短編2 ロングダガーの腕は短く、パンタイルは黄金の目を持つ

『ロングダガーの腕は短く、パンタイルは黄金の目を持つ』


 王都の学園に入学して三ヶ月。

 冒険者になって一年と少し。


 十三歳になったビックリするほど貧乏子爵家の次男シン・ロングダガーはファルタール王国の王都街門前で他国へ出発する冒険者を見ていた。

 休日の午後三時、師匠である“親切なバルバラ”の訓練から解放されての事だった。


 冒険者は大きく分けて二つに分類できる。

 特定の国から移動しない冒険者と。

 複数の国を跨いで活動する冒険者だ。


 ファルタール王国は他国と比べて強力な魔物が発生しやすい、という特殊な事情があるせいでファルタールで活動する冒険者の殆どは好んでファルタールで活動している。

 というよりもそれを好む冒険者が集まっているのがファルタール王国だ。


 だが、当然ながらそれを好まない者もいるわけで、そういった冒険者は国を跨いで活動するような冒険者になる。

 その数は不思議な程に少なかったが。


 十三歳のシン・ロングダガーはそんな数少ない多国間で活動する冒険者を見ていた。

 目に浮かぶ感情は微かな憧れと、年相応の無邪気な好奇心だった。


 貴族の一員でありながら十二歳で、ただ冒険者になりたいという理由だけで冒険者になったシンであっても分かる事がある。

 貴族でありながら冒険者になり、なおかつ他国で冒険者として生活する、というのは流石に不可能であろうと。


 なので自分がいま感じているこの微かな憧れが、単に自分がそうする事が無理だから、という所から来ていると分かってはいた。

 分かっていたもののまだ見ぬ他国への無邪気な好奇心と混ざると、それはそれで魅力的なものに見えるのだった。


 シンはしばしその可能性を心中で転がす。

 冒険者の師匠、“親切なバルバラ”から課せられる、割と真面目に死ぬ気が必要な訓練からの逃避の面もあったが、その想像は割と楽しかった。


 だがひとしきり想像を楽しむとシンはその想像をあっさりと捨て去った。

 シン・ロングダガーが普通の少年だったのなら、たとえ貴族の一員であったとしても、その魅力的な想像をもう少し楽しんだだろう。


 だがしかし彼はシン・ロングダガーであり、ちょっと普通とは言いがたかった。

 つまりは他国にはエリカ・ソルンツァリがいない、ただそれだけで彼はキラキラした輝かしい想像を投げ捨てたのだった。


 *


「俺は死ぬかもしれないなぁ」


 武器を持っていた為、大通りではなく脇道を通って家へと歩いていたシンは、ふと自分の口からでた言葉に自分で驚いていた。

 今更その事に思い至ったのかと。


 つまりは自分の師匠がちょっとアレなのだと。

 今更いまさら気が付いたのかと、シンは自分で自分に驚いたのだった。


 冒険者になって一年と少し。

 師匠は面倒見も良く、実力も申し分なく、事実としてシンは弟子になる前と今では一年で見違えるほどに強くなったと自覚もあった。


 だが師匠は如何いかんせん、所々かつ致命的な部分で歯止めというものがなかった。

 シンは冒険者になりたいから冒険者になった貴族子弟という変わり者ではあったが、それ以外は世間知らずの子供であった為に最初は冒険者とはそういう物かと思っていたが。


 流石に死にかけるという経験が二桁を超えたあたりで、あー自分の師匠はアレなのかと分かったのだった。

 その納得が急に来た、のが先の口から出た呟きだった。


 一瞬、師匠を変えるという考えが頭をよぎったが、魔法が殆ど使えない自分という平凡以下を平凡程度にまで鍛えてくれる人となると他に思いつかなかった。

 そもそも貴族の子供を自分の弟子として面倒見よう等という奇特な冒険者がいるだろうか?


 師匠がアレだったから自分を弟子にしてくれた、という想像は実にあり得そうな話だった。

 なにせ師匠である“親切なバルバラ”がシン以外で取っている弟子も、自分と同い年の子供な上にアレなのだ。


 シンは、最早もはや自分の師匠がアレなのは仕方ないと結論を出しつつも、このまま師事し続けて大丈夫かと考える。

 死ぬんじゃなかろうか? という疑問はシンからすると割と真剣な物だったからだ。


 だがシンは歩きながら首を横にふる。

 いやいや、まて。待て俺よ。


 平凡以下を平凡まで鍛える為に師匠はあれ程の厳しい訓練を自分に課しているのではないか? 

 そうでなければ幾ら何でも師匠の頭がアレすぎるだろう、身体強化が使えるようになったばかりの子供にあんな非道を笑っておこなう等、真っ当な考えがなければ出来ないはずだ、とシンは勝手に師匠の考えに思い至って自分を納得させる。


 割と変な所で思い込みが激しいシンであった。

 最終的にシンの中で自分は良い師匠に巡り会えたという結論に達したのは、“親切なバルバラ”の事を知っている人間からすると殆ど奇跡の範疇であったが。


 シンの目が見慣れぬ奇妙な魔力を捉えたのは、そんな奇跡的な思い込みを発揮した直後の事だった。


 *


 ジェニファーリン・パンタイルは自分がマズい状況にあると認めるだけの余裕がある事に満足した。

 仕事帰りに護衛を遣いに出した瞬間を狙われた。


 それはつまり相手が計画的であり、自分の命を狙うだけの十分な恨みがあるという事なのだろう。

 さて相手は“どれ”だろうか? とジェニファーリンは覆面で顔を隠した刺客を見ながら考えた。


 十二歳になって親から自由に商売をしてよいという許可を得てから、自分が随分と“暴れた”自覚はあった。

 だがしかし暗殺者を送り込むほどに痛手を被らせた相手となると真っ当な商売をしている相手では無いだろう。


 手加減せずに暴れた相手となると、限りなく違法か完全に違法な商売をしているような相手ばかりだったので、まぁ当然ながらこういう事もあるだろうと対策もしていたが。


「ふむ、少々油断していたかな?」


 ジェニファーリンはそう呟いて、護衛を呼び戻すための魔道具を起動させた。

 呼び戻すのに数分はかかるだろう。


 パンタイル家の人間は良く狙われる、故にジェニファーリンは学園に入学する前から自衛のために魔法や戦い方を教えられてきた。

 なので多少護衛を離した所で、何かあった所で護衛が戻ってくるまで時間を稼げるだろうと思っていた。


 いや、この相手は無理だな。

 ジェニファーリンの目は覆面の男の実力を正確に見抜き、そう結論した。


 パンタイル家の人間に時折持つ者が現れる鑑定のスキルは、実に有能であり、嫌になるほど正確だった。

 普段あまり使われる事のない冒険者ギルドの倉庫街は人気も無く、叫ぼうが全力で抵抗して暴れようが、人が来るまでの間に自分は殺されてしまうだろう。


 倉庫街の細い十字路の真ん中で、ジェニファーリンの目は実に正確に彼女の未来を約束してみせた。

 確実な死を目の前にして、慌てふためかない自分に満足するというのは、実に自分好みの死に方だなとジェニファーリンは薄く笑ってみせる。


 だからだろう、自分の背後から「ぎゃ」という短い悲鳴と共に、目の前の男と同じく覆面をした存在すら知らなかった男が、自分の頭上をぐるぐると回転しながら飛び越えていくのを見て。

 思わず「きゃっ」と悲鳴を上げてしまった自分に赤面したのは。


 実はまったく死ぬ覚悟など出来てなどいないし、冷静さや余裕さはただの強がりだったのだと、暴かれた気がしたのだ。

 故に残る正面の覆面の男と、自分の間に割り込むように現れた少年に。

 いつ現れたのか目で捉えられなかった、敵なのか味方なのか等の疑問が浮かぶ前に。


 ジェニファーリンは少年に恨みがましい視線を向けてしまった。


 *


 シンは冒険者ギルドが所有する倉庫街で不思議な魔力を目にした。

 スキルなのか体質なのかシンには魔力を見るという特技があった。


 魔力なら何でも見えるというわけではなかったが、シンは経験則で空間にただ漂っているだけの魔力は見えず、意図や意思のある魔力、もしくは生物から出たばかりの魔力は見えるのだろうと分かっていた。

 シンが見た魔力は明らかに意図を持ったものであり、なにか固そうな魔力だな、という単純な直感を元にシンはそれを魔道具の物だと判断した。


 その魔力の発生源を追ったのは、半ば好奇心だったがその魔力になんとなく切羽詰まった物を感じたからでもあった。

 しかして、シンは人気の無い倉庫街の十字路で正面と背後から囲まれている少女を見つけた。


 みなりの良い格好をした濃い茶色の髪を短く切り揃えた少女だった。

 正面ばかりに意識がいって、背後にいる覆面の男には気がつけていないようだった。


 背後の男の手には短剣があった。

 時間はない、シンはほんの一瞬だけ迷うと師匠の教えに従う事にした。


 師匠のバルバラいわく、やっと低ランクの冒険者程度には使えるようになった身体強化の魔法を使う。

 幸運だとシンは思った。


 相手が師匠の言うまともな冒険者だったら、半人前の自分の身体強化による攻撃など不意打ちであっても通用しなかっただろう。

 シンは自分の蹴りで吹っ飛ぶ覆面の男を見て相手が不意打ちが成功する程度の実力であった事に感謝した。


 蹴った勢いを殺さずに少女と、もう一人の覆面の男の間に身体を割り込ませる。

 なぜか少女が非難するような目で見てくる事に軽い疑問を感じながらシンは言った。


「女と男がトラブってたらまずは男をぶちのめせ、って師匠に教えられてるんだ。悪党が女だったら後からぶちのめせば良いって事だから、間違っていても許してくれ」


 シンは覆面の男に対してそう言うとちらりと少女の方を見る。


「まあ可能性は低そうだけど」


 身なりの良い少女と覆面の男が路地裏で揉めていて、これで少女が悪人だったら人間不信になりそうだ。

 そんな常識的なシンの考えに抗議の声がかかる。


「ちょっと待て君。つまり君はこの私が、いたいけな少女をちょっと軽くしょすのにも覆面で顔を隠さないといけないような小悪党よりも、この私が、この私が、ジェニファーリン・パンタイルが悪党っぷりで負けていると言いたいのか」


 明らかに怒気を含んだ少女の声にシンはハッとする。


「すまない、見た目で悪党っぷりを計るなど、悪党に対して失礼だった」


 素直に謝るシンにジェニファーリンは満足げな笑みで頷きを返し、覆面の男は短剣の一突きで返してきた。

 速い、だが。


 対処できる、シンは覆面の男の視線に乗った魔力の一点に対して素早く剣を振るう。

 師匠のようにどこを見ているのか分からないような実力者ではない。


 剣を弾かれた覆面の男が目を見開くのがシンには見えた。

 それから三度の刺突を全て剣で弾く。


「速すぎて見えないんだが」


 ジェニファーリンが呆れたように言い。

 シンはその言葉が普通に聞こえた事で彼女が多少は身体強化が使えるのだと知った。


「どちらがより悪党かはともかく、邪魔をしたかな?」


 覆面の男から目を離さないようにしつつ背後にかばう形となったジェニファーリンにシンは尋ねる。

 これで背後から襲われでもしたら俺はマヌケも良いところだな、と思いながら。


「いや、助かるよ君」


 自称、より悪党の少女は言う。


「残念ながら私の腕では勝てそうにないんでね、口でなら負けないが。だから助かったよ、ロングダガー?だったかな?」


「俺を知ってるのか?」


「むしろ私を知らない君が凄いよ、同級生君」


 五度の刺突を弾いて一瞬だけ少女の方へと視線を向ける。

 駄目だ、思い出せない。


 シンは早々に思い出すのを諦める。

 エリカ・ソルンツァリの顔なら毛穴の数まで思い出せる自信があるシンだが、ジェニファーリンの顔は思い出せなかった。


 シンが覚えていない事を気配で察したのかジェニファーリンが肩をすくめる。


「まぁいいさ。助けてもらった上に同級生に顔を覚えておいて貰おうというのは欲張りが過ぎるという物だろう。何、私が君の事を覚えているからと言ってそれを不公平だとは言うまい、何せ助けてもらったからな」


 ジェニファーリンの口調に皮肉げな響きを聞き取りながら、シンは良く口の回る奴だなと思う。


「あと数分もたせてくれたら私の護衛が到着するだろう。礼はさせてもらおう、なので頼んでも良いかな?」


 シンが了解と答えると同時に、今まで沈黙を貫いていた覆面の男が雄叫びを上げて短剣を無謀なほどの大ぶりで斬りつけてきた。


 まずい。


 シンは舌打ちしそうになるのを我慢した。


 *


 ジェニファーリン・パンタイルは突然現れた少年が、自分の敵でない事に本気で感謝した。

 自分の身体強化とは段違いの強度、それによる速度はほぼ不可視と同義だった。


 暗殺者の三度の刺突を難なく弾いた少年に思わず速すぎて見えないんだが、と益体やくたいもない言葉をかけてしまったのは。

 同年代と思われる少年との間に隔絶した差を感じてしまったからだ。


 反射的に使ってしまう鑑定スキルの結果に、ジェニファーリンは思わず、君は本当に人間か? と思ってしまったからだ。

 少年から人間の言葉が返ってきた事に内心で安心した程だ。


 だが彼女を最も驚かせたのは、自分がこの少年をシン・ロングダガーを知っているはずだという鑑定結果だった。

 パンタイルの脳がフル回転する。


 この目の前にいる思わず人間かと疑ってしまうような鑑定結果の少年が自分の同級生であるという事実を考える。

 まず最初に思ったのが、こんな鑑定結果の人間を自分が見逃すはずも忘れるはずも無いという事だった。


 もはや初対面の人間には反射的に使用してしまう鑑定スキルである。

 こんな化け物みたいな奴を見ていたら絶対に忘れるはずはないのだ。


 だがそれと同時に自分のクラスメートの一人にシン・ロングダガーという人間がいたという記憶はあった。

 ジェニファーリンはクラスメート全員どころか学園に通う人間全ての名前と顔を把握している。


 この目の前の少年は、確かにロングダガーであり、そして私はそれを知っている。

 そうか、これがそうなのか。


 パンタイルに古くから伝わる言葉。

 鑑定スキルに溺れるな、その言葉が指す意味をジェニファーリンは産まれて初めて実感した。


 なるほど確かにその通りだ、これ程のものを見逃す程度のスキルに溺れていてはパンタイル失格であろう。

 執拗的に慎重に熱心に狂信的に盲目的に、人に物に土地に知恵に芸術に価値ある物に無価値だった物に金を投じてきたパンタイルで最もパンタイルらしい少女は、自分の不明と自分の幸運に感謝した。


 若くして自身の不明を晴らしてくれる相手と出会えるというのはまさに奇貨である。

 そうであれば、相手が自分の事を知らなかったというのも、まぁ許せるものだ。


 そうであるからこそ。

 ――ジェニファーリン・パンタイルは自分の目に、鑑定スキル以上に、絶対の自信を持っていたからこそ。


 暗殺者の大ぶりの一撃を受けて、シン・ロングダガーの剣が砕けたとて、何一つ心配する事はなかった。

 家が付けてくれた家庭教師曰く、冒険者で言えばランク4程度の実力があると、その御歳でそれだけの実力とは神童でございますな、と褒めてくれた自分の身体強化では残像としか捉えられないシンの姿を見てジェニファーリンは思った。


「世の中には投資しがいのある奴がいるものだ」


 と。


 暗殺者の姿が消えるような速度で消え、次の瞬間には倉庫の壁に激突し崩れ落ちていた。

 鑑定スキルで暗殺者が生きている事が分かった、つまりはあの一撃を受けて死なずに済む実力であるのだと分かった。


 自分は実に幸運である、生き残った上にとんでもない者と知己を得た。

 ジェニファーリンは若干自分の胸が高鳴るのを自覚しながら、声をかけようと一歩足を進めた所でその足を止めた。


 礼を言うべき相手であるシン・ロングダガーが地面に手を突き項垂うなだれていたからだ。

 独り言が聞こえてくる。


「やっちまった、壊してしまった。金が、金がまた飛ぶ、いやそれよりも師匠に知られたらどんな親切がわいてくるか……」


 独り言の内容にジェニファーリンは苦笑する。

 いったいコイツは誰に貸しを作ったのか理解しているのだろうか?


「本来ならまずは礼を言うべきなのだろうが、あえて言おう。君はアホなのか?それとも私を侮っているのか?百年に一度のパンタイル、最もパンタイルらしいパンタイルと呼ばれる、このジェニファーリンに借しを作ったという事を理解しているのか?」


 ジェニファーリンはそう言いながらも、シンの変わりように内心の驚きを隠すのに苦労していた。

 目の前にいる少年が先程と同じ人間とは思えなかったからだ、鑑定スキルの結果は実に凡庸であり、より詳しく言うなら凡庸である以上の事が何も分からなかった。


 本当に謎の男だな。

 ジェニファーリンがそう思う前で、これは本当に師匠に殺されるかもしれない親切で、とジェニファーリンには理解できない事を呟きながら少年が立ち上がる。


「ジェニファーリン・パンタイルだったか? 悪いな、同級生らしいが覚えてないんだ。ちなみに流石に一貴族家の人間としてパンタイルの名前ぐらいは知ってるからな?貴族らしい迂遠な侮辱とかじゃないからな?」


「安心したまえ、君と言葉を交わした者なら初対面であっても君にそういう貴族的な侮辱などという高等技術が不可能であろうと分かるだろう」


 自分の言葉にシン・ロングダガーが目を丸くするのに妙な諧謔を感じる。


「口の良くまわる奴だな」


「言っただろ? 口でなら私は負けないと」


 自分がパンタイルであると知って態度の変わらない平凡の皮を被った異常な少年に好感を持つ。


「何が壊れたとて命を救われた礼だ、私が買い直そう、値が付く物であるなら私に任せろ」


 さてどんな剣を買ってやろうかと、ジェニファーリン・パンタイルは考える。

 有名な職人が作った剣、いやどうせだったら職人自体を買い与えようか、きっとこれからもドンドン成長していくはずだ、それにあわせて専用の武器や防具を作らせるのだ。


 想像するとそれは中々楽しいものだった。

 ジェニファーリンは先祖の数々が詩人や絵描きの後援になった理由が分かった気がした、人へ投資する、これは楽しい。


 だがそんなジェニファーリンに対してのシンの言葉は彼女の予想を裏切るものだった。


「いらねーよ、そんな礼」


 半ばで折れた剣を鞘に戻すシンの顔は真実そんな礼は求めていないという顔で、礼をつり上げてやろう等の感情は読めず、端的に言えば“つまらなさそう”だった。

 その顔にジェニファーリンは割とカチンときた。


「ほう、パンタイルと商談する気かね」


 そうではないだろうな、と思いつつもパンタイルの血が騒ぐのを感じる。

 適切な価値に適切な値を付けるのは楽しい、ましてや今回は自分の命なのだ。


「だが安心したまえシン・ロングダガー。今回はおそらく君の人生でもっとも簡単な商談となるだろう、何せ相手が値を付けなければならないのは自分の命だ。そしてその相手はこの私だ、シン・ロングダガー。街か?城か? それとも国か? 国となると流石に年月を頂くが。宜しい、君に与えてみせよう」


 自分の命の価値とはつまりは自分がどれ程の事が出来るのかと問われているのと同じである。

 ジェニファーリンはシンが自分にどれ程の値を付けるのか興味が湧いた。

 さあ、どう答える。


「そんなもん要らん。礼なら最初に言っていたやつで十分だ」


 おっとマズい泣きそうだとジェニファーリンは思った。

 まさかの国どころか街以下である。


「ああ、いや待てなんだその最初に言っていたやつとは?」


 気を取り直してシンに尋ねる。

 最初に言ったやつとは何のことだ? ジェニファーリンは内心で首を傾げた。


「何って……」


 呆れたようなシンの声にジェニファーリンは焦った。

 自分はそんなにも大事な物を見落としているのかと。


「まずは礼を言うべきなんだろうが、って言っただろ。それ“が”いい」


 しかしてジェニファーリン・パンタイルは後に思い出しては赤面する程に笑い倒し。

 血相を変えて駆けつけた護衛を大いに困惑させた。


 *


「礼を言おう、ありがとうシン・ロングダガー。シンと呼んでも?」


「好きに呼んでくれジェニファーリン・パンタイル。しかし長いなジェニファーリン、舌が絡まりそうだ。ジェンで良いか?」


「存分に短くすれば良いさ」


 昏倒した暗殺者達を手早く縛り上げて、騎士団へと引き渡す為の処理をする護衛を見ながらジェニファーリンは応える。


「今日は良い日だ、君と知己を得られた、いや元々クラスメートなので得ていたと言えるだろうが、君の記憶に残れた、良い日だ」


「俺との知己にそんな価値があるとは思えんがな。ガッカリさせて申し訳ないが我が家はビックリする程の貧乏子爵家で、俺はその不出来な次男だぞ」


 どうやったらあの怪物のような鑑定結果の人間がここまで自分を卑下できるのかと、疑問に思いながらもジェニファーリンは首を横にふる。

 そういう事ではないからだ。


「商談相手ならともかく、投資先の腕の短さを気にする者はパンタイルにはいないのさ」


 腕の短さ、影響力の範囲や権力の大小などを揶揄する時の言い回しだが、案の定シンには通じなかった。

 明らかに分かっていない顔をするシンにジェニファーリンは笑って言う。


「何、気にするな我が友よ。我らパンタイルの黄金の目は儲かる話よりも面白い話に惹かれるのさ」


 そう言われてなお分かっていない顔をするシンは、数瞬の沈黙のあと呆れたようにこう言った。


「難儀な一族だな」


 国と並べられて、ありがとうの一言の方が良いと言う君も十分に難儀だがな。

 ジェニファーリンは心中でそう呟きながら、シンの言葉に頷いた。


 顔には自然と笑みが浮かぶ。

 自分の命の危機を対価にシン・ロングダガーと知己を得た。


 今日は大儲けだな。

 商人冥利に尽きる良い一日だ。


 ジェニファーリン・パンタイルは、シンが自分を、あーコイツもアレな感じの奴か、という目で見ているのに気が付かないままにそう思った。

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