第60話 追放侯爵令嬢様とシスターシャラ1
*
俺が仮面のソレに向き直ると、ソレはピタリと独り言を
独り言の内容はなんだったか、世界に対する愚痴だったか自身の境遇に対する愚痴だったか、意味は分かるが何かが決定的に欠落した声で発せられるそれは、機械的に繰り返される呪詛であり、とうに聞き流していたので覚えてもいない。
いや、覚える必要もない。
ソレはもうすぐ喋らなくなるのだから。
俺がそう思うのと同時にソレが全身を包むローブの下で動いたのが分かった。
ソレは最後の手段と言ったのだ、以前に一度奴らの仲間に襲われているのだ、二度目なら何が起こるかくらいは誰でも予想はつく。
出来ると思うなよ?
今度は変わる間もなく首を落とす。
正直に言えば足を踏み出した瞬間に、勝ったと思った。
それぐらいに完璧な踏み込みで、自分の身体を巡る力全てを感じられた。
クレーターをほぼ横断するだけの距離があったが、相手が何をしようと何かする前に全て終わらせられる。
そう極自然に思った。
だからまぁ、クレーターの半ばで俺の身体が脚を止めた事に思考が追いつくと、驚くと同時に思わず毒づいたのは自分の
仮面のアイツは、シャラはなんと言っていた?
何人仲間が死んだと思うと言っていたではないか。
だったら居て当然じゃないか。
他に仲間が居て当然じゃないか。
俺はこちらの側面を突くように近づいてくる気配に身を固くしてしまう。
予想できて当然の伏兵を予想出来なかったが故に足を止めてしまうという愚行。
どちらを先に対処すべきか? そんな判断すら遅れる自分の愚鈍さはこの場に置いては罪悪だ。
近づく速さ的にランクは5か6、放置できる相手ではない。
迷う俺を助けてくれたのはエリカだった。
視線だけでこちらは任せろと伝えてくると、エリカが伏兵の方へと駆けていく。
迷いは晴れたが失った時間は貴重すぎた。
仮面にヒビが入る音が聞こえる。
自分の愚鈍さに喚き散らしそうになるのを冷静さで噛み殺す。
再度、踏み出そうと腰を落とす。
だがしかし、たった二歩進んだだけで俺の脚は再び踏み出す事を止めた。
何故なら――。
「きゃっ」
俺の側面からエリカの悲鳴が聞こえてきたからだ。
なんて……なんて可愛い悲鳴なんだ。
何が起こったのか、というよりこんな可愛い悲鳴を上げたエリカを見たいという衝動で俺は振り返った。
目の前に敵がいるとか、自分の愚鈍さへの怒りとか、色んなモノは全て吹っ飛んだ。
自分でもどうかと思うのだ、思うのだが無理だ。
あんな可愛い悲鳴を上げるエリカなんていう超絶レアな姿を見ない等という選択肢は俺には無かったのだ。
……どう真面目に言い訳を考えてもキモいな俺。
だが振り向いた俺は予想外の光景に思わず口から「は?」と声を漏らした。
エリカが、驚くべき事にあのエリカ・ソルンツァリが、予想外の物を目にしたと心底ビックリした顔をして、振り下ろそうとしたのを無理矢理止めたのか剣を持った手をバンザイの形で止めている。
なんだコレ可愛いなぁ。
だが俺を唖然とさせたのはエリカではない。
自分でもエリカ以外の事でこんなにもビックリするとは思わなかったが、流石に体中いたる所に枝や葉っぱをくっつけたシスターシャラの姿を目にすればビックリもするのだ。
あー、これ俺やっちゃったね?
*
身体強化の強度の違いから、突然エリカが目の前に現れたように思えただろうシャラが、俺達と同じようにビックリした様子で固まってしまっている。
状況を考えれば信じられないくらいに馬鹿な事なのだが、三人ともビックリして固まっていると、一番最初に動きだしたのは本人には失礼すぎて言えないが意外な事にシャラだった。
「居たぁ!」
そりゃ居るだろうさ、という感想は飲み込んだ。
「いきなりシンさんに殴り飛ばされるし! 魔境の中層で一人きりだし! 空からは大量の土とか木が振ってくるし! 何なんですか! 何なんですかもぉおお!」
説明を求める質問という
明らかに(主に俺に対して)言い足りないシャラが再度叫ぼうと息を吸い込んだ所にエリカが抱きついたのだ。
あと関係ないのだがシャラの中で俺の呼び方がシンさんだというのが分かった、何気に名前を呼ばれたのは初のような気がする。
「うえぇ! エリカ? え?何? 何で抱きついてくるんです?」
エリカの突然のハグに絶叫を飲み込んだシャラが混乱する。
「良かった……、本当に良かった……」
「そ、そんなに心配するくらいなら最初から殴り飛ばさなければ良かったじゃないですか」
「そういう事ではないのですが」
そっとエリカが身を離す。
シャラが何気に心配されてなかったのかと凹んでいる。
「全てシンが悪いのです」
エリカの言葉に再びシャラの怒気に火が付いたのを感じた。
再び叫びだす前に謝る。
「すまん! シャラが裏切ったと思った!」
軽く言えばそっかーで流れねぇかなぁ、と思いつつ謝ってみたがシャラの眉毛がつり上がる。
「いったいどう言う理由で――」
私が裏切ったと思ったのですか、と言いたかったのだろうが最後まで言わさずに
流石にもう時間がない。
「重ね重ねすまん! アレと間違えた」
俺は背後で膨れあがる怖気の元を親指で指さした。
シャラの視線がすっと俺の背後に飛ぶ。
「ま、魔族じゃないですかああぁ!」
あ、コイツ怒りをぶつける相手(俺)しか目に入ってなかったな?
俺は叫ぶシャラを見て思った。
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