第67話 追放侯爵令嬢様と胃痛領主と親バカ司教

 *


 マキコマルクロー辺境伯の領主にして、ヘカタイにて魔境との最前線に立つ貴族。

 コムサス・ドートウィルはヘカタイにある自家の屋敷で、自室の机にしがみつくようにして胃の痛みに耐えていた。

 回復魔法がまったく効かないという事は精神的な物であるという事だ。


 原因は分かっている。

 例のファルタールから追放された侯爵令嬢とその名目上の夫のせいだ。


 冒険者ギルドの指定討伐対象であるフォレストドラゴンを倒したというのは良い、ゴールデンオーガ三体を二人で討伐するような奴らだ。

 それぐらいはやってのけるだろう。


 そこまでは良い、ヘカタイで静かに隠遁生活でもするんじゃなかったのかとか、言いたい事は山ほどあったが、そこまではまだ何とか理解できる。何せ冒険者なのだ、そういう事もあろう。

 だがしかし。

 教会から死刑宣告を受けて国外追放された人間が、他国でとは言え教会からの指定依頼を受けるとは一体どういう了見なのかと。


 それどころか、教会の秘密、魔境に取り残された神器の奪還を依頼されるとか意味が分からない。

 する方も受ける方もおかしい。

 マキコマルクロー辺境伯教区の最高責任者であるビバル司教から直接、その元侯爵令嬢への協力を頼まれた時は思わず暗殺の手伝いかと尋ねそうになった程だった。


 コムサスには教会も件の元侯爵令嬢も理解しがたかった。

 支離滅裂とかそういうレベルを超越し、正気のまま錯乱しているようにしか見えなかった。

 風に舞う綿毛の方がまだ規則的だ。


 それに加えてだ。

 コムサスは痛む腹を押さえて唸り、窓の外を見る。

 どこかのお調子者が禁止されているにも関わらず街中で花火を上げたのか、パンパンという音が聞こえてくる。

 成功しちゃうんだものなぁ……。

 コムサスは心中の声が情けない物になっている事を自覚しつつ痛みに耐え溜息を吐いた。


 しかもギルドから急ぎ上げさせた報告書によると、冒険者達は神器を取り返した元侯爵令嬢だかロングダガー夫妻だかを英雄と祭り上げているらしい。

 昨夜それを読んだコムサスは思わず報告書を床に叩きつけた。

 意味が分からないという感情が爆発した結果だ。


 中央の政治に疎いコムサスでも分かる。

 宮廷闘争に敗れ国外追放された貴族は普通はこんな風に目立とうとしない。

 疎い疎くないというより常識の話であろうとコムサスは思う。


 小心者で予想外や予定外を嫌うコムサスからすると、シン・ロングダガーとエリカ・ソルンツァリはまさに理解の外にある存在だった。

 自分の大事な街にそんな爆弾がいる等、想像するだけで恐ろしい。


 だがそれでも現実的なのがコムサス・ドートウィルという男だった。

 魔境から溢れ出た魔物を冒険者達が身体を張って止め、そしてその冒険者達がそれに終止符を打ったのがロングダガー夫妻だと思っているのなら、それにむくいないというのは悪手だ。


 国外追放された他国の元侯爵令嬢に対して、どのように報おうともトラブルの種にしか思えないが、やらないわけにはいかないだろう。

 とりあえずは教会からの神器奪還の発表に併せて、魔境で防衛戦をおこなった冒険者にも報いる意味も込めて街での酒類をタダにした。


 タダにするのは二日間の予定ではあるが、その間にロングダガー夫妻にどこかに消えて欲しいなと、コムサスは妄想しながらそんな望みが叶う事など無いと溜息をつく。

 ただそれでもコムサスは自身の平穏の為にそう願わずにはいられなかった。


 *


 マキコマルクロー辺境伯領教区の最高責任者であるビバル・ビバリティー司教は、ヘカタイの教会で祈りを捧げていた。

 深い祈りの中で神に感謝を捧げる。


 神器の奪還に成功した事にではない、シャラ・ランスラの無事にである。

 不思議な事に彼の中では、ロングダガー夫妻に依頼した時点で神器の奪還については終わっていたのだ、成功するものであると。


 故に神に感謝したのは、この地にあの二人を遣わせてくれた事とシャラの帰還に対してだった。

 まぁ帰ってきたシャラがしきりに神の声を聞いたと主張するのを無事にと言うのは少し無理があるのかもしれないが、少なくとも五体無事である。


 教会の人間が冒険者と一緒に行動すると、こういった錯乱に陥るのは割と良くある事なのでシャラもしばらくすれば落ち着くだろうとビバルは思っていた。

 まぁあの娘が落ち着くというのもあまり想像できないが。


 それはともかくとして、自分自身にもそういった事があったなぁとビバルは自分の恥ずかしい過去にしばし祈りから気が逸れた事を自覚して、祈りの所作を解いた。

 神は我々人間に何も求めないが、それでも祈りを捧げるのならば真摯であらねばならない、というのがビバルの考えだったからだ。


 思考が祈りから散ったついでのようにビバルはふとシャラの事を考える。

 あの色々と不憫な娘が偶然とは言えロングダガー夫妻との知己ちきを得られたのは、まさに幸運であった。


 ビバルはその生涯を神へと捧げてきた、その事に何一つ後悔はないが子を持つという事が無かった事は、彼の中で限りなく後悔に近い感情を抱かせていた。

 そのせいか、ついついシャラを娘を見るような目で見てしまうきらいがあった。


 回復魔法が苦手なシスターという、特殊すぎるシャラを預けるのに貴族の冒険者というのは最適な存在だった。

 貴族としての教育を受けていたのなら回復魔法は自分で使えるのは確実だったからである。


 シャラからとんでもない額の寄付金を受け取ったと報告を受けた時に感じた直感を信じた自分は実に冴えていたと思う。

 ロングダガーという家名が件のエリカ・ソルンツァリの夫役の姓名だと何とはなしに覚えていた自分の記憶力に賞賛を送りたい気分だった。


 いやむしろそんな冒険者と知己を得られたシャラこそが凄いのだ。

 うちのシスター凄い、シャラ偉い、とビバルはうんうんと頷く。


 外の気に当てられたか、思考が散漫になっているなとビバルは苦笑する。

 自分が冒険者と一緒に魔物と戦っていた過去を思い出したからだ。


 魔境から突如溢れ出してきた魔物の群れに対処した冒険者達に報いる為に、領主が酒類を無料にした為、街はにわかにお祭り騒ぎになっている。

 昔は自分も依頼を終えた後は仲間達と酒場で痛飲したものであると、ビバルは街の騒がしさに懐かしさを感じる。

 その騒がしさとは無縁の礼拝堂で散った思考にまかせて跪いたままだったビバルは、立ち上がろうとした所でふとその身を戻す。


 神に祈りを捧げる時は、感謝を捧げる時だけではない事を思い出したからだ。

 ビバルは再び祈りの所作を取ると真摯な祈りを捧げた。


 エリカ・ソルンツァリとシン・ロングダガー二人を失ったファルタール王国の為に、その未来の安寧の為に祈りを捧げたのだ。

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