第58話 追放侯爵令嬢様と暗殺者1
*
よーし、世のモテ男の皆。
女性が怒っていて自分がその理由が分からない時にどうしてるのか今すぐ俺に教えてくれ。
頼む!本当に今すぐ必要なんだ!
「大丈夫ですか?」
“そのまま待っていろ”と言われたので、そのまま待っていた俺の横に膝を突いてエリカがそう問うてきた。
俺を見下ろすエリカの顔は本当に心配しているようで優しげだったが、それが“正解”なのか分からない。
ついほんの少し前に、オーガナイトを蹴り倒した人間が出来る顔とは思えないくらい優しげだ。
モテ男ぉ!モテ男ぉ! 助けてくれ!今すぐ助言を求むぅ!
エリカに問われて沈黙を返すという選択肢を持たない俺は、なんとか答えを捻り出そうとするが俺の喉はウンともスンとも言ってくれない。
なので俺が頷くだけで返答するとエリカの右手がそっと俺の喉に添えられ、そのまま優しくも有無を言わさぬ流れで半身を上げていた上半身を地面に押し戻す。
「まだ喉の調子が悪いのですね」
そう言ってエリカが回復魔法を発動させる。
暖かい手の平から流れてくる魔力は確かに優しかった。
怒ってない? エリカさん怒ってない?
俺がそう考えたのも束の間、エリカの眉間に激烈に皺が寄る。
畜生、やっぱり怒ってるよ。
エリカが左手を眉間の皺を隠すように自分の額にそえる。
「どれ程の無茶をしたのですか……」
「と言われてもな」
自分の喉からまともな声が出た事に若干驚く。
「無茶をしないと死ぬ相手だったし」
「程度という物がありましてよ。無事な部分の方が少ないくらいではないですか、むしろ良く生きてましたわね」
「回復魔法は人よりちょっと得意なんだ」
まぁ自分限定なんだけどね。
「そうであったとしても……です」
エリカの顔が――、不安だろうか? 怒り以外の理由で眉根に皺がよる。
嗚呼そうか、違う、違うんだエリカ。そうじゃないんだよ。
「何より
気が付くのも難しい刹那の
何故かエリカの不安が手に取るように分かった、怒っているかどうかも分からなかったのに。
それだけは間違えない確信があった。
「わたくし達は冒険者です、今はもう冒険者です。勝てない相手に逃げるのは道理でしょう」
今度は明確に言い淀む。
「もし貴方が逃げなかったのがわたくしの……」
「違うよエリカ」
優しく心地良い魔力を心底感じる為に目を閉じ力を抜く。
心地よさで自然にこぼれた笑みで苦笑を隠す。
「信じてくれないかもしれないが、俺はこの茶番劇の夫であるという事に真剣なんだよ」
どうせ頭の良い君の事だから先回りして答えを出してしまっているんだろう? 自分の期待に応えようと無理したのではないかと思っているんだろ? またやってしまったと、いつものように後悔しているんだろ?
一方、馬鹿な俺は答えを急がない。
「君の隣に立つんだったら、立ち続けるのならあの程度で逃げ出すわけにはいかない」
ゆっくりと今更になって逃げなかった理由を言葉にしていく。
勝てる気がしないと、分かっていながら逃げよう等とは考えなかった自分の答えを形にしていく。
「誓いは
薄目を開けてエリカの顔を見る。
俺の言葉が予想外だったのか、目を見開いてビックリしたような顔をしている。
確かめるような、エリカの少し大きな独り言。
「喜びを与えあい……」
「困難を分かち合う」
エリカの独り言を拾って続きを言う。
子供でも知っている結婚の誓い。
「君の隣で分かち合う困難はなかなか大変そうだからな。あの程度では逃げてられないだろ?」
冗談めかした俺の言葉にエリカが苦笑する。
ここで真面目に言えない自分に、心中でここは頑張れよ俺!と叫ぶ。
「でしたら結局はわたくしの“せい”ではないですか」
「違うね」
俺は喉に重ねられたエリカの手をそっと剥がし、上半身を起こす。
喉に残った彼女の体温に今更ながら胸が高鳴る。
「俺が逃げなかったのはそうしたかったからで、エリカの“ため”だ。エリカの“せい”じゃない」
「それは……」
俺が剥がした右手を左手で包むように、何かを
「屁理屈という物ではなくて?」
観念したようにエリカが笑う。
*
エリカの回復魔法のおかげで身体に関しては万全だった。
魔力に関してはかなり消費していたが、元々が効率の良い身体強化と回復魔法ぐらいしかまともに使えないので問題はないだろう。
立ち上がった俺は剣を心中で礼を言いながら鞘に戻す。
同じように立ち上がったエリカが言う。
「困難を分かち合う、とは言ったものの今回は貴方ばかりに背負わせてしまいましたね」
ふとエリカが怒っていた理由は、もしかしたらオーガナイトというレアな魔物と俺が一人で戦っていたからなのではないかと疑問に思う。
つまりレアな魔物と一人だけで戦うとかズルいじゃないかと。
確かにレアな魔物との実戦は冒険者にとっては
いや深く考えるのはよせ、俺。ここはさらっと流しておこう、言わなきゃならない事もあるしな。
「今度からは気を付けるよ、ちゃんと分かち合おう」
俺の言葉にエリカが疑わしげに片眉を上げる。
「まあ時間があるのなら俺がどれだけ真面目に夫婦の誓いを守ろうとしているかを説明しても良いんだけど」
俺はエリカの顔をまっすぐ見つめる。
エリカが俺の顔を見て真剣な表情をする。
「時間が無い」
俺の言葉を信じてくれるだろうか?
「たぶんシスターシャラは敵だ」
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