第51話 追放侯爵令嬢様と初めての指定依頼2
三人で一日かけてギルドの図書資料室にこもった結果、分かったのは何も分からないという事だけだった。
もちろん魔境に建てられたという教会の場所などの有益な情報もあったが、どれも当時の情報だけであり今現在どうなっているのかという情報は皆無だった。
古い地図には魔境の教会までの道なども載っていたが相手は魔境である、とうに道など無いのは間違いない。
古い情報しかない、それは人類が切り開いた魔境から撤退せざる得なかったあの惨劇がどれ程の被害だったかを如実に語っている。
優秀な冒険者を数多く失ったという事はそれに続く優秀な冒険者を失うのと同じ事なのだ。
弟子を取り後進を育てる優秀な冒険者を多く失ったヘカタイはいまだにその痛手を回復しきっていない。
全盛期から大幅に後退したままの魔境と人類圏の境がその証拠だ。
*
「これからどうするんですか?」
シャラが酷使した目をショボつかせながら訊いてきた。
俺はそれにどう答えようかと考えながら木のコップから水を飲む。
場所は冒険者向けの食堂で、仕事を終えた冒険者達で程よく騒がしく魔境教会の事を話し合うには丁度良い。
「資料を漁っても現在の魔境の様子は分からないからなぁ」
真っ当に依頼を達成させようとするなら時間をかけて魔境の情報を自分達で集める所から始めないと駄目だろう。
普通なら魔境教会を目指す為の準備に数ヶ月は欲しい。
だがそれは教会が許さないだろう。
きっと何だかんだと理由をつけてこちらを急かしてくるはずだ。
「そうですね、こうなったら自分達の目でゆっくりと魔境の情報を集めてゆっくりと準備を進めるべきですね」
ほらな、急かしてきた……あれ?
俺は至極真っ当な事を言うシャラをビックリして見つめてしまう。
シャラが小首を傾げる。
「なんです?」
「いや……てっきり出来るだけ早く奪還に動くべきだと言うものとばかり」
「流石に私でもこの依頼が簡単に終わるだなんて考えませんよ、調査だけでも数ヶ月はかけるべきでしょう」
当然のように当然な事を言うシャラをまじまじと見てしまう。
何を考えているのだろうか? 教会には時間をかけて欲しいと考える何かがある? 分からん。
いやしかしこれは好都合と捉えるべきだろう。
教会の狙いは分からないが素直に乗っかるか。
そう思った俺が同意を口にしようとした瞬間だった。
「何を言っているんですか」
聞き覚えのある声音のエリカの声が聞こえてきた。
嫌な予感が沸き上がる。
この声音はアレだ。
学園で下級生や同級生から相談を受けた時のエリカの声音だ。
「明日は準備に当てるとしても明後日には魔境に入りますわよ?」
――え?
シャラが
エリカ・ソルンツァリにはこういう所がある。
彼女は時折自分が天才の部類である事に無頓着になる時がある。
それは無意識に自分と同じ理解力を相手に求めていたり、魔法や剣術の実力の評価が自分基準になっていたりするなど現れ方は様々だが。
今回の場合は
だがそれは勘違いだ。
ゴールデンオーガにしてもフォレストドラゴンにしても、あの魔族に変化した暗殺者にしても。
無傷で済んでいるのはエリカが居たからに他ならない。
そこが勘定に入っていない高評価の結果、エリカのこの発言になっているのだろう。
だがここでその高評価を否定するのは悪手だ。
何故か、本当に何故なのかと問いたくなるが、エリカはこの状態になった時、簡単にはその評価を変えたりしないのだ。
その結果、高評価された相手が期待に潰されるのを俺は学園で何度も見てきた。
エリカのこの高評価攻撃を耐えきったのは俺の知る限りでは光の巫女しかいない。
これが通称エリカの壁と呼ばれた巫女との間にある最大の障壁だった。
だがしかし今回は相手が魔境の魔物である。たまさか試験の成績が良かったわけでも、魔法や剣筋が会心のデキだったわけではないのだ。
間違った評価では、エリカが居るので滅多なことは起きないだろうが、危険な事に違いは無い。
ここは俺が誤解を解かねば――。
「なにせシンが居るんですのよ?」
俺は口を閉じた。
「わたくしもそれなりを自称しております、わたくし達であれば魔境の中層など恐るるに足りませんわ」
そうでございましょう?
そう言って俺を見て微笑むエリカに、俺は黙って頷き返した。
……ほら、俺だって男の子なんだ。
好きな子に良いところ見せたいじゃないか。
俺は絶望的な顔をして固まっているシャラからそっと目を逸らした。
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