第61話 追放侯爵令嬢様とシスターシャラ2
流石にこうなっては今からアレと戦うというのは無理だったので、仕切り直す意味も含めてエリカとシャラの前へ移動する。
シャラが右手で魔族を指さしながら叫ぶ。
「キモ!あれキモい!」
魔族に対しての、あの根源的な忌避感をキモいの一言で済ませるシャラの語彙力に、さてはコイツ馬鹿だなと思う。
そう思いつつも確かに“キモいな”と俺も思う。
この前のは馬で、今回は山羊か。
魔族ってのは
ああ、それにしても気持ち悪い。
そう思っているのは俺だけではないようで、エリカも眉間に皺を寄せて、今やオーガにも匹敵する巨躯となった二足で立つ山羊を見ていた。
生物らしい皺が一切ない、のっぺりとした薄紫色の表皮、そこにある必然が一切感じられない脇腹から生える触手。
造形がどうとかではなく、その存在が気持ち悪いのだ。
キモいを連呼していたシャラが突然黙る。
「私アレと間違えられたんですか!?」
さて、どうアレと戦うかなぁ。
「どういう事ですか!シンさんには私がアレに見えてるって事ですか!」
前回の馬魔族は結界器も使わずにあのデカい反転結界を維持していたって事を考えると魔力量はかなり有るはずだ。
今回は結界なんてものはない、という事を考えると油断は出来ない。
「ちょっとなんで無視するんですか!説明!説明を求めます!一人の乙女として!」
シャラが背後から俺の両肩を掴んで前後に揺らして存在をアピールしてくる。
流してくれなかったか。
「だからすまねぇって!さっきまでアレ人間で金髪で仮面で顔を隠してて背丈もシャラと同じぐらいだったんだよ!」
ついでに言うとシャラの魔力も仮面のアレの魔力もごく普通の魔力だったので見分けが付かなかったのだ、エリカの様に特徴のある魔力の方が珍しいんだが。
「人間が魔族になるなんて有るわけないでしょうが! どうなんですか!私って山羊っぽいんですか!」
こいつ、本当に俺しか目に入って無かったんだな、と嬉しくない事実に気が付きつつ、気になるのは山羊っぽいかどうかなのかと呆れる。
しかし本当に怒ってたんだな俺に。
「いえ、シャラ本当にアレはつい先程まで人間だったのですよ」
とエリカがそっとシャラの手を俺の肩から剥がしてくれる。
「エリカまでそんな事を……本当なんですか?」
こいつエリカの言葉だったら秒で信じやがった。
「ええ、そうです。ですがすいません、わたくしもアレを貴方なのかと疑ってしまっていたのです」
エリカがシャラに謝る。
「わたくしの事情が事情ですので」
そう言ったエリカにシャラはどういう事情かを尋ね返さなかったのは、エリカの声に真摯な謝罪の意思を認めたからだろう。
「ですが言い訳です。冷静になれば気がつけたはずなのです。人間だったアレは貴方にすれば胸が大きすぎましたもの」
真摯な謝意が篭もった言葉で放たれる流れ弾にシャラが、くはぁ、と声にならない悲鳴を上げる。
いやしかしまあ、はい。俺が悪いです。
この事態が収まったら
そう思いつつ俺は口を開いた。
「エリカ!」
俺の言葉にエリカは迅速に反応し、わざわざ注意喚起する必要もなかった事が分かった。
俺がエリカの名を呼んだ時には既にシャラを脇に抱えるようにして飛び退く寸前の体勢だった。
エリカの黄金の魔力がどこに飛び退くつもりなのか教えてくれるので、俺もその方向へと飛び退く。
直後に地面が爆ぜる。
いつの間にか四本に増えた触手が地面を
山羊魔族は未だに元オーガナイトの魔石屑のそばからは動いていない。
随分と伸びる触手だな、と思いつつも俺は気が付く、やはりコイツも馬魔族と同じように知性のような物があるな。
だからこそ俺達を警戒している。
触手を伸ばして距離を取って攻撃してきたのも、あれだけ隙を晒しているにも関わらず襲いかかってくるのに時間が掛かったのも、こちらを警戒しているが故だ。
まあ当然だろう、知性が少しでもあるのならばオーガナイトを倒したエリカの実力を警戒せずにはいられない。
着地と同時に俺は腰を下ろし、いつでも動けるように体勢を整える。
エリカが俺の背後でそっとシャラを地面に立たせるのが分かった。
未だにその実力を全て見せていないだろう未知の敵を前に俺は何一つ恐れを抱かない。
後ろにエリカが居る、師匠が背後で見守ってくれていた時とも違う、安心感とも少し違う、側に居てくれるだけで高揚する自分の中の何かに思わず笑みを浮かべそうになる。
負ける気がしないとはこういう事か。
「シン」
俺の背中にかけられるエリカの声に、それは確信に変わる。
エリカと共に戦ってアレに負ける未来を予想するのは俺には困難だ。
「では後は頼みますね」
……はい?
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