第68話 追放侯爵令嬢様のエンディングモノローグ

 *


 魔境の森で、魔境教会のそばで、急遽きゅうきょ掘った穴の中で、産まれて初めての魔力枯渇という状況の中。

 エリカ・ソルンツァリは空間が割れた音を聞いた瞬間に、確かに自分が死を受け入れたのを自覚した。


 心中に色々な思いが沸き起こる。

 あとほんの少しだけでも自分に魔力があったのなら、王都にいる親友の事、両親の事。


 不思議な事に追放された恨み辛みは全くと言って良いほど出てこなかった、せいぜいあのクソ王子ハゲろと思った程度だった。

 不思議なほど心が落ち着いているのは、最後に望んでも得られない自由を手に入れた期間があったからだろうか? それも十分に楽しかったと言えるような自由が。


 いやもしかしたら、この状況で笑顔で何かを話しかけてくるシャラのおかげかもしれないと、一瞬だけ考えたが。

 この場面で笑顔で人に話しかけられるという事実を深掘りすると、それはそれでろくでもない事実に辿り着きそうなのでエリカは笑顔のシスターからそっと目を逸らした。


 そしてエリカ・ソルンツァリは蒼い炎を見た。


 *


 昨日までのお祭り騒ぎが嘘のような静かな朝だった。

 ヘカタイ領主の計らいにより二日間は街での酒類が無料だった為にヘカタイの街はお祭り騒ぎだった。

 怪我の治療もそこそこに飲み歌い踊る冒険者を見て、エリカは彼らの自由さを羨ましいと思い、いや今では自分も彼ら側なのだと思い直した。

 その性急にすぎるような騒ぎ方は、明日は死んでいるかもしれないという、明日をも分からない身であるからだと理解していたが、その人生に、その自由さにエリカ・ソルンツァリは好ましさを覚えた。


 十全に生きあがいて、足らずば死ぬ。

 なんと単純でなんと分かりやすい生き方だろうと思う。


 侯爵家の娘として生きてきたエリカにとって、それはまさに自由を主張するかのような生き方だった。

 自室のテーブルで日記代わりの手紙を書きながらエリカは思う。


 まさに自分にその自由を運んできた同い年の少年の事を。

 自分の親友との知己を得る為だけに、貴族としての真っ当な人生を投げ捨てた少年の事を。


 子爵家という家格を覆して光の巫女との間に知己を得ようとするのなら真っ当な手段では無理だろう。

 だが、だからといって自分の人生を投げ捨てられる物だろうか? 知己を得られたかと言ってその先はどうなるか分からないのだ、望む物に手を伸ばす手段があるからと投げ捨てられるものだろうか?


 少なくとも自分は無理だったとエリカは自嘲に近い笑みを浮かべる。

 自由に憧れながらも、そんな贅沢な物は侯爵家に産まれたのだからとはなから諦めた。


 それ故にエリカにはシン・ロングダガーが実に美しく見えた。

 単純シンプルで、真っ直ぐで、それを自身で選び取った自由意志にて支えるその姿は、その覚悟はまさに美しく見えた。


 ふと単純に、そんなシンの側にいるのが自分であるという事に罪悪感を感じてエリカは筆が止まる。

 それと同時にいやこれは自分のせいではないと考え直す。


 この罪悪感の殆どはだいたいがシン・ロングダガーのせいである。

 かの人物は少々役目に真面目すぎるのだ。


 エリカは思う、シンとの数々の会話を。

 ああ言う優しさや真摯さはそれこそ自分の親友と会う時ようにとっておくべきなのだ。


 それをポンポンとああも簡単に口に出すのはちょっとどうかと思うのだ。

 アレはちょっと乙女の敵ではないかと思う。

 

 ひどく嬉しいタイミングで、欲しい言葉を投げかけてくるとか、軽く犯罪である。

 あと不意打ちで嬉しい言葉をかけるのも禁止にしたい。


 つまり自分が少しドキドキしたりするのはシン・ロングダガーのせいであり、今感じているこの罪悪感も彼のせいであり。

 ――そしていつかは返す物なのだ。


 エリカ・ソルンツァリは小さく、ほんの小さく糸のような溜息を吐くと手紙の続きを書く。

 出すあての無い親友への手紙を。


 数瞬の迷い。

 浮かんだのは苦笑か自嘲か。


 少しの間、あなたの彼をお借りします。

 エリカ・ソルンツァリはそう手紙を締めくくった。


 *


 エリカ・ソルンツァリは割れた空間の中で、全身から蒼い炎を吹き上げるシン・ロングダガーを見て言葉を無くしていた。

 それは超高純度の魔力だ、超高密度の魔力がただあるだけで魔法という現象を起こしているのだ。


 その現象自体には何の効果もない。

 だがそれを起こすという事は、そこに絶技があるという事と同義だ。


 それは普通なら一族の秘技とされるような、例えばソルンツァリ家の秘技のように秘されてしかるべき絶技だ。

 魔法陣を超超効率で駆動させる事で起こるその奇跡は、効率という意味では魔法の到達点の一つだ。


 ソルンツァリ家はそれを自身の髪の毛を魔力タンクにする事で、効率を膨大な魔力量で屈服させるという形で実現した。

 だが今、目の前で起こっている現象は“そういった”物ではない。


 ただ個人の才覚、身一つで起こる奇跡にエリカは絶句する。


 最初の衝撃波でシンが背負った大盾が砕け散り、首をフラフラさせていたシャラがきゅーと鳴いて気絶した。

 胸に落ちてきたシャラの頭を優しく抱き留めながらもエリカはシンから目が離せなかった。


 歯を食いしばり、どこを見ているかも定かでは無いような目でこちらを見る彼は、自身が起こしている奇跡に気が付いているのだろうか?

 だがハッキリと分かる事があった、決してたがえぬ確信をもってエリカはシンが生きる事を諦めていない事を知った。

 受け入れたハズの死がいとも容易く消え去る。


 酷く近く、酷く遠いシンに手を伸ばす。

 この不真面目な元同級生は知っているのだろうか?


 レイニバティの五番がその悪意の本領を発揮するのが、この地を払うような衝撃波の後に来る事を。

 割れた空間その物が、その範囲にいるあらゆる生物から魔力を奪い取り、その命を刈り取るのだと。


 伸ばした手がシンの頬に触れる。


「……信じてしまいますよ? わたくしのロングダガー」


 エリカはなけなしの魔力が、蒼い炎に触れた瞬間に吸い取られるのを感じた。

 教会に吸い取られている? 急速に訪れた抗いがたい眠気に抗いながらもその行き先を追う。


 遠のく意識の中、何かに包まれる感覚を感じながら、エリカはシンの頬から自分の手が離れてしまう事を惜しく思った。


 *


 筆を置き、封筒に入れ封をする。

 口から出た吐息は、書き終えた疲れから出た物か別の何かなのかはエリカ自身分からなかった。


 だが少なくとも別室で大声を出してるシンの、貴族らしからぬ行為に対する呆れが混じっているのは間違いない。

 まったくわたくしの旦那様は貴族として脇が甘い事この上ない。


 あれ程の絶技を成しなえるというのに、たやすく声を上げて慌てるなど。

 もう少し客観的に自身の実力という物に対して真面目に考えるべきでしょうに。


 椅子から立ち上がりながらエリカは苦笑する。

 まぁ本人はあの穴の中での事を殆ど覚えていないとの事なので、仕方が無いのかもしれないが。


 最後かもしれないという思いが口にさせたあの言葉も覚えていないと言うのだから、やはりシンは乙女の敵なのかもしれない。

 いやまぁ忘れてくれていて有難いのだけども。


 それにしても何を騒いでいるのやら。

 エリカ・ソルンツァリはつい胸が高鳴ってしまうのを自覚しながら扉を開ける。


 声が弾まないよう気を付ける。

 彼女は実に挑戦的な笑みを浮かべて言った。

 さて次は何が起こるのだろうかと思いながら。


「いったい何を騒いでいらっしゃるのです? 旦那様」


***あとがき***

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