第53話 追放侯爵令嬢様と行く魔境の森2

 *


 地図と当時の記録を信じるのなら、魔境教会の場所は俺達が森に入った地点から普通に歩いて半日程の所にあるはずである。

 身体強化が使える冒険者であれば、ごく一般的な冒険者で三時間ほどの距離になる。


 高ランクの冒険者であれば、傲慢に言わせて貰えれば俺やエリカなら更に短縮できるだろう。

 だがそれは単純に距離だけでの話であり、実際には魔境の森の中を行くのだから魔物との戦闘もあるだろうしそんな短時間では無理だというのが俺の考えだった。


 とまぁ……。


「そう考えたんだけどなぁ」


 自分の声に若干の呆れが入ったのを自覚した。


「な……何がですか?」


 独り言のつもりだった俺の言葉にシャラが律儀に応えてくれる。

 俺とエリカのペースに合わせた為に息を荒げている。黙って息を整えれば良いのに真面目なのか律儀なのか。


「これ、なんだと思う?」


 俺は足下を指さした。


「えっと……岩ですか?」


 シャラの答えに思わず苦笑する。

 少なくとも彼女の息が整って頭に空気がまわるまでは休憩だな。


 俺は視線だけでエリカに周囲の警戒を頼むとシャラに正解を教える。


「教会まであと歩いて一時間程だっていう道標だよ」


 シャラがニヘラと笑う。

 またまたーご冗談をー騙されませんよー、みたいな顔だ。


「ほれ」


 と半歩横にずれて道標が良く見えるようにする。

 苔に覆われヒビ割れ、魔境の環境に晒されて今にも朽ちそうではあるが、それが間違いなく道標であると分かるヘカタイの街の紋章と道標に割り振られている番号が辛うじて見える。


「ホントじゃないですか!」


 何故かシャラに怒られた。


「これ!昨日!地図で見たやつ!」


 辛うじて読み取れる道標の番号を指さしてシャラが叫ぶ。

 まぁ叫びたくなる気持ちは分かる。


 俺もこれ程の速さで魔境の探索が進む等とは流石に予想はしていなかった。

 確かにエリカの活躍は凄まじいの一言だったが、彼女とて魔力が無尽蔵にあるわけでは無いので、あれ程の量の魔物を倒しながら進み続ける事は不可能であり、どこかのタイミングで撤退を考えなければならないと考えていた。


 間違ってもまさか初日に魔境教会に到達できるようなペースになるとは思っていなかったのだが、あれから暫く進むと今度は途端に魔物が出てこなくなったのだ。

 俺の範囲だけは広いボンヤリとした気配察知スキルでも極端に魔物の気配が減ったのが分かった。


 エリカの射程範囲に入ってくる魔物に至っては一匹すらいなかった。

 いなかったというより、こちらが近づくと相手が逃げているようだった。


 森に入った直後の魔物の群れはなんだったのかと思うような状況だった。

 更に気になるのは他の冒険者と出会わなかった事だ。


 ここは今は中層と呼ばれる森の中だが、以前は人類によって切り開かれた場所でもあるのだ。

 ここまで来るまでに一人の冒険者とも出会わないというのは理屈に合わない。

 

 冒険者の数が全盛期よりも減ったと言っても中層で稼ぐ冒険者が皆無だ等という事は無い。

 むしろ冒険者の稼ぎとしては中層がメインのはずなのだ、それなのにこれではまるで……。


 まるで人払いでもしているようだ。

 まあ、そんなワケがあるはずな……、いか?。


 瞬間、ひらめいた考えと、それとほぼ同時に感じた巨大な悪寒。

 戸惑ってしまったと後悔したのは、貴重な刹那を無くしてしまった事に気が付いた後だった。


 全力まで引き上げた身体強化が思考を置き去りにする。


「エリカ!」


 頭で言葉が紡がれる前にエリカの名を叫ぶ。

 声に知らずこもってしまった信頼は裏切られる事は無かった。


「守るというのは得意では無いのですが」


 煌めく黄金の魔力が、俺の意思が伝わった事を教えてくれた。

 俺は黄金の魔力で包まれたシャラを見て安堵する。


 これで遠慮無くシャラを突き飛ばせる。

 いまだ何が起こっているのかも分かっていない間の抜けた顔をしているシャラをエリカが作った結界が包む。


 過剰なまでに込められた魔力がエリカの得意じゃ無いというのが嘘では無い事を教えてくれる。

 効率と技量を力業でねじ伏せたのだ。


「舌を噛むなよ!」


 伝わるのは望み薄だと思いつつも忠告する。


「え?」


 やっとでシャラの喉から声が出る。

 森の中だからそれほど距離は稼げないなと思いつつシャラを包む結界を全力で殴る。


「ええええええええええええ!」


 悲鳴なのか何なのか分からない声を上げてシャラが結界ごと飛ぶ。

 狙い通り木々の間に向かって飛んでいくシャラを視界の端に捉えつつ、本当に備えるべき物に備える。

 両足に力を込める。

 視界に自身を結界に包んだエリカが入る。


 なんて顔をするんだ。

 なんて顔をしてくれるんだ。


 胸の奥が暖かくなるのを自覚する。

 俺の為に、たまさか三文芝居の相方に選ばれただけの俺に、あのエリカ・ソルンツァリがそんな顔をしてくれるなんて。


 エリカは悔しげな顔をしていた。


 俺への結界までは間に合わなかったと。

 痛烈な悔恨の表情を浮かべてくれていた。


 ――衝撃。

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