追放された侯爵令嬢と行く冒険者生活短編

短編 踊るロングダガー

まえがき

基本的に本編には影響しないように書いています。

読んでるとちょっとだけ本編で出てくる名前でニコっとできるだけです。

本編の方だけでも問題ないですが、良かったら読んでくれると嬉しいです。


 『踊るロングダガー』


 ファルタール王国の王都にある学園は、特に名前が付けられる事もなく単純に学園とだけ呼ばれている。

 理由は単純で学園と呼べば王都の学園だと分かるからである。


 学園は冒険者という平民の武装集団が出来たのとほぼ同時に出来た。

 平民が力を持つというのなら、それ以上に貴族が力を持てば良いではないか、といういささか傲慢な理由からではあったが。


 やってみるとコレが意外な程に都合が良かった。

 体系的に軍事や戦闘技術を教えるというのは、武装集団としての貴族という面で非常に都合が良かった。


 大軍がぶつかり合うような戦争が起きる事が無くなってくると個々人の戦闘技術の向上というのは更に重要となった。

 更には王家からすると貴族家の子弟を実質的な人質として預かれるのだ。


 実に都合が良かった。

 だが学園に通う事になる当事者である貴族子弟の多くにとっては、上記二つの都合の良さよりも若干落ちるメリットとして理解されている事の方が重要であった。


 つまりは貴族の出会いの場としての学園だ。

 それは国家同士の大きな戦争が起きなくなり、食料生産の増加やら色々な社会情勢の変化から、成人年齢が十三歳から十六歳に引き上げられるようになると、より学園に通う貴族子弟達としては重要になっていった。


 *


 そういった理由からなのかどうかは分からないが、学園にはダンスという授業がある。

 授業としてダンスがあるのだから当然ながら学園には踊れる場所が幾つもある。


 自他共に認めるビックリする程の貧乏子爵家の次男シン・ロングダガーは、その一つであるダンスの授業で使われる教室で踊っていた。

 一人で、である。


 正確には踊るシンとそれを見学する物好き一人とだが、見物人は一緒に踊る気は無さそうだった。


 見物人の少女が夕日が差し込む教室で、貴族らしからぬ無作法で床に直に座りながらあくびを噛み殺して言う。


「普段は不真面目さの権化であり怠惰たいだと身勝手さの真摯な探求者である君が真面目にダンスの練習とは、一体どれほどの災厄をファルタールへと招くつもりなんだい? シン・ロングダガー」


「単純に進級すら危ういんだよ、ジェン」


 少女のあんまりなと言えばあんまりな物言いにシンはステップを間違えながら答える。


「ハッハー! 怠惰化身も進級がかかると真面目になるとは。私は残念だよ、失望だよ、思わず在りし日の怠惰化身の雄姿を思い出して泣きそうになるよ」


 大げさに嘆く少女の名前は、ジェニファーリン・パンタイル。

 男爵家の長女だ。

 シンにとっては学園で名前を覚えている数少ない女性の一人だ。


「何なんだその怠惰化身ってのは、俺は神に討たれる悪か何かか」


 濃い焦茶色の髪を弄りながら、あー全くもってガッカリだー残念だー、と嘆くジェンを視界の端に留めながらシンはクルっとターンを決める。


「君が悪として神に討たれる時は、十分に世界が綺麗になった後だろうだから存分に怠惰を極めるが良いさ。あとそのターンの不細工さは罪悪だからな?」


 何なんだこの女は、と思いながらも口にはしない。

 したところで相手は気にしないだろうし、こんな変な女だから自分のような貧乏子爵家の次男坊に友人として付き合ってくれるのだろう。


 パンタイル家は家格こそ男爵家だが、その財力は並の侯爵家を上回る。

 ファルタール王国でパンタイル家と無関係に金を稼ぐのは不可能というのは誇張された評判ではあるが、それを事実としても反論する者の数は少ないだろう。


 これでパンタイル家が大商家が貴族位を得た新興の貴族家であれば分かりやすい話だが、パンタイル家は古くからある貴族家であり。

 パンタイル家の家格が男爵にとどまっているのはファルタール王国では有名な謎の一つだ。


 つまりシンからすると、今更そのパンタイル家が家格が上という理由で子爵家次男である自分に近づく理由も無いわけで。

 そういう意味では至極しごく付き合いやすい相手だった。


 しかしまぁ罪悪を問われるレベルの不細工なターンだったかと、シンは真摯に反省して初めから踊り始める。


「だがまぁそれだけ下手というのであればそれはそれで売りだろうねシン。どうだい私に任せてくれれば君のダンスで一財産築いてみせるが?」


「俺を見世物にしようとするのは止めろ」


 コイツなら本当にやりかねないという危機感に即断で断る。

 ジェニファーリンは百年に一度のパンタイルと呼ばれる程に商才に富んでいる。


 彼女が一財産築けると言うのなら本当に出来るのだろう。

 自分のダンスで、というのは御免被るが、とシンはまた同じ所でステップを間違えて溜息をつく。


 どこかの誰だったかが言った、剣にしろ槍にしろ戦う者はダンスが上手い、というのが本当だとしたら俺は相当マズいのではないかと、シンは深刻な悩みを抱きそうになる。

 ただでさえ魔法が苦手なのだ、苦手と言うより身体から魔法として魔力を出す魔法については全くもって駄目なのだ。


 この上、物理的に戦う事すら駄目となったら割と洒落にならない。

 師匠の元で血反吐を真実口から垂れ流しながらの日々でもってしても、自分は平凡以下のまま終わるのかという疑念はシンの足を止めさせるのに十分な恐怖だった。


「怠惰の化身、不真面目の探求者であり、自由と身勝手さの求道者、道を自ら踏み外し、荒野に最初の一歩を嬉々として踏み出す事に最上の価値を見いだすシン・ロングダガー」


「なんだよジェン」


 お前の言うシン・ロングダガーは総じて言うとただの駄目人間じゃねーかと思いながらも、スカートの埃を手で払いながら立ち上がるジェニファーリンにシンは尋ねた。

 総じて言うと駄目人間だが、意外と悪くない。


「なに、ダンスの練習というのは一人でやるとドツボにハマる物だという事を教えてやろうと思ってね」


 小首を傾げるシンの顔に、ジェニファーリンは完全に駄目な弟を見る目を向けながらその正面に立つ。


「つまりは私がパートナーになって練習に付き合ってやろうと言っているのさ」


 そう言ってジェニファーリンは女性パートナーの型を取る。

 それに一瞬だけキョトンとしたシンは。


「なるほど、ジェンの言い方は分かりづらい」


 とだけ言ってその手を取り、右手をそっと背中にまわしてグッと身を寄せる。

 それに不満げな顔をしたのはジェニファーリンだった。


「まさかと思うがこの時点で何か間違えているのか俺は?」


 自分のダンスに対しての知識が最早何一つ信用ならなくなってきてシンは怖々と訊く。


「そうだね、少しは戸惑うなり恥ずかしがるぐらいするのが年頃の淑女に対しての礼節ではあると思うが、感受性デリカシーの敵であるシンに対してそれを求めるのは夏に雪を、川に流れるなと求めるのと同義であろうね」


「あー、すまない?」


 女性と言えば、エリカ・ソルンツァリかそうでないかという単純な世界の住民であるシンは、良く分からないなりに悪いと思って謝った。


「そこで疑問形は私でなければ決闘ものだけども、謝罪は受け取ろう」


 謝罪が受け入れられた事に安心してシンは最初のステップを踏む。

 誰が見ても下手としか言えないシンのステップにジェニファーリンが軽々と合わせる。


「君は本当に下手だな。王国史でもダンスが下手で進級出来なかった奴は聞いた事は無いが」


 ジェニファーリンの辛辣な言葉に、そんなにヤバいか俺のダンスとシンはへこむ。


「まぁダンスで進級できなかったという恥を背負って学園を去る決意をしたとしても安心したまえ、私が卒業した暁には君を雇ってやろうではないか、だからそんなに固くなるな、まずは力を抜けシン、自分で言うのも何だが私は金が関係する範囲であれば凄いぞ。誇張ではなく大陸の国の半分とだって敵対して勝ってみせよう、だから安心して力を抜いてダンスに集中……」


 ジェンの口は本当に良く回るなぁとシンが感心していると、ジェニファーリンが首を傾げていた。

 シンの右肘に添えていた左手で、シンの右腕を確かめるようにさする。


 何をしてるんだ? と戸惑うシンにジェニファーリンが尋ねる。


「なぁシン」


「なんだ?ジェン」


「君は今日ちょっと声が高くないか?」


 ジェニファーリンの疑問に対してシンは、ああと頷く。


「身体強化の練習の一環でギリギリまで強度を下げた身体強化をずっと使ってるんだよ」


 普段の声と変わらないレベルになる程度にまでは強度を下げられていると思っていたが、俺の実力はまだまだだな。


「声が聞き取りづらかったらすまないな、でもこれ以上はちょっと強度を下げて長時間維持できないんだ。喉だけをとかは出来るんだけどな、全身を低強度で維持するってのが難しくてだな」


 自分でも少々言い訳じみてるなと思いながらも、シンは自分の身体強化コントロールが下手な事を謝る。

 シンの謝罪を迎え撃ったのはジェニファーリンの長々とした溜息だった。


「君はアホの化身にでもなるつもりかシン・ロングダガー」


 ジェニファーリンが両手でシンの頬を引っ張る。


「アホかアホなんだな知ってるさアホだと。身体強化の魔法を使いながらダンスとかアホの極みだぞアホめ。身体強化を使いながらダンスなどダンスに対する侮辱だタンスに指でもぶつけてろアホめ」


 ジェンの言い回しは実に直球で面白いなぁ、シンがそう思っているとジェニファーリンの眉が急角度を示す。

 あーマズい。


 エリカかそれ以外かの単純な世界の住民であるシンでも自分がマズったのが分かった。

 その後、実に多種多様な罵倒で綺麗にコーティングされた説教をたっぷり聞かされたシンは、日が落ちるまでダンスの練習をさせられた。


 おかげでダンスのせいで進級できないという汚名は背負わずにすんだ。

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