこれが普通の考えなのだろうか?

 いやそんなワケがない、仕事で何度か会った冒険者も使った冒険者もこんな考え方をしない。


 それともあの鑑定結果のせいだろうか? とジェニファーリンは考える。

 自分が考えていたのとはまったく違う形でシン・ロングダガーはシン・ロングダガーなのか。


「シン」


「なんだ?ジェン」


「君は希に見る強欲な人間だ」


 自分の言葉で首を大きく傾げるシンを見ながらジェニファーリンは微笑む。

 まぁこの男は分からないだろう。


 自分の行動の結果は全て自分の物で、他者とそれを一切分かち合う事を良しとせず、それ故に他者の言葉にこそ最大の価値を見いだす。

 あの鑑定結果だ、そうなるだろう。


 本人にその自覚があるかどうか分からないが、シン・ロングダガーにとって自分とその行動の結果を分かち合えるような人間などそうは居ないのだ。

 なんという傲慢さか。


 自分の行動の結果を独占するが、そのくせ他者からの言葉に最上の価値を見いだすからよこせと言う。

 なんという強欲さか。


 金に困りながらも金に執着しないのも、その根元にあるのは同じ傲慢さと強欲さだ。

 ジェニファーリンは思う、鑑定スキルの結果を知らなければシンを誇大妄想狂の変人だと思っていただろうと。


 そして自覚があろうと無かろうと、こんな男が自分に価値を見いだしていないのだ、それどころか平凡だの本気で思っている節がある。

 ロングダガー家はいったいどんな教育をしているのだろうか?


 まぁ良い。

 商売相手が傲慢であるのも強欲であるのも慣れている。


 むしろそうであるなら、自分パンタイルの戦場だ。

 ジェニファーリンは微笑む。


「その笑顔は……怒ってない? という事で良いのか?」


 あのシンの声に若干の恐れがある事にジェニファーリンは大きな満足を感じる。


「怒って“いた”女性に怒ってない? と訊くのはよした方が良いだろうね、シン」


「分かった、分かったから怖い笑顔は止めろ」


 さて攻め方を変えるかと、ジェニファーリンは笑った。

 結局はシンはシン・ロングダガーでしか無かった事に満足しながら。


 *


 二週間後、ジェニファーリンは呆れていた。

 全ての授業が終わり生徒が居なくなった教室での事である。


 あのシンが自分に頭を下げて懇願しているという事実に軽い快感を覚えながらも、呆れていた。


なんと言ったかな? ああいや答えなくて良いぞシン、覚えてるからな、一語一句覚えてるからな。しかし敢えてまとめて言うならこうだろう」


 何を言われるのかと顔を上げるシンと目を合わせる。


「俺のせいは全部俺の物、だったな」


 シンが声にならない悲鳴を上げて悶える。


「いやいや、構わないよ、構わないともシン。我が友シンよ、いやいやまったくもって気にする必要はない。存分にそうだな存分に私に頼れば良い」


 自分の言葉に少なくないダメージを受けるシンを見てついウッキウキになってしまう。


「それで、私は何を教えれば良い?」


 ジェニファーリンは首を傾げつつ問いかける、次の試験がヤバそうなので助けてくれというシンに対して。

 礼としてではなく、友人として頼まれた事に強い満足感を感じながら。


「全教科になります」


 絞り出すようなシンの声にジェニファーリンは、教えるよりも学園を金で買った方が速いのではないかと思いつつも、鷹揚に頷く。

 そんな勿体ない事は出来ない。


「任せたまえ我が友よ、一科目たりとも落とさせないと約束しよう」


 ジェニファーリンは呆れていた、ほとほとあきれ果てていた。

 友人に頼られてこんなにもウッキウキになる自分に。


「このジェニファーリン・パンタイルに頼った事を後悔などさせはしないさ」


 ジェニファーリンは実に気持ちよくそう宣言した。

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