第52話 追放侯爵令嬢様と行く魔境の森1

「ここだな」


 古い地図の写しを広げて方位磁石と今にも朽ち落ちそうな石で出来た古い道標を確認しながら言った。

 目の前には深く暗い森が広がっている。


 魔境の中層と呼ばれる森の端だ。

 

「地図と道標によるとここから北上すると教会に到達するはずだ」

 

 俺がそう声を掛けた二人は対照的な表情を浮かべた。

 エリカは登りがいのある山を見上げる登山家のそれであり、シャラは未だに冗談なのか悪夢なのか判断付かないような顔だ。


 残念、これは現実だ。

 俺達はエリカの宣言通り本当に一日の準備期間でこの場所に立っていた。


 正気とは思えない準備期間ではあったが、魔境の草原は確かに浅層だけあって簡単に走破できた。

 草原部分は日中には冒険者の数も多い、つまりは多くの冒険者が日銭を稼ぐのに適している程度の場所なのだから、エリカがいる以上そうなるだろう。



 だがしかし、ここから先は中層だ。

 魔境の森が切り開かれていない事を考えれば、冒険者の街と呼ばれるヘカタイでさえ中層で活動できる冒険者が少ないという事だ。


 魔境の森は周囲の魔物の数が減ると枯れていくらしい。

 つまりヘカタイの冒険者達は中層の森が広がらない程度には魔物を討伐できてはいるが、森を後退させられる程には中層の魔物を討伐できていないという事だ。


 俺達は今からそういった魔物達がはびこる森へと行くわけだ。

 正直な所、今からでも中止と言いたいのだが……うん、無理だな。


 俺は完全にやる気になっているエリカの顔を見て諦めた。


 *


 魔境の中層、魔境の森は中層の名に相応ふさわしい歓迎で俺達を迎えてくれた。

 森に入って一時間も経たない内に四方八方から魔物が襲いかかってきた。


 数が多い、流石魔境と言う所か。

 俺は正面から飛びかかってきた魔物三体を切り伏せる。気を抜いてはいけない。


「言って良い物かしら?」


 気を……。


「魔境の中層というのは存外退屈なものね、シン」


 気を抜いてはいけない!

 俺は、空中で地面で地中で木の上で木の陰でありとあらゆる場所で、こちらに襲いかかっていようが襲いかかっていなかろうが射程範囲に入った瞬間にエリカによって火だるまにされる魔物達を見ながら油断してはいけないと自分を戒める。


 ちなみにシャラは何言ってんだコイツって目でエリカを見ている。

 彼女もだんだん遠慮が無くなってきたなと思う。


「まぁ……正直に言えばこんな物かと思わなくもないが魔境だしなぁ」


 認めても良い物かと悩みながらもエリカに応える。

 俺もエリカと同感だったからだ。


 シャラが俺に対しても同じような目を向けてくる。

 いやだって正直本当にそう思ってしまっているのだから仕方ないじゃないか。


 かの有名な魔境の中層だと気合いを入れて足を踏み入れてみれば、出てくるのは数が多いばかりの雑魚ばかりである。

 エリカや俺が異常なのではなく、これならファルタール王国のランク4の冒険者あたりを連れてくれば喜んで魔物を狩りまくるだろう。


 なんならランク3あたりの連携がしっかり取れているパーティーでも大丈夫だ。

 つまりは今のところはその程度なのだ。


 いや確かにここまで楽なのはエリカの存在が大きいのは確かだ。

 何せ彼女の射程に入った瞬間に殆どの魔物は火だるまだ。


 正直意味が分からん。

 というよりも魔境よりもエリカの方が余程意味が分からん。


 森に足を踏み入れて直ぐに、彼女はこう言った。


「あら、わたくしスキルが身についたようでしてよ」と。


 これは気配察知かしらね、とは彼女の感想であり。

 俺の感想としてはこんな物を気配察知だと言うのなら俺の持っている気配察知は一体何のスキルなのかと訊きたい、だ。


 エリカの自称気配察知は異常な精度だった。

 精度も異常なら地中にまで効果があると言うのだから、絶対にそれは気配察知じゃないと俺は言いたい。


 距離に関しては控えめではあるものの、精度とそして相手が気配を消していようと問答無用で察知している時点で俺の物とは全くの別物だ。

 何より異常なのが、エリカがスキルを得てまだ一時間も経っていないという事だ。


 にも関わらずコレである。

 俺は一瞬で俺が気配察知で察知している以上の魔物がエリカの魔法で火だるまになるのを見てそして感じて溜息をつきそうになる。


 自分が好きな人が天才すぎて辛い。

 スキルが使える事とスキルを使いこなす事はイコールではない。


 熟練の斥候が使う気配察知と俺の気配察知がまったく別物であるように、使える事と使いこなす間には大きな差がある。

 にも関わらずエリカは、あの希代の天才は使えるようになったばかりのスキルを当然のように使いこなしているのだ。


 薄暗い森を黄金の魔力できらめきさせながら、傲慢に限りなく近い自信で溢れた足取りでエリカは傲岸に魔境の森を歩く。

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